第11話 こどもの世界
ニオからすればもう一人の神だ……、そんな彼女の隣には、小柄な女の子がいた。
年齢は十三。
丁寧に編み込まれた金髪と、憧れのお姉ちゃんを真似した赤いエプロンを身につけている。
「この子はモーラ。私を手伝ってくれてる子だな」
ユカの傍にいるニオみたいなものだろう。
「……よろしく、です」
「モーラ」
言葉のニュアンスに少女が肩を震わせた。
「……火をつけて、ごめんなさい」
彼女のニオとユカを見る目は、明らかに違っていた。
まだ、ユカに対しては警戒を解いていない様子である。
「この子もこの世界を守ろうとしてやったことだ、許してやってあげてよ」
「お、お姉ちゃんがお願いすることなんてない! 侵入してきたそっちが悪いんだ!」
「すぐ私に報告すればいいだろ。野生動物を狩るのとは違うんだ、人を殺していい理由はこの世界にだってないんだぞ」
「…………(お姉ちゃんに、余計な心配させたくなかっただけなのに……)」
「モーラ、返事」
「…………はーい」
言って、少女は柵の内側にいる牛たちの世話をしに向かってしまった。
ここは牧場である。
牛や馬、豚、鶏など、動物が飼われている。
彼らから採れる素材が主な食材となり、日々の生活を支えている。
その生活基盤を整えたのが、この大陸(世界)の神である、
柵に寄りかかり、広大な草原の上をのんびり歩く牛たちを眺めながら、
「あの、神様……あ、これだと分かりませんよね……」
「和歌でいいぞ。そんなに緊張しなくても、私が大層な人間に見えるか?」
「神様は神様ですから! ……じゃあ、えっと、和歌様!」
ニオの頑なな部分に苦笑しながら、和歌が「なんだ」と答えた。
「神様とは、一体どういう関係なんですか……?」
和歌の苦笑が、一気に噴き出した笑いに変わった。
「あっははっ、最初に質問するのがそれか。ふふっ、ただの先輩後輩だよ。分からないってことはないよな?」
ユカが彼女を先輩と呼んでいたのであれば、和歌はユカよりも偉い立場になる。
「それ以下でも以上でもない。中学の頃から付き合いの……、友達と言うには、距離は少しあるかもな」
「ちゅう……?」
「おっと、この用語は、確かに分からないか」
ニオが無意識に警戒していた関係ではなさそうだが……彼女の、大きな胸と引き締まった体を見たら、これから先そういう可能性がないとも言い切れなかった。
頼れるお姉さま、なんて言葉がニオの頭の中にぽんっと浮かんだ。
肩まで伸びた、丁寧とは言い難い整え方の黒髪も少し異性を感じさせる。
「ニオ、どうかしたか?」
急接近してきた和歌の顔に、ニオが過剰に反応した。
「い、いや……――わ、わたしは神様一筋です!!」
と、ニオが隣にいるユカの手をぎゅっと握った。
「なんか、誤解されてるな……」
「――せ、ん、ぱ、い」
ニオを(誤解だが)奪おうとした和歌にユカがむっとした――わけではなく、
「いつから……いつから神をやっていたの? どうして急にわたしの世界に先輩の大陸が現れたの? 世界で今、なにが起こってるの!?」
「おいおい……そんな一気に質問するな。それに、私だって知りたいさ……」
とにかく、今一番やらなければならないのは、情報の共有である。
「ここではなんだし、近くにある私の村に案内しよう。……それに、寝てるあの子の容態も良くなっていないみたいだし、村へいけば薬もあるだろう。ただ、気休めかもしれないけどな」
草原の上で横になるオットイの傍には、牧場の動物たちが集まっていた。
心配しているのだろうが、ぺろぺろと顔を舐められ、彼は悪い夢でも見ているように顔をしかめていた。
「あれ? ニオ、助けてあげないの?」
「はい。あの光景は、なんだか癒やされるので、そのままでいいです」
さすが兄妹だ。ニオが誰とでも(動物でさえ)仲良くなれる人柄をしているのと同じようにオットイには誰にでも好かれる素質を持っている。
彼の場合は、動物の方が受けが良いみたいだ。
村の面積は牧場よりもずっと小さかった。
もっと言えば、規模の小さい村に対して扱える大陸が大き過ぎる。
狭い敷地に多くの人々が住むユカの島とは大違いだ。
扱える大陸が増やせるのでなければ、これは明らかに、贔屓された配分だとユカが頬を膨らませて不満を漏らした。
「私だって知らないさ。最初からこの大陸を丸ごと任されたんだ……逆にどこから手をつければいいのか分からなくて困ったんだからな?」
「贅沢な悩みだね」
神同士の言い合いに、ニオは口を挟むことができなかった。
案内された村へ入ると、ニオの目に飛び込んできたのは異様な光景だった。
……いや、異様と言っていいものか、まだ判断はできない。
商売が盛んな村だった。お祭りでもやっているかのように騒がしい。
ニオたちが訪れたことにも気付いていない者の方が多いだろう。
すると、来訪に気付いて近寄ってきた男の子がいた。
「あ、和歌様。……その人たちは?」
「私の知り合いなんだ。そうだな……この子を安静な場所で寝かせて、この子には一通り村の美味しいものをもてなしてあげてくれ。で、こいつは私が管理する」
「ちょっ! 管理って――先輩、わたしをなんだと思ってるの!?」
「いつまでも先輩に対して敬語が使えない生意気な後輩だが?」
今にも噛みつきそうなユカの扱いは、さすが先輩である和歌は手馴れているようで、
「分かった。食べたいもの三つくらいなら私が奢るから、おとなしくしろ」
「え、ほんと!?」
一瞬で機嫌が直ったユカは、和歌の手を掴んで村の中を疾走した。
出遅れたニオは体調不良のオットイの傍にいようとしたが、彼は既に別の女の子と男の子によって部屋に運び込まれた後だったようだ。
ぽつんと一人取り残された……と疎外感を抱いていると、
「さあ、いきましょうか!」
とさっきの男の子がまだ隣にいてくれたようだ。
「どうかしましたか? 安心してください、見た目は少しあれなものもありますが、どれも美味しい食材です。なんなら私が毒味してからお渡ししましょうか?」
「いや、それは心配してなくて……」
異様さを思い出す……、これが村の、ただの光景なら異様だとも言い切れないが、こうして実際に会話してみると違和感が際立って、不気味に思えた。
個性と言うこともできるが、それにしたって見た目と中身がちぐはぐに感じる。
「……どうして、子供ばかりなの……?」
子供が子供の手を引いて連れ歩き、泣いている赤ん坊をあやしているのも子供だった。
店を開いているのも子供、買うのも子供……どこを見ても子供だらけ。
大人は一人もいない――そう、唯一大人なのが(彼女もまだ未成年だが、成長した姿をしているのが)神である和歌だけだ。
ただ、見た目が子供でも、話し方は子供らしくない。
まるで、大人の人格が子供の体に入ったような……、そう言われた方が納得できる。
「別の大陸からきたのであれば珍しいものですか? 我々はある程度成長すれば、そこで体の成長が止まるのですよ。個人差はありますが、大体が見た目、十三歳ほどですか。もちろん私は十三年以上は生きていますが」
ではいきましょうか、と話題を戻して男の子がニオを先導する。
大した話ではない、とでも言いたげだ。
……確かに、それが当たり前である彼からすればそうなのかもしれないが……。
ずっと子供のままでいられたら……、そんな風に思うこともあれど、だからって本当に子供のままでい続けるのは――幸せなのか?
小さい頃から大好きだった神様と同じ目線に近づく度に、ニオは嬉しかった。
神様の隣に並び、背中を預けられるくらいに成長したいと切に願っていた。
押しつけるわけではないけど、なんとなく、体が成長しないのはダメだと思った。
「どうしました?」
「……ううん。え、っと……なにがおすすめなの?」
「そうですね――」
しかし、多分彼に言ったところで、きっとなにも変わらないだろう。
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