第14話 転がる思惑
橋が架かっていた場所から蛇のようにうねった道を下って、町へ入る。
馬車の窓に貼り付くように、ニオが外の景色に一つ一つ反応していた。
白塗りのメイク、赤い大きな丸い鼻をつけた典型的なピエロの姿で玉乗りをする大道芸人に注目していた。
五個以上の玉を使ったお手玉にニオがユカの体をばしばし叩いて子供のように興奮していた。
「す、すごいですっ!」
目を輝かせて、通り過ぎるピエロを名残惜しそうに見つめていた。
「ニオ、後で一緒に町を回ろうか?」
「はいっ、絶対ですよ! 絶対ですからね!!」
四段アイスを手に持つ女の子や、愛嬌のある着ぐるみから風船を受け取る男の子などが見える。
まるでテーマパークのような町だ。
「お祭りでもやってるのか?」
『いえ。ただ、国の姫様がこうした方が楽しいと提案されたもので』
町を見れば、その土地の神がどういう人物なのかある程度分かるものだ。
かなり発展しているが、神自体は幼く、子供っぽい一面が強いらしい。
すると、馬車が止まった。
『少々お待ちください、上からの指示があったようです』
馬車を遮るように甲冑がいた。
周囲を取り囲む甲冑もおり、……穏やかではない。
手綱を握っていた甲冑が馬車から降り、仲間からの伝令を受け取る。
目を光らせる和歌でも、さすがに会話内容までは分からなかった。
降りた甲冑が戻ってくる。
手綱を握って和歌たちに背を向けるのではなく、正面を向いて顔(甲冑なので見えないが)を見せた。
『予定が変わったそうです。案内できるのは、お一人様になります』
「……勝手に呼んでおいて……、いや、元々私に会いたくてコンタクトを取りにきたんだったな。じゃあおかしくはないのか」
「なら、先輩が用事を済ませてる間、わたしとニオは町を回れるの?」
「いいんじゃないか……? それはどうなんだ?」
和歌が甲冑に聞いた。
しかし、甲冑は首を左右に振る。
「どうやら勘違いがありますね。我々が必要としているのは――そちらの方です」
「え?」
――瞬間、馬車の窓が割られ、鎧に包まれた腕が伸びてくる。
ニオの腕が掴まれ、そのまま馬車から引っ張り出された。
「「ニオッッ!!」」
周囲の甲冑が、馬車を取り囲み、ニオとの間に壁として立ち塞がる。
『抜刀!!』
一人の声に、甲冑の集団が剣を抜いた。
『姫様の命令である、邪魔が入るようであれば――斬り殺せ』
甲冑たちが、一斉に馬車へ剣を突き刺した。
馬車が大きく揺れた……しかし、誰一人、手応えを感じた者はいなかったようだ。
『ッ、離れろ!!』
甲冑の叫びに、剣から手を離した者は風圧に転ばされる程度だった。
だが、手を離せなかった者は腕が宙を舞っている。
馬車が炸裂したのだ。
欠けたパーツが、周囲の男たちの甲冑を凹ませていた。
『……やはりそう簡単に始末はできないか。土地から離れていようが姫様と同じ神か』
男は頭上を見上げていた。
二人の神がそれぞれ杖に乗っており、和歌の後ろにオットイが乗っている。
「先輩……今のどうやったの?」
「他人の領域で私たちができないのは、そこで生み出されたものを操作する力だ。だから土地を削ったりできないし、住民の設定をいじったりもできない。だけど、杖が持つ攻撃力と防衛手段は機能する」
杖を振るうことで起こる衝撃波や、数度の衝撃に耐えられる見えない盾など、制限はされるが戦えないわけではない。
浜辺の王に襲われた時も、ユカはもっとスマートに解決できた。
それをしなかったのはあえて……、ではなく、単純に忘れていただけなのだろう。
神が他人の土地でできないのは、
「ニオはどこだ!?」
一人の甲冑が膨らんだ麻袋を背負っているのが見えた。
「結花、あいつが持つ麻袋にニオが……ッ」
「麻袋!? いや、たくさんあるけど、どれ!?」
は? と和歌が声を漏らした時、彼女も気付いた。
もっと早く気付けただろう相手の簡単な誤魔化し方なのだが、和歌も突然の襲撃に切羽詰まっていたと言える。
……麻袋は一つだけではない、甲冑一人一人が膨らんだ麻袋を背負い、八方へ散っていった。
『今ので分かった、相手にとって他人の土壌であっても神には勝てない……認めよう。なら、やり方を変えるだけだ。相手をせずに目的のものを姫様へ運ぶ指令を優先させる』
腕を吹き飛ばした者は除外されるとしても、甲冑の数は十人近い。
比べてこちらは二人だ。二手に分かれて半分を追えるわけでもない。
方向が被っていないのだ、二手に分かれても最大で二人しか捕まえられない。
はずれを引いている内にニオを背負った甲冑は姿を眩ますだろう。
いつまでも視界にいるはずもない……そうでなければ囮の意味がないからだ。
「ニオを姫様に渡すって言ってたよね……? 姫……、城? ――分かった!」
「おい、結花!」
「ニオを攫ったのは城へ向かってる甲冑に決まってる!」
和歌も同じくそう思った。だが、だとしたら手口が見え過ぎている。
まるで誘導しているかのような脇の甘さだ。
かと言って、最も可能性の高い場所をはずすのも……、ユカを一人に割くとして、残りのどこかにニオがいると仮定しても――やはり追うべき相手は多い。
いやらしい手だ。
こうして迷っている間にも、ニオはどんどん遠ざかっていく。
「町並みを見て子供かもしれないと思ったけど、私たちとそう変わらないな……」
他人を欺くための頭がある。
やられて嫌なことをまず考えただろう発想力だ。
和歌には心当たりがあった。
口角の上がった、少女の笑みを、ふと幻視する。
「捕まえた!」
城へ向かっていた唯一の甲冑を捕まえ、押し倒し、麻袋の中を覗くが、
「っ、いないじゃん!!」
やはり、ニオはいなかった。
『残念だったな……もう既に、姫様の元へ運ばれ――ぐふぉ!?』
ユカが倒れている甲冑の頭を踏みつけた。
何度も何度も、甲冑を割るように、地面へ叩きつける。
「ニオ――――――――っ!!」
少女の名を呼ぶ彼女の声は、城の奥まで届いた。
地下の抜け道を通り、甲冑が城の中へ。
彼が背負う麻袋の膨らみ方は、布を丸めて詰めたものではなく、人のそれだ。
呼吸によって麻袋が揺れ動いている。
床下から甲冑が真上の蓋を押し開け、城の廊下へ出た。
すぐ近くには姫の部屋がある。
部屋というよりは、謁見の間と言えるだろう。
扉を開いた甲冑が、姫様、と呼びかけるよりも前に、少女の姿がすぐ目の前に現れる。
「ご苦労様」
甲冑が背負っていた麻袋が浮き上がり、逆さまになる。
袋の口から、少女がぽろっと飛び出てきた。
「いったた……」
と、ニオがぶつけたお尻を手で擦っていた。
麻袋の薄い暗闇から出され、突然の強い光にまぶたが下がる。
ゆっくりと目を開けた先には、金色の髪を揺らす、同じ年くらいの少女がいた。
しかも、鼻先が触れ合うくらいの近距離である。
「っ!?」
ニオは悲鳴も上げられなかった。
金髪の少女の指が伸び、ニオの両頬をつまんで左右に引っ張ったのだから。
限界まで伸びた頬が、ゴムのようにぱちんと縮んだ。
「――な、なにするのぉ!?」
目尻に涙を溜めるニオを見て、少女が、がばっと覆い被さってきた。
「ニオだ、ニオなんだあ……っ!」
見覚えのない少女の温もりに、「??」とニオは戸惑うことしかできなかった。
「わたしのこと、知ってるの……?」
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