第9話 浜辺の王

 ドォンッッ! と浜の砂を後方へ吹き飛ばしながら、生物が飛んだ。


 まるで砲弾のように、海賊船に目がけて一直線に――重たい体が着地する。

 そのまま甲板の上を転がった生物が勢いを止めて立ち上がる。


 人間の大人とそう変わらない大きさだ。


「なんだよ、こいつ……ッ、不気味な奴だ」


 船員が剣を抜き、生物に斬りかかった。

 生物は微動だにせず、向かってくる剣を硬い己の体皮で受け止めた。

 刃の方が耐えられず、ぱきんっと折れて断片が宙を舞う。


「なッ――」


「逃げて!!」


 ニオの叫びも遅く、生物の大きな口が船員の右腕を、肩から食い千切った。


「あ、がぁああああああああああああああああああ!?!?」


 鮮血を撒き散らしながら甲板の上で悶える男の悲鳴に、生物が笑った――ような気がした。

 その瞬間を見てしまったのか、ニオが口元を手で押さえる。


「せ、ん、長……」



「――大丈夫、すぐに楽にしてあげるから……」


 ユカが杖を操作し、痛みに苦しむ男の体を複数の四角い破片に変えた。

 その場には、甲板に塗られた赤い血だけが残っている。


「みんな下がってて」


 ユカが前に出る。――神の力を使って分解してしまえば、危機も取り除ける。

 杖を向け、力を使う寸前で、攻撃を察知したのか生物が滑空するようにユカの周囲を旋回する。

 目で追える速度だ、それに神の力を行使するのに杖を向ける必要も、実はない。


 つまり、生物がどう避けようと、もがいたところで回避できるものではなかった。

 しかし、だ。


 力そのものが弾かれたような、張った糸が切れた音がユカの耳に届いた。


「――っ」


 ……力が、通用しない!?

 生物の大口が開かれ、ユカに襲いかかった。


「神様ッ!!」

「分解できないなら――」


 船員たちが持つ剣が宙に浮かび、八方から刃の切っ先が生物を囲んだ。


「もうやり方は選ばないよっ」


 浮かんでいた剣がひゅん、と風を切って飛び、生物を串刺しにする。

 串刺しにされても尚、動こうとする緑色の生物だったが、貫通した刃から滴る血液の量は多く、二歩進んだところで生物が前のめりに倒れた。


 杖の先端で、つんつん、と体をつついてみたが、動く気配はない。

 肩の荷が下りたように、ユカが一息ついて、視線を前に向ける。


「この大陸って、一体……?」



 大陸の遠方から、浜を見つめる小さな少女がいた。

 隣には、白毛の馬がいる。

 彼女は双眼鏡も持たず、豆粒ほどしか見えないユカたちの、表情まで把握していた。


「浜辺の王を倒すなんて……やつら、何者なんだ?」


 寄り添う馬がその場で屈んだ。

 背に乗りやすいよう、少女に合わせたのだ。


「……そうだよな、王がやられたってのは、みんな気付くはず。得体の知れない侵入者を確かめるために縄張りから出て顔を見せるはずだし……離れた方がいい、よな」


 馬は、フンッ、と鼻を鳴らした。


「――凶暴な生物たちをかいくぐってこれるなら、相手してやるよ、侵入者」


 少女が馬に跨がり、浜辺とは逆方向へ進んでいった――。




 大陸の先へ進むのは三人だ。


「神様、数人くらいは連れてきてあげても良かったんじゃ……」

「あんまり大所帯になっても管理するの大変だし、もしも誰かが住んでるなら、恐がらせちゃうでしょ? ニオとオットイなら、向こうの人も安心すると思うんだよ」


 海賊船と共に、仲間の海賊たちは浜辺に置いてきた。

 二十四時間後、同じ場所に迎えの船がいるように、と指示を出している。


 それまでは停泊するのではなく、元の島へ戻るようにも言ってある。

 もしもさっきのような生物が現れた場合、ユカがいない今、簡単に壊滅させられてしまう。

 それくらい、あれは強い生物だった。


「それにしても広いね……見渡す限り、草原……なんにもない」


 警戒していたものの、生物さえいない。そしてなにより、移動に困る広さだった。

 ……現地の人も大変だろう。


「う、うわぁああああああああああああっ!?」

「オットイくん!?」


 緩やかな坂道を上ってきたため、後方は少し見えにくい。死角に入ってしまっていたオットイの姿は見えず、当然、近づいてくる人影がいたとしても分からなかった。


 引き返すニオの後を追うと、尻餅をつくオットイの顔を、鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ茶色い馬がいた。


 彼の悲鳴にもっと凶暴な生物が出たのかと焦ったが、なんてことはない、馬だった。

 しかし、ユカは知っているが、ニオは見たこともないようで――、


「オットイくん! 今、助けるからね!!」


 護身用に持っていた、削って作った石ナイフを握り締めていた。

 ユカがその手を優しく包み込む。


「移動距離が長くても、そうか、馬がいれば……よし。――ニオ、あの馬を使おっか」


 使う? と、ニオは不思議そうに小首を傾げた。

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