第16話 甲冑vs緑色の悪魔

 誰のものでもないだろう、と口を挟まなかった和歌が、オットイの元へ。

 同時に、出遅れたニオも彼の元に辿り着いた。


「オットイくん、気持ち悪かったら吐いてもいいからね?」


 ニオがオットイの背中を擦る。

 彼女の支えで姿勢が正しくなったおかげか、不調が嘘のように消えていく。


「……うん、もう、平気……」


 オットイがふと視線を上げれば、


 じっ――――と、こちらを見つめている、アヤノがいた。


 目が合って、ゾッと、伸びていた背筋がさらに伸びた。


「ニオ、その子は?」

「……オットイくん。わたしの、双子の兄、です」

「ふうん」


 彼女が、実際はしていないが、舌なめずりをしたように見えた。


「和歌先輩、ゆかちー、ほんとごめん」


 アヤノが両手を合わせて、申し訳なさそうな表情からはとても出ない言葉を口にした。


「こっちの世界ではなんの影響もないからさ――抵抗しないで死んでくれる?」



 数十分後、城は天井がなくなるほど、崩壊していた。


 ――アヤノの背後で跪く音。


 気配を絶ってもぶつかり合う金属音のせいで、すぐに分かる。


「姫様、これからどうするおつもりで」


 結局、ニオを取り戻すことは叶わなかった。

 いくら自分の領地内とは言え、さすがに神二人を相手にするのは難しい。


 単純に手が回らない。

 かと言って甲冑隊を導入したところで、神とは力の差があり過ぎて無駄に戦力を消費するだけだ。


 それは賢いやり方ではない。


「疲れたからちょっと休む。その間、ニオを攫ってきておいてくれる? ただ、神には勝負を仕掛けないこと。その装備で確実に勝てる相手にだけ挑むように――分かった?」


「つまり……、全権限を私にくださると?」

「うん。好きにして。ニオと、あと、もう一人の男の子……オットイ、だったっけ? その二人は傷つけないように。それ以外の被害なら敵味方関係なく許してあげる」


 甲冑が、はっ、と応えた。

 彼は素早く部屋から出ていった。一人残されたアヤノが空を見上げる。


「力で勝てないなら、数を使うよ。こっちにはうんざりするくらい、いるんだから」


 そして、城下町に号外が報じられた。

 他国(大陸)侵略作戦の開始日時は――明朝である。



 彩乃の国と和歌の大陸を繋ぐ橋の上を進む、甲冑の集団がいた。

 甲冑が乗る馬にも鉄の鎧がつけられており、まるで機械馬のようだ。


 夜中の内に偵察をおこなっていた騎士……、甲冑ではなく胴と腕にのみ鎧をつけた軽装の男たちが、大陸側から走り寄ってくる。

 機械馬たちの行進が止まった。


「地図と、確認した村になります」


 受け取った甲冑が、丸まっていた土色の地図を開く。

 大陸には大きな村が一つ、他に小さな村が複数あった(村というより、三世帯ほどが共有で管理している土地に思える)。


 和歌が拠点としているのは、一際大きな、ユカがいる島側に寄っている村だろう。


『侵略は難しくなさそうだ』

「はい。小さな村は多いですが、戦闘は必要ないでしょう。脅し一つで土地を明け渡すような非戦闘員しかいませんでした」


『目下、厄介なのは神だけか……だがいくら神でも目は二つ、体は一つだ。同時多発で騒ぎを起こせばどこに集中を割けばいいのか迷うだろう。相手が人間性を失っていなければこちらの術中に簡単にはまってくれるはずだ』


「はい……、しかし問題が一つありまして。……敵は人間ではないようです」


『なに?』


「偵察へ向かった五十名の内、連絡が取れるのは僅か八名です。それ以外は……、死体には、巨大な爪痕や歯形が残されている者が五名。残りは、死体さえも不明です」


『死体がないなら、ただの行方不明だろう』


「いえ、見たんです……オレは、見てしまったんですよ――みんなが、あいつらに攫われていくのを……ッ」


『あいつらとは、誰だ? お前は一体、なにを見たと言うのだ?』


 橋を渡れば、既にそこは彼らの巣窟テリトリーである。


「緑色の……、悪魔……」


 静かだった橋の下の海が、ばしゃばしゃと水飛沫を立て始めた。


 自然による動きではない。

 海中で、なにかが暴れているため起きている現象だ。


 小さく跳びはねるような飛沫が、一度の大きな飛沫に変化し、砲弾のように丸まったなにかが飛び出してくる。

 橋の後ろと先、甲冑たちを挟むように着地する。


 大陸が一段沈んだような地響き。

 丸まっていたそれが、結び目を解くかのように広がっていき、立ち上がる。


 鎧をつけた馬が前足を上げ、強く大地を踏みしめる。

 その威嚇を、相手は意にも介していなかった。


 シルエットを見れば人と見間違う。

 だが、長い尻尾と突き出た口、鋭利な牙、尖った緑色の鱗が凶暴な生物であると、姿から訴えている。


 大陸特有の生物が、他国からの敵意に、巣から飛び出してきたのだ。


『なるほど、侵略は簡単そうだが、駆除となれば話が違うわけだ』


 甲冑たちが、一斉に剣を抜いた。

 生物も大きく口を開き、臨戦態勢に入った。


 奇しくも、彼らは和歌の大陸を守るように、甲冑に立ち向かっている。



 高い視力を存分に使い、気配を悟られない位置からモーラが橋の上の状況を探る。

 相棒である白毛の馬も、隣で足を折りたたみ、這うように前を見つめていた。


「……うそ、だろ……?」


 ――全滅していた。


 モーラたちが束になっても一匹倒せるかどうか分からない、あの怪物を……甲冑たちは同時に、現れた四匹を斬り殺していた。

 血の匂いに誘われ海から上がってきたたくさんの浜辺の王が、しかし、同じように剣の餌食になっている――堅い鱗を突き破り、剣によって串刺しにされていた。


 死体の山が築き上げられている。


「……っ、こっちにくる……っ!」


 距離があるにもかかわらず、モーラは慌ててその場を離れようとする。

 白毛の馬に乗り、背を向けて、村へ戻るため相棒に速度を上げるよう指示を出した。


「お姉ちゃんに、早く知らせないと……!」



 自身が管理する大陸に迫る危険など気づきもせず、和歌はニオと共に日の光を浴びながら、洗濯物を干していた。

 狙われている自覚はあるものの、相手のアクションがなければ気を張っていても疲れるだけだ。いつも通りに過ごしているのが最善だろうと考えた。


 アヤノにいつ襲われてもいいように、ニオを一人にさせないようにしている。

 そのため、和歌はユカの島へ渡る必要があった。


 アヤノの国から和歌の大陸を越え、ユカが頼んでいた迎えの船に乗り、島へ移動――追っ手もいないのに焦っていた逃亡劇を終えて、充電が切れたように四人が同時に眠りに落ちた。

 心身共に疲れ切っていたのか、深い眠りだった……起きたのがついさっきである。


 朝、と言うには少し遅い時間帯だ。


「和歌様、手伝ってもらっちゃって、ごめんなさい……」

「いいって。私も村でいつもやってることだ、慣れてるよ」


 了承もなく孤児院で一晩を明かしてしまった以上、なにか手伝いたいと思ったのだ。


「これで終わりか?」

「次は食事の用意をしましょう」

 と、休む暇なくニオが働く。


 朝食は既に終わっている(子供たちが自分たちで作っていたようだ)。

 これから作るのは昼食の分だ。

 そろそろ、ユカとオットイも起きてくる頃だろう。


「結花は起こさないとずっと寝てるだろ?」

「え、そうなんですか? 毎日起こしているので、そんな機会はなくて……」

「ははっ。今度試してみたらいい。本当に起きてこないぞ? よくもまあ長いこと眠れるもんだと感心する。……働き者、と言えば、そうかもしれないな……」


 褒めている、が、含みのある言い方になってしまった。


「へえ……、向こうでも、神様はそうなんですね」


 和歌の言い方には気付かず、ニオが自分のことのように嬉しそうにはにかむ。


「割合で言えばダメ出しの方が多いけどな。――さて、口よりも手を動かそう」


 はいっ、とニオが答えて、昼食の準備に取りかかる。

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