第15話 答えが見えない対立

「え。……ニオはあたしのこと、忘れてる……?」


 必死に記憶を遡らせるが、彼女と共に過ごした記憶は一つもなかった。


「(……見た目が瓜二つまで反映してるなら、輪廻した魂が関係していると思ったけど、そうじゃない……? じゃあ魂はどこに……? でも、この見た目は確保しておいた方がいいだろうし――)」


 呟く少女になんと声をかければいいのか、なんとも迷う。


 覚えていないと言ったら、悲しませてしまうのではないだろうか。

 かと言って嘘を吐いて覚えてると言っても、話を合わせるのは難しいし、危険だ。

 話が合わなくなれば、素直に覚えていないと言うよりも傷つけてしまいそうだった。


「ま、いっか」

 と言ったのはニオではない。


「覚えてないなら仕方ないじゃん? だったら、これからまた同じように、思い出を一緒に作っていけばいいだけだし」


 突然攫われたかと思えば、敵意ではなく好意を向けられ、ニオは目が点になる。

 敵ではなさそうだけど……、それはニオに限って……なのだろうか?

 もしも、この少女がユカと敵対するのであれば、ニオは当然、ユカにつく。


 ……でも。


 いや、そんなはずはない。生まれてからオットイと共に過ごし、ユカと出会い、これまでずっと一緒にいた。

 孤児院で多くの家族と共に暮らしてきた。

 覚えのない空白の期間などニオには存在しない……。

 だけどこの少女は、自分が知らない『ニオ』を知っている。


 胸の奥にわだかまる黒煙のようなものが、ニオの心を覆ってくる。


「わたしと、あなたの関係は……?」

「あなた、なんて余所余所しいなあ。前みたいにアヤノって呼んでよ」

「アヤ、ノ…………?」



 その時だった。


 こつん、と小石が当たった音がしたかと思えば、城の外壁が内側へ炸裂し、破壊痕である大きな穴が開く――外からの突風が、謁見の間を抜けていった。


「乱暴するなあ」


 少女――アヤノが目配せと同時に杖を握り締め、落下してくる瓦礫を操作する。

 彼女とニオの周囲に、ふわふわと瓦礫が漂っていた。


「ニオに当たったらどうするつもりだったんですか? ――和歌先輩」

「やっぱり……! この世界の神はお前だったのか、彩乃!!」


 杖に乗り、和歌が見下ろしている。

 知り合いの、やっぱり、という言葉に、アヤノが予想外と言いたげな反応を見せた。


「え、思い当たる節があったの? ……あたしだって分かるような痕跡なんて残していないと思うけどなあ……」

「ニオを攫う指示を出したのはお前だろ。その方法を考えたのも……らしさが滲み出てたさ。だから、お前の憎たらしい笑い顔がすぐに浮かんだんだろうさ!」


「可愛い後輩に向かって憎たらしいって……。でも、すぐにあたしの顔を思い浮かべたんですね。先輩、あたしのこと好きですよねー。すぐに構ってくれますしー」

「ちょっかい出してくるのはお前の……っ、それがなくとも、お前は結花と並ぶ問題児なんだ――放ってなんかおけないさ!」


「それはどうせ、生徒会としてでしょ?」

「友人として。――そう言ってほしいのか?」


「どっちでも。でも、あくまでも手段の一つとして考えていただけですけど……楽しかったですし、繋いでおきたい関係でした。ま、敵対するなら壊すことには躊躇いません」


 和歌が目を細めた。


「お前は……」


 彩乃とニオを、交互に見比べる。


「ニオを攫って、一体なにがしたいんだ……?」

「先輩には関係ないですよ、言ったって分かりませんし。分かってくれる人なんていませんよ――だって、この想いはあたしだけのものだから――」


 すると、今度は彩乃の背後から爆音が聞こえ、扉が開いているにもかかわらず、壁が破壊されていた。

 衝撃が部屋を、ずずんっっ、と左右に揺らした。


「ニオ――っ、ここにいるー?」


 破壊痕から上がる白煙の中から、そう呼びかける声が。


 まだ中にいるかも分からないのに、派手に破壊したのか。

 和歌の時もそうだが、瓦礫が飛ぶことも考えて破壊してほしいものだ。


 助けるべきニオが押し潰されたらどうするつもりだったのだろう。


「…………ゆかちー」

「あ、ニオ。――と、彩乃? 似てる、けど……んん?」


 こっちにいるはずがない、と思っているのだろう。


「結花、本物の彩乃だ」

「あ、やっぱり? さすがに雰囲気まで同じ人間は作り出せないよね」


 見た目を真似ることは可能でも、一度きりの生い立ちから作られた雰囲気や反応までまったく同じには作り出せない。

 いくら神であろうと、だ。


「なんだ、彩乃が神なら、言ってくれればいいのに。あ、でも今知ったのか」

「……多分、私たちだってのは彩乃は気付いてた。その上で、ニオを攫う命令を出した。……違うか? 彩乃」


 やはり、頭に関しては和歌がずば抜けている。

 ユカだけならいくらでも誤魔化せたものの、和歌はそう騙されてはくれないようだ。


「?? なんでニオを……?」

「私たちに隠れて、ニオになにをしようとしていた……?」


 前と後ろに挟まれて、彩乃は、ふぅ、と息を吐いた。

 どう穏便に下がってもらえるか、考えたものの、無理だと悟った。


 全てを語るのは控えたい。

 ……思い出に部外者はいらない、邪魔でしかない。

 たとえ向こうの世界でやっと満足に繋がれた二人だとしても……。


「――めんどくさぁ」


 と、彩乃の周囲で漂っていた瓦礫が、音もなく砲弾のように飛び出した。

 咄嗟に、乗る杖を振って横に移動し、和歌が瓦礫を回避する。


「っ、今、の――」

「うん、本気ですよ」


 和歌が目を見開いた時、急に軽くなった杖に違和感を得て――気付く。


「しまった――ッ、オットイ!」


 後ろに乗せていたオットイが、今の激しい揺れで杖から落ちてしまった。


 あぁぁぁああああああああ!? と床に落下し、鈍い音が響く。


 身に着けている装備のおかげでダメージはほとんどないが、僅かな浮遊感に、彼は気分を悪くしたようだ。

 床を這いずり、何度も嘔吐いている。


「オットイくん!!」


 駆け寄ろうとしたニオの腕が後ろから掴まれる。

 独断で動いた甲冑が、ニオの口を塞いで身動きが取れないように引き寄せた。


 ぎりぎりと腕をひねり、ニオが痛みに顔をしかめる。


「姫様っ、人質の扱いは任せてください」

「ねえ」


 という冷たい声と共に、彩乃が甲冑に杖を向けた。


「あたしのニオになにしてんの?」


 あっけなく、ニオの拘束が解かれた。

 彼女の背後では、四角い粒子……まるでポリゴンのように人の形を維持できなくなった甲冑だったものが、空気に溶けていく。


 悲鳴はなかった。


 彼の意識は姫に尽くせる喜びのまま、遮断されたのだろう。


 痛みがないのはまだ幸せだった、と言えるだろうか。


「『あたしのニオ』って、なに……?」


 引っかかったのは、当然、ユカだった。

 ニオを生み出し、育てたのは、神であるユカだ。


「ニオは、わたしのだよ!!」

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