第5話 神のやり方
赤いコートを身に纏う、赤い海賊団の船長が彼女を見上げた。
彼は体を縄でぐるぐる巻きにされ、浜の上で正座をしている。
彼に倣うように、周囲の部下も正座をし、綺麗に整列していた。
トレードマークになっている赤だが、海の上にいながら赤色を選ぶ彼らのセンスを疑ってはならない……なぜなら、彼らはそれしか選べなかったからだ。
他の色は別の海賊団が使い、彼女たち青の海賊団によって壊滅させられている。
新たな海賊団を掲げる以上、壊滅した海賊団の残党だとは思われたくない。
ゆえに、彼は残っていた赤色を掲げたのだ。
「支配者かー、ふふふ。……ついでに、わたしはこの世界の神でもあるの!」
彼女がふふんっ、と胸を張る。
「神……? 大地を作り、海を生み出したとでも言うつもりか?」
「そこまでスケールは大きくないけど……、似たようなこともできるよ。というか、わたしが神だって知られてない?」
隠しているわけではないので知られていて当然、とでも思っているのかもしれない。
ニオは神様と呼んで慕っているが、他の者は彼女を神と見るよりも、海賊の船長としてのイメージの方が強いだろう。彼女が海賊たちを吸収し、組織を大きくすることで海の上の安全を守ってくれている……そのため、海賊の印象が強くなってしまうのは仕方がない。
「……さっさと殺せよ」
男の投げやりな言葉に、少女が反応した。
意外と知られていなかった自分の知名度にショックを受けながらも、一旦忘れ、
「いや、殺さないよ」
「お前に従うつもりはねえ。後ろのこいつらは知らねえがな。オレは、従うくらいなら死を選ぶ。命惜しさに傘下に入るような腰抜けじゃねえんだ!」
周りの船員も、船長の声に賛同し、声を揃える。
「殺してないって言いながら、あんたは一人、殺しただろ! あいつは跡形もなく消えちまったのを、おれたちは見ていたぞ!」
一人がそう声を上げた。
「あいつは、もうどこにもいないじゃないか!!」
「いるよ? こうすれば……すぐにでも回収できる」
少女が杖を振ると、どこからともなく出てきた、光を乱反射する細かい四角形が一カ所に集まり、それらが人の形を作って、消えたはずの彼の元の姿を取り戻した。
目の前で跡形もなく散ったはずの仲間が現れ、男たちの反論の勢いが一気に削がれた。
「ね? これでわたしが神様だって信じてくれた?」
「……人の生と死を、操るつもりか……?」
「完璧とは言えないけどね……」
戻ってきた仲間に声をかけた男たちだが、返ってきた彼の言葉は予想外だったようだ。
「みんな、おれはこの人についていくよ」
「おい、おいおいおい!? 命惜しさにおれたちを裏切るのかよ!?」
「裏切る? 違うね、信じるものが変わっただけさ。おれはユカ様を信じようと思っただけだ――いや、最初から、おれはユカ様を信じていた、はずだけどな……?」
頭に走った痛みに、こめかみを指で押さえる男を見て、
「おい……そいつに、なにをしたんだ……ッ!」
「散ったパーツを集めて元に戻そうとしたけど、ちょっとした不具合があるみたい。……でもいいでしょ? 仲間になってくれるって言うし、わたしにとっては都合がいいもの」
「ふざけるなッ! 人の仲間に手を出して、勝手に頭の中をいじりやがって!! それが神のすることなのか!? てめえは――」
少女の手が伸び、吠える彼の頭をガッと握った。
「たくさんの人を脅かし、オットイを傷つけて、ニオを泣かしたあんたらに言われたくなんかない。悪だ善だって話をするなら、まず自分たちのおこないを見つめなさいよ」
「……自分が、一番正しいとでも、思ってんのかよ……?」
「少なくとも、あんたたちのやり方は、間違ってると言えるよ?」
ビリィィィィッッ! と紙を破くような音が響き、男の意識が奪われた。
がくん、と頭が落ちる彼は、数秒後、意識を取り戻したようだ。
「わたしたちはこの海の平和を守るために、悪い海賊をやっつけて回っているの。随分と倒して吸収したとは思うんだけど、まだ残党がいるかもしれない。どこかで力をつけて、巨大なチームになってまた島を襲うかもしれない。だから、あなたに手伝ってほしいの」
「――はい、分かりました、ユカ様」
「うん、ありがと!」
変わり果てた船長の姿に、しかし後ろにいた船員たちは、誰も、なにも言えなかった。
「後ろのみんなは? 手伝ってくれる?」
もしも断れば、神の力で頭になにかをされる……船長の末路を見て、全員の立ち向かう心がぽっきりと折られていた。
誰一人、余ることなく、全員が頷いた。
「じゃあ、その赤はもういらないよね?」
「神様――――っ!!」
一件落着した途端、ニオが神であるユカに飛びついた。
海賊たちと話をするからとお預けをくらっていたため、たった数分間だったのだが、溜まっていたものを全て放出するように、彼女に甘え続けていた。
ニオの破れた服はユカと同じく体に沿ったワンピースのような海賊コートに変わっている。杖により、復元を越えて変化させたのだろう。
「うわっ、ニオ――って、濡れてる!?」
「あ、はい。流されてた木箱を取りにいってたんです」
一旦、服は脱いだようだが、肩まで伸びた青みがかった黒髪はまだ濡れていた。
毛先から水滴が滴り、ユカの服まで濡らしてしまっている。
幸い、快晴の天気なので日の光を浴びていればすぐに渇くだろう。
「神様、会いたかったです……っ」
「もう、分かったってば。……わたしも会いたかったよ」
「えへへ……。それにしても、助けてって声、よく聞こえましたね」
彼女は、うっ、と痛いところでも突かれたような表情を浮かべた。
「……わたしは神様だからね、どこにいてもニオの声は聞こえるんだよ」
「さすが神様ですねっ!!」
多分、この子はなにを言ってもそう納得するだろうという神の内心が透けて見えた。
遠巻きに見ていたオットイが呟く。
「……ニオちゃんに会わずに、別の場所にでもいたのかな……?」
一度会ってしまうと、中々別行動ができないくらい、ニオはユカを好いている。
だからこっちの世界に降臨しても、ニオに会わずに別のなにかをしている、くらいは、簡単に予想できてしまえた。
「神様っ、みんなでおもてなしをしますので、孤児院にきてください!」
急かすように引っ張るニオに連れられ、創造の神でもたじたじの様子だ。
さっきまで畏怖の対象として見られていたのに、力がなければ神様もただの女の子だ。
オットイやニオと同じ、まだ大人になっていない子供。
そういう親近感が、彼女のことを神様ではなく、ユカ、と呼ばせてしまうのだろう。
――カカッ、と、砂浜の岩場を叩く音が聞こえて振り向けば、杖が立っていた。
ずいっ、と積極的な女の子のような仕草で、杖の先端についている球体が、オットイの目の前へ接近してくる。
「え、え?」
『……! ……!!』
なぜかぽかぽかと(痛くはないが)叩いてくる杖に急かされ、オットイも慌てて二人の後を追った。
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