第12話 忍びよるもの

 いつの間にか日が暮れていた。

 ――結局、途中で神の二人と合流した。


 お祭りのように騒がしい村を、ユカは満喫しているようだ。


「先輩、毎日こんな大騒ぎしてるわけ?」


「祭りをしているつもりはないさ。漁やら狩りで珍しい食材が出回ったりすると、こうしてそれぞれの家庭が屋台を出して自慢するんだ。そうしている内に、みんなが対抗してその日の成果を見せるようになって、結果的にお祭りみたいになっただけだよ」


 ユカが串に刺さった一口サイズのお肉を頬張りながら、ふーん、と相槌を打った。


「そう言えば、浜辺の王って言うのに襲われたんだけど」


 と、ユカが優位を掴もうと終わった事件を掘り返した。


「あぁ、ワニのことか」

「あれ、ワニかなぁ……?」


 二足歩行で立っていた、成人男性サイズのちょっと太った生物。


「突然変異したりするから私も詳しくは知らない。生態系に関して手を入れていないからな。広い大陸だし、細かいところまで管理はできないわけだ」


「先輩は子供たちの管理で忙しいわけだ。……いや、大人にしないよう操作するのに、かな。――それにしても先輩ってロリコンだったっけ? だから後輩に優しいの?」


「いや、お前らがすぐに頼ってくるからだろ……困ったら私にひとまず相談してきて、そのまま解決方法を任せるって言って、放り投げるのはお前と彩乃あやのくらいだ」


 ユカが、さっと目を逸らした。


「先輩は年下に優しい。うんうん、それだけだもんね」

「……いいよもう、ロリコンでも……」


 ロリコン……は分からなかったが、和歌は年下が好きなようだ。しかしそれだけで子供たちの成長を止めようとするだろうか。ニオは思い切って聞いてみることにした。


「あの、和歌様……」


 だが、そのタイミングで聞き慣れた悲鳴が村の奥から聞こえた。

 提灯の明かりに照らされ、こっちへ近づく姿が見えてくる。


「や、やめ……、いやだ飲みたくない!!」


「お、まえ……! 滋養強壮、栄養満点だっつの! そりゃちょっとは苦いけど……良薬は口に苦しって言うだろ! いいから我慢して飲め! じゃないといつまで経っても体調が良くならないぞ!」


「もう平気だよ、ぴんぴんしてる! 逆に、きみに叩かれてるせいで体調よりも傷の方が増えてるよ!」


「うるさい! いいから、さっさと飲め!!」


 と、オットイを押し倒し、馬乗りになるモーラ。

 身のこなしはオットイ以上だが、力はさすがに女の子だ、オットイには敵わない。

 拮抗する力の押し合いに、モーラにも我慢の限界が訪れた。


「こうなったら、気絶させてでも……ッ!」

「モーラ?」


 低い声に、少女の全身がびくんと跳ねた。

 見ずとも、背後に立つ鬼に気付いたようだ。


「違うのお姉ちゃん、こいつを元気にしたくて、さ」

「やる気は認めるけど、いつもいつもやり方が乱暴じゃないか?」

「こいつが素直に飲んでくれればこんなことにならなかったんだ!」


 良かれと思ってやったこと……和歌も理解しているようだ。


「……相変わらず不器用だな、モーラは……。いいよ、あとは私がやるから」

「また、そうやってお姉ちゃんは――なんでも自分で背負おうとする!!」


 モーラの大きな声に、周囲が静かになった。

 なんだなんだ、と視線が集まる。


「そうやって、誰にも助けを求めず一人でなんでもしようとして――そんなんじゃあ、いつか絶対に倒れるよ!?」

「安心しな、私は倒れない――絶対に」

「違う……、そんな風に、安心が欲しかったわけじゃない!!」


 和歌が、モーラの頭にぽんと手を乗せる。


「まあ、言いたいことは分かるよ。それでもさ……私はみんなの助けになりたい。逆はないんだ。――私の問題を、みんなに押しつける気はないんだ」


「そん、な――」

「モーラ。もういいだろ?」


 微笑みの中に含まれた、強い訴えをモーラが感じ取った。

 彼女は黙ったのではなく――黙らされた。


 ふぅ、と和歌が一息吐いて、


「みんな、気にせず商売を続けて。……驚かせてごめんな」


 しかし、神の言葉に誰も従わなかった。


 さっきまでの喧噪が嘘のように、静かなままだった。


「?」と周囲を見回す和歌が、村の奥から感じられる気配に、杖を握り締める。


「……先輩の大陸に子供以外っているの?」

「…………いないな」


「じゃあ余所者だよ。全身鎧をつけた野生生物もいるわけないしね」


 ガシャンガシャン、と金属がぶつかり合う音を響かせながら、姿が見えてくる。

 やがて、足音と共に、金属の音も鳴り止んだ。


「……あんたたち、誰だ?」


 銀色の甲冑が、六人。前から順番に、増えていくように並んでいる。

 くぐもった声なのは、肌が一つも見えないくらいの完全防備だからだ。


『この大陸の神に用があってきた』


「……私が神だ」

 和歌が名乗ると、後列にいた甲冑がバカにしたように笑う。


『こんな下民の女が?』

『おい』


 仲間に小突かれ、笑った甲冑が態度を正す。


「……なんなら証拠を見せようか?」


『いいや、その杖を持っているのが証拠だろう。それに、一通り大陸を見させてもらったが、貴方以外は全員子供だった。もしも神でなかったとしても、貴方にコンタクトを取っていただろう』


「用件は?」

『我々の神が、貴方に会いたいと望んでいる。悪いが拒否権はない』


 甲冑の態度に、和歌ではなくユカが苛立ちを隠さない。


「まるでこっちが従わなきゃいけないみたい。同じ神なのにどうしてそう偉そうなの?」


 甲冑は、まるで今気付いたと言わんばかりに視線をユカへ向けた。


『お前はなんだ』

「神ですけどぉ!!」


 和歌と同じく杖を持っているのに、甲冑は興味なさそうに視線をはずした。


「わたしもいくよ!? 誰だか知らないけど一言文句を言ってやる!!」

『一応、聞いておく。拒否権はないと言ったが――従ってくれるか?』


「今までコンタクトがなかったのは、つい最近世界が繋がったから、と見ていいのか?」

『突然、新たな大陸が見つかった。しかし我々の神の管理下ではないと言う。なら、大陸を管理する神がいると推測したのが、我らの神だ』


「……会うべき、か。結花と出会った以上、他に神がいてもおかしくはないだろう」


 和歌が、いいだろう、と甲冑に答えた。


「ただし、今日はもう遅い。明日の朝に出発でもいいか?」

『構わない』


 明日の朝に、この村に迎えにくると言って、甲冑たちが去っていく。


 村を包む静けさが元の喧噪を取り戻すまで、大分時間がかかっていた。

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