第41話 作戦
結花千の槍が兵器の腕をへし折った。
関節部分を狙い、一突きにする。
折れた右の肘から先が、地面へと落下した。
『なッ……! 手は出せないはずじゃあ、なかったのかッ!?』
結花千は答えない。
周回遅れに構っている暇はないのだ。
腕を狙ったのは外側から攻め最後にコックピットを狙うためだ。
戦意を喪失させ、ニャオの居場所を吐かせる。
結花千はそう考えた。
先に男を始末してしまうと、ニャオが行方不明のままになってしまう。
本当なら、今すぐにでも一突きにしたいくらいなのだ。
「ニャオは、どこ?」
『ま、待て! あの小娘なら、ここにいる!』
結花千の槍がピタッと止まった――が、素直に信じていいものか迷った。
兵器の片腕が動いたのを見て、結花千が槍を突き出す。
片腕も吹き飛んだところで、男の機械音声に動きがあった。
『本当にいるんだぞ!? 分かった、声を聞かせればいいんだろうがッ!』
余裕がなくなった男は、がさごそと音を立てる。
些細な音も含め、全てをマイクが拾っていた。
べりっ、となにかを剥がす音。
その際に出た僅かな悲鳴が、ニャオのものだと分かった。
しかし男に促されても、ニャオは決して喋らない。
ニャオがいたらこの兵器を攻撃できない事を彼女は分かっている。
だから自分の存在はここにはいないと示した上で、結花千に兵器を破壊させようとしているのだ。
乗っている男も含めて。
それは傍らにいるニャオをも巻き込んでしまうものだが。
『こいつ! なんで……ッ、クソッ、腕の一本、へし折れば悲鳴をあげんのか!?』
ガッ、ドゴッ、という鈍い音が響く。
結花千には丸い鉄の中でなにが起こっているのか分からない。
それでもニャオは、吐息一つ漏らさなかった。
「やめて! あたしはなにもしない……だから、ニャオをこれ以上……ッ!」
かみ、さま……、マイクが拾わない声が、聞こえた気がした。
結花千は地面に降りて、槍を手放した。
兵器の前で、無防備になる。
『……良い子だ、ゆかち』
男に余裕が戻った。
結花千は予定通りに、手を出せなくなった。
それが分かって、男はこれまで通りに勝ち誇った態度を見せ続ける。
『これでお前はなにもできないねえ……楽に殺しはしないよお。お前が壊れるまで、苦しみを与え続けてやろう……』
「そのない腕で、どうやって?」
結花千は兵器の両腕をへし折っている。
ただ立っているだけの相手に、なにができるとも思えないが。
『都市が隠し持っていた兵器だぜ? この球体に所狭しと武器は隠されているさねえ』
銃や毒霧、爆弾などが仕込まれている。
両腕がなくとも兵器としての役割は果たせる。
苦しみを与えるという目的を掲げていれば、致死性の低い武器を仕込む事も可能だ。
それに、崩落に巻き込まれたとは言え、まだぞろぞろと後ろには無神論者たちがいる。
『前だけを見ていたら、後ろから噛まれるぞ、ゆかちぃ』
ニャオを人質に取られているため、結花千は動けない。
兵器への攻撃はニャオがいなければ大義名分があるためにできるが、人々に関しては打開策はさっきと変わらずなにもない。
前と後ろから、殺されない苦しみの脅威が迫ってきている。
『だから言っただろう……? その強大な力を正しく扱えるのか、と。しでかした事に責任を取れるのか、と。お前の軽率な行動と無責任な対応が、この状況だろうさぁ!』
結花千は、その言葉に聞き覚えがあった。
しかし聞き覚えはあっても特定はできない。
あっ、と思わず声を出したのは、男の傍らにいたニャオの方だった。
『果実を奪おうとした、あの時の……っ!』
ニャオのこぼした情報にも、結花千は、それでもぴんとはきていない様子だった。
『まあ覚えていようがいまいがどうでもいい。あの時の屈辱をここで晴らさせてもらう』
たった一人の小娘に敗北した海賊として、男としてのプライドが傷つけられた。
原点はそこである。
どれだけ大きな事を計画していても、原動力は些細な羞恥だった。
先導者として世界に神の無責任を説き、神の人々への認識を暴露して。
混乱に乗じてニャオを奪い、結花千を挑発した。
全ては結花千に復讐をするためだった。
全ての始まりは、結花千であった。
だからこそ、終わる時も結花千なのだ。
自分が人々の王になろう、などという願望はない。
ターゲットを結花千に狭め、ただ彼女しか見ていないその鋭利な敵意は、だからこそとても攻撃性が高い。
簡単な話だ。
一つに特化すれば、多くには対応できないが、専門分野には大きな効果を出せる。
その男は、結花千にだけは強く、勝利を収められる。
――勝ったッ、男の声は漏れていた。
ただし彼は見落としていた。
結花千にだけは強いが、それ以外にはてんで弱い事に。
結花千に迫っていた無神論者たちは後ろを振り向き、現れた二人に注目する。
彼らは目の前に現れ、きちんと目を見て話した神様に、心がひれ伏した。
結局、同調意識である。
他がそうだから、その流れに乗るべきだから、という理由で動いているに過ぎない。
自分の考えをまとめ出したら意外にもころっと反対側へと転がる。
一人一人と向き合う。
怠惰を理由にやっていなかった基本中の基本を今、おこなった。
この場にいた無神論者たちは、みな謝ってこの場から去って行く。
彼女たちは特別な事を言ったわけではない。
これまでの事を謝り、これからの償いを語り、今の脅威を取り除くと約束をした。
言葉だけを見れば台本通りの業務的な報告に思えるかもしれない。
これは目の前で目と目を合わせた者たちにしか分からない、信頼だ。
……死から復活した彩乃と実姫が、結花千の元へ追いついた。
「わたしは許してないから、あそこに閉じ込めた事……ッ!」
「ちゃんと助け出したんだからいいじゃん、細かいなー」
後輩二人は肘で小突き合っている。
やがてエスカレートしていき、このままでは殴り合いに発展しそうなところで、結花千が思わず呟いた。
「実姫、彩乃……っ」
二人は死んだと思っていた。
だから涙が目尻に溜まっていた。
「だから、わたしたちは復活しますから、心配なんてしなくていいんです」
「そうそう。で、ここに来たのは、ゆかちーに良いものを持ってきたからなんだよね」
そう言って、彩乃が実姫を見た。
彼女は丸めて持っていた紙を大きく広げた。
それは、ある兵器の設計図だった。
――目の前に佇んでいる、球体兵器のものである。
その設計図の注目するべき場所を、実姫が指差した。
「わたしの都市の兵器ですから、探せば設計図は簡単に取り出せます。……あの兵器を奪われた管理不足は立川先輩に言われたので、後でちゃんと話します。今は、コックピットの位置を覚えてください」
設計図と実際の兵器を見比べる。
コックピットの位置は、球体の真ん中である。
意外にもコックピットは広く作られており、球体の中に一回り小さい球体が収まっていると考えたらいい。
水陸両用兵器なので、水の中でもしばらく生活できるようになっているのだ。
そのため、大人が横になって眠れるくらいのスペースが確保されている。
今、あの中に男とニャオがいる。
兵器を攻撃するにも、ネックになるのがニャオだ。
男はニャオを盾として、人質に取っている。
だが、ようはニャオに攻撃が当たらないようにすればいいだけなのだ。
「ゆかちーにしかできない救出方法だねー。つまりその槍で一突きにしちゃえばいいよ」
彩乃が簡単に言う。
確かに結花千の槍は一直線上のみ絶対的な威力を誇る。
線上をはずれた場所には傷一つつけるのも難しいほどの威力の落差が存在している。
この槍で突けば球体の中心点だけを射抜く事も可能だ。
ただし、やはり恐いのは、その線上にニャオがいたら、だ。
「あいつがニャオを掴んで離さなかったら、一緒に巻き込まれるじゃん!」
「まあ、そうなったら仕方ないけど……」
彩乃が言って、すぐに訂正をした。
実姫と結花千の厳しい視線を感じ取ったのだ。
彩乃の悪い癖が抜けるのは、大分先になりそうだ。
もうこれ以上、仕方ないで失っていい命なんて存在しない。
たとえニャオでなくとも、だ。
人々を含め世界を守ると、今、戻ったばかりの信仰者たちに、誓ったはずではないか。
「はーい。……真面目にやりますよー」
「いや後は先輩の出番だし。……じゃあ先輩、ニャオを助けるための策、ありますから」
「実姫……っ」
表情をぱぁっと輝かせる結花千。
頼れる後輩を持って、幸せだった。
こほん、と実姫は一度咳き込んで、結花千の注意を引く。
実姫が彩乃に足蹴にされて死ぬ前に、結花千とはまるで決別したかような雰囲気だった。
それが引っかかっていた。
仲直りしないままこうして普通に喋ってしまっている。
それはなんだか、気持ちが悪かったのだ。
だからはっきりとさせておきたかった。
これはただの、自己満足である。
「もう、一番と二番を決めろなんて言いませんよ。ニャオはニャオで、わたしはわたしです。いつか先輩の中の心に巣くう後輩になっていればそれでいいです」
実姫には、ニャオにはないアドバンテージを持っている。
元の世界で一番近いのは自分であるという自覚があった。
だから、差をつけるための武器はこの手の中にある。
「それだけです。それを言いたかった、だけなので――それで作戦ですけど……」
「ねえ実姫」
結花千は声に振り向いた実姫の頬に、軽く唇をくっつけた。
彩乃にやられたばかりで記憶に新しいので、思わず唇が出たのだった。
される方と同じくらい、する方も恥ずかしいが結花千はそれを表情には出さない。
自分よりも真っ赤になって動揺している人を見れば、こっちは簡単に落ち着いてしまうものだ。
「な、な、なな……ッ」
手を頬に当て、設計図を落とす実姫。
そんな実姫の片方の頬へ、彩乃がキスをした。
「はい、お揃い」
「てめぇよぉ!」
荒い口調と足のすねを蹴る攻防が始まったが、実姫の動揺が消えたのは良かった。
こんな事をしている場合じゃない、と気づいた実姫が再びこほんと咳払いをし、話を再開させる。
「作戦です」
「あ、うん」
すぐさま無表情に戻る実姫の変わりように驚いた。
スイッチのオンオフを器用に使いこなすなあ、と感心したものだ。
結花千には絶対に無理な芸当である。
実姫の作戦を聞いて、結花千は思わず、大丈夫? と聞いた。
そこで実姫は、決して強がったりはしなかった。
「確実とは言えませんよ。ですけど、上手くいく自信はあります。だからもう、信じてくださいとしか……」
「信じるよ」
結花千は即答した。
実姫がそう言うのであれば、きっとこれが正解なのだから。
実姫と結花千が見合う。
そして結花千が微笑み、実姫がふい、と視線を逸らした。
嫌だったからではない。
照れ臭かったのだ。
にやにやと二人を見ている彩乃は、決して会話には割り込まなかった。
『なにを、している……?』
兵器のコックピットに座る男は、結花千の行動に疑問を覚える。
結花千は手に持つ槍を構え、兵器の真ん中……コックピットを狙っているのだ。
だが中にはニャオもいる。
結花千にとって効果てきめんである盾だ。
今も変わらずに、男の傍らにいる。
結花千はそれを知っているはずだが……。
『この小娘ごと、俺を貫くつもりか、あのクソガキッ!』
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