第3話 窮地の先

「お前、さっきオレたちの仲間になんかなるもんか、って言ってたな?」


 男が纏っていた空気が変わった。さっきまでの彼は傷をつけてはならないと躍起になって心を押さえつけていたのだろう……役目を果たしたことで遠慮をしなくていいと分かった途端、抑圧が途切れ、彼の本性が姿を見せた。


「仲間になる、だと? ふざけるな。てめえは最初から、奴隷送りなんだよッ!!」

「っ!? そ、ん――」

「そう、僕専属のね」


 耳元で囁かれた言葉と共に聞こえる吐息。

 そして、生温い感触。

 悪臭を放つ粘液がニオの頬に垂れた。

 男の舌が、下から上へ、彼女の形を沿うように舐めた。


「ひっ――!?」


 距離を取ろうとしたが、男の手がニオの肩を掴んで引き寄せる。

 彼女の体が、男の体と密着してしまい、逃げられない。

 それを見て、周囲が野次を飛ばしてきた。


「胸もねえ青臭いガキが好みなのは変わらねえなぁデブ!」

「うるさいなあ、胸がないのがいいんだよ! あとこの日焼け痕、肌の弾力で分かる健康体なのも高評価だ」

「――い、やっ、離して!!」

「そして女の子らしくない格好から見られる女の子らしさに惹かれるわけだよ」


 男の手が伸び、ニオの服を掴んだ。


「えっ、ちょっと、やだっ!!」


 慌てて押さえるが、男の手に力が入っていく。

 みちみち……ッ、と動きやすくするために露出の多い服が悲鳴を上げ始めた。

 破れてしまえば一瞬だ。布面積が少ないためにトカゲの尻尾切りのようにはできない。

 どこが欠けても男を喜ばせる結果にしかならないだろう。


「おい、楽しむのはいいがここで始めるつもりか? お前の性癖を公開するのは勝手だが見せられるこっちの身にもなれ」

「あ、そうか。ごめんよアニキ……じゃあ中で続きでも――」


 野次馬は面白がって、ここでやれ、と注文をつけ始める。応える必要もないが、チキンとバカにされるのだけは避けたい……、男は場のノリに乗せられ、


「じゃあ見せてやるよ僕のやり方をなぁ!!」


 甲板の上で男たちの宴が始まった。

 昼間から騒がしく、既に酔っている者も多い中で、男が呆れた息を吐いた。


「……ったく。オレは中で休んでるからな、ほどほどにしとけよ」


 彼の背中に、周囲の男たちが、お疲れ様です! と口を揃えた。


「ゆっくりと休んでください――船長」

「ああ」


 去る男の背中に、ニオが声をかける。


「あなたが船長だったの……?」


「おかしいか? 船長は指示を出し、椅子の上でふんぞり返っているとでも? そういう船長もいるかもしれないが、オレは前線に出て戦う方が慣れてる。船長なんて、祭り上げられて、結果、任されているだけに過ぎねえよ。ともあれ、こいつらの良い酒のつまみになってくれ」


「わたしは、どうなるの……?」


「分かってんだろ? 奴隷としてはまだ良い扱いだと思うぜ? 殴られ、切り刻まれ、水責めにされ……なんて拷問をするためだけに奴隷を買う奴もいる。そんな中で弟のように性だけを楽しむ奴もいるんだからな。可愛がってもらえよ、どうせ処女だろ」


「…………違う」


「あ? なんだ、経験済みだったか?」

「さっきは、そんなこと、一言も……ッ!!」


「海賊が嘘を吐かないなんて幻想をいつから見てやがった? 強引に欲しいものを奪う奴が善人だと思うのか? あり得ねえ。――こうなっちまったなら、どうせなら楽しめよ。こいつらはきっと優しくするぜ? まああれだ、ひとまず試しに陵辱されてみろ」

「ねえっ! 待って――」


 無慈悲に、男が部屋へ入っていく。

 扉を閉める音が、騒ぐ男たちの声よりも鮮明に聞こえてきた。

 敵でありながら、この集団を止められるのは彼しかいない……そんな頼みの綱がいなくなったという絶望が、彼女の気を緩ませた。


 ビリビリッ、と衣服が破れ、ニオの日焼けした褐色の肌が大胆に露出される。


「い、いやぁあああああああッッ!?!?」


 その姿に周囲がどっと湧く。

 ニオの体が甲板に押し倒され、その上から肥えた男が覆い被さるように……。

 太い腕が、ゆっくりと少女に迫っていく。



「………………助けて」



 思わずこぼれた言葉。

 守るべきものがあるからと言っても、彼女はまだ少女だ。

 強く見せていても、立ち上がれなくなる時だってある。


「助けなんてこないよー、きみの仲間に、僕たちからきみを救い出す力はないからね」


 それでも、期待する。


「……助けて、ください、お願いします……っ」

「だーめ。そんな風にお願いしても」



「お願いです、助けてください、神様ッッッッ!!」



 ――瞬間、カッッと、甲板の上に落下してきた、長い杖があった。

 大人の身長を越える長さの杖が、倒れる前に握られる。


 いつの間にか、その場に一人の少女が立っていた。

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