第2話 突き付けられた選択肢

 銃口が目の前に突きつけられても、彼女は怯えの一つも見せなかった。


「へぇ」と男が感心したように声を漏らす。


「こいつに比べて、お前は情けねえな。女に守られて、悔しくはねえのか?」


「…………っ」

 問われた少年は言葉が出ない。未だ硬直から抜け出せていなかった。


「女の子は、男の子を助けちゃいけないの?」

「いいや、オレは男としてのプライドの話をしている。女に守られているなんて、オレだったら耐えられねえな」

「あんたとオットイくんを一緒にしないでよ、みんながみんな、強いわけじゃないっ」

「らしいな。……そいつを引き合いに出さなくても、お前は強いんだろうな」


 パァン! と火薬が爆ぜた音と共に弾丸が撃ち出され、床に小さな穴を開けた。

 少女の顔の横を通り過ぎ、膝をつく少年のすぐ隣の場所だった。

 当てなかったのか、当たらなかったのか……はずす距離ではない、前者だろう。

 男の裁量で生死を決められたと自覚すれば、さすがに少女にも冷や汗が流れ始めた。


「お前、オレらの船に乗るか?」

「乗るわけないでしょ……っ、あんたたちの仲間になんかなるもんか!」

「ああ、誘い方が悪かったな。――お前一人が船に乗るか、全滅するか、ここで選べ」


 海の方から悲鳴が聞こえてきた。逃げ出した船員が、海賊に追いつかれたのだ。

 船の上、二人と同様に隅っこで隠れていた船員も、同じく発見されていた。

 捕まった彼らの喉元にナイフ、こめかみに銃口が突きつけられていた。

 仲間の怯える目が、少女をじっと見つめている。


「人質を取るなんて……っ、卑怯よ!」

「オレたちは海賊だ、欲しいものを手に入れるためならなんでもする。一人を手に入れるために十人、百人を殺すことを躊躇ったりはしない」

「なん、で、そこまでして、わたしを……?」

「自分の特別性でも見出したか? だが残念だ、てめえに女以外の価値があるとでも? 強気な性格も、こうしてオレたちに立ち向かう勇気も評価してる。その上で、守るものを持つお前が一体どこで音を上げるのか、楽しみだ」


 男が周囲を見回した。


「どうする? 銃の引き金と、肉を抉るナイフの柄を握っているのは、お前だ」

「わたし、は……」


 その時、守られていた少年が動いた。硬直していた体を無理やり動かし、錆びたようにぎぎぎと軋む関節の痛みに顔をしかめながら、彼女を引き止めるために手を伸ばす。

 彼女の手を掴んだ。声は出なかったが、いかないで、とそう言ったつもりだった。

 握られた感触に、温かさに、少女が頷く。


「――そうだよね、守るって、約束したんだもんね」


 少年の意思とは反対に、少女が離れていく。


「まっ」


 離れていく少女の手を再び掴もうと伸ばすが、関節の痛みは激しくなるばかり。

 重たい石が足にくくり付けられているかのように動くことができず、地面についた片手は縫い付けられたかのようにはずれてくれなかった。

 顔を上げれば、少女はもう既に男と共に海賊船へ乗り込もうとしていた。

 男はこちらに銃を向けていない。人質に取られていた数人の船員も解放されており、自由に動くことができる。だけど、誰もがその場で少女の背中を見届けるだけだった。

 近づいてきた海賊船から、縄梯子が下ろされる。

 少女が、梯子に手をかけた。


「まっ、ま……っ、て……まって!!」


 氷にぴったりとくっついた肌を、思いっきり引き剥がすように、表情を歪めながら少年が立ち上がった。

 だが、そこまでだ。

 こちらに向く銃口が、これ以上進めば撃ち抜くと言っている。


「やめて。わたしが乗れば、誰も傷つけないってあなたは言った」

「ああ、だが、邪魔してくるなら話は別だ」

「銃を下ろして。……あの子に、恐い思いをさせないであげて」


 少女がこちらを振り向き、優しく微笑んだ。


「わたしは大丈夫。オットイくんが危険な場所に足を踏み出すために、無理をして勇気を出す必要なんてないんだからね」


 助けて、と言ってくれたら――。

 でも、その時、自分の足が動くのか、分からなかった。

 彼女がこなくていいと言って、ほっとした自分がいたのも確かだ。


「この狭い世界、きっとどこかでまた会えるはずだから……ね?」

「いくぞ」


 時間切れだと言わんばかりに男が急かして梯子を上らせた。

 少女の姿が、海賊船を登るにつれて小さくなっていく。

 ……そして、梯子が引き上げられた。

 彼女のおかげで窮地は脱した。だが、じゃあ彼女はどうなる?


「ニオちゃん……っ」


 ――妹は、これからどうなる!?



 甲板に下りたニオが見たのは十名以上の男たち。

 大きな帆船だ、まだ部屋の中にもいるかもしれない。

 全員の視線が、新しく船に乗ってきた少女に向いた。

 好意的な目は一切ない。警戒心、もしくは、搾取する側の目だ。


「立ち止まるな」


 同じく甲板に下りた男が、ニオの背中を強く押した。

 足が絡まり、お尻を突き出しながら前のめりに倒れてしまう。

 背中を押されたが、力はそう強くない。

 簡単に立て直せただろう……、彼女らしくない失敗だ。

 普段の調子が狂うほど、この環境が彼女を追い詰めていた。


「あ。アニキ、本当に連れてきてくれたのか!?」

「言われた通り、傷は少なめだ。多少手間取ったが、五体満足で連れてきたんだ、文句を言うんじゃねえぞ」

「言わねえ言わねえ、傷も見当たらないし、アニキはいつも良い仕事をしてくれる」


 と、肥えた丸いシルエットをしている男が近づいてくる。


「望遠鏡で見た時よりも実物は数倍魅力的だ……全てが小ぶりで僕好みだねえ」

「…………ねえ、待って、よ――」


 望遠鏡で見ていた? 連れてきてくれた? 

 まるで、最初からニオを目的に襲撃してきたような口ぶりではないか。


「ああそうだ。最初から、お前を船に持ち帰ることが目的で、お前の船を襲撃したんだ」

「……船に積んでいた荷物は……?」

「どうせ魚や果実だろ。質の良い材料なら自分で獲った方が確実だ。最初から積み荷のことなんか眼中にねえ。いかにお前を無傷で連れ帰るかを考えていた」


 海賊は海の上で略奪行為をおこなっている。最近は治安が良くなった海だからと安心していたが、以前は積み荷を減らさず島から島へ届けることが困難だった。

 それくらい、海賊の目的は積み荷だった。

 だから襲撃の狙いは積み荷だと誰もが思う。まさか、船員の一人だとは思わない。


「オレたちにとっては積み荷と変わりねえがな」


 木箱の中に魚と果実がぎっちりと詰まっているとは限らない。

 人間がすし詰めにされていた時代もあったのだ。

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