第40話 神vs兵器

 ……そして、結花千は人の荒波から抜け出した。


 結花千の事を、無神論者は誰も見ていなかった。

 抜け出した事に気づいていないようにも思える。


 なぜなら彼女が、引きつけてくれているからだった。

 結花千は、足を止め、後ろを振り向く。


 渦中には未だ彩乃がいる。

 きっと、呼びかけても彼女は反応しない。


 だらんと地面に崩れた体は起き上がろうとしていなかったのだから。

 無神論者たちは、動かない彩乃をずっと攻撃し続けていた。


「……彩乃」


 結花千は戻りたい衝動をぐっと抑える。

 なんのために、彩乃が体を張ったのか――。


 彼女の願いを考えれば、結花千はここで戻るべきではない。

 彩乃を踏み台にして、先へ。


 ――行くんだ、ニャオの元へ。


「ありがとう」


 間はほとんどなかった。

 ぐるり、と無神論者たちの視線が結花千の方へ向いた。


 彩乃がその場からいなくなったから、今ここに残っている結花千へ敵意が向いたのだ。


 しかし結花千は焦らなかった。

 槍を握り、彼らに背を向け、約束の場所へ向かう。


 彼らだって人間だ。

 エネルギーの分、ずっと動き続ける機械ではない。


 動いた分、体力はなくなっている。

 気持ち次第で足は止まるのだ。

 そのため結花千を執拗に追いかけて来ている数は、さっきの集団と比べれば大分少なかった。


 たとえ少なくても、相手にしている暇も、する気もなかった。

 結花千の目的は彼らを止める事ではないのだ。


 港を進み、町の高台の塔へ。

 そこに放送の男と、ニャオがいるはずだ――。


「…………」


 しかし、いなかった。

 ニャオだけならばまだしも、放送の男さえも。


 高台の塔の前で槍に乗りながら結花千は呆然とする。

 ……もしかして間違えた? 


 いや間違いなくこの場所だ。

 現に無神論者たちはこの場に集まっている。間違ってはいない。


 じゃあ、なんでここに誰もいないの?


 罠である事は百も承知だった。

 であれば、なにかしらのアクションがあるはずだ。


 だがそれもない。

 ただこの場に結花千を引きつけただけで放置する、そんな生ぬるい嫌がらせを、あの男がするとは思えなかった。


 怪しい……、と思った目の前を塔を見つめる。

 いっその事、仕方ないから壊してしまおうかと思った時だ。

 追いかけて来ていた無神論者たちが、塔の目の前に集まっていた。


 塔を壊せば彼らが巻き込まれてしまう。

 結花千は乗っていた槍に込めた力を抜いた。


「……なにが、したいのよ……ッ」


 宙を睨み付けて、そう気持ちを吐き出す。

 彩乃が体を張って送り届けてくれたのに、目的の場になにもないなんて、笑い話にもならない。


 人を使って、操り、誰もを馬鹿にしているとしか思えない。

 あの放送の男は、一体なにがしたかった?


「……出て、来い!」


 結花千は叫ぶが、近くの波の音と、少ない無神論者たちの怒声しか聞こえなかった。

 ……自分の声が、反響して繰り返される。


 はぁ、と溜息を吐いた。

 とりあえず、和歌の元へ戻ろうとした時だった。


 地面が餅のように膨らみ、周囲に亀裂が入る。

 その裂け目へ、下にいた無神論者たちが落下してしまっていた。


 さらに、膨らんだ地面が破裂し、散弾のように小さくない瓦礫が八方へ撒き散らされる。

 遅れて来ていた無神論者たちは、その瓦礫の餌食となっていた。


 結花千も無事ではなかった。

 空中にいるからこそ小さな破片だったが、勢いが凄まじくいくつも体に突き刺さる。


 地面の亀裂により、塔の地盤が歪んだ。

 不安定な支えに、塔がゆっくりと倒れていく。


 大きな穴を開け、ありじごくのように町が落下していく中、現れた巨体があった。


 球体に手と足をつけたような、銀色の機械。

 駆動音と共に、背中から空気の噴射をさせ巨体を宙に浮かせる。

 そしてまだ無事である地面へと足をつけた。


 下など見ていない。

 建物を壊し、人々を踏み潰し、それでも足を踏み出した。


 こいつは、周りの事などなんとも思っていないのだ。

 結花千は確信している。

 こんなクズ、一人しか思い当たらない。


「お前……ッ」


『約束通りに一人で来たか……偉いじゃあないか』


 球体の腕が伸ばされる。

 咄嗟に結花千は後退した。


 ……射程距離はそう長くない。


 動きも遅く、機動力は結花千の方がある。

 相手はただ大きいだけで、こちらが圧倒的に不利でもない。


 大きさも怪獣ほどではなく、二回り小さくさせたくらいだ。

 造設所よりも大きくは作れない制限のためだ。

 そのためなんとかできそう、と思える見た目である。


 かと言ってなんとかできる、と言い切れるわけではなかったが。


 小さくても兵器である。

 人を殺傷できる武器を備えているのだ。


「あんたの言う通りに来たんだから、早くニャオを返しなさいよ!」


『さあて、ね……そんな約束を、した記憶はないねえ……』


 やはり罠だった。

 結花千を誘き出し、こうして兵器を使って復讐するための。


 結花千にたった一人で来いと言ったのは、一人ならばなんとかできる、と思ってだったが、男は知っている。


 結花千は無神論者であろうとも手を出せない。


 衆目がある今、たとえ男に対しても攻撃する事はできないだろう。

 そんな安全圏にいると、男は余裕を持っていた……が。


 結花千はすぅっと、目が冷たくなっていった。

 救えないクズであり、間抜けである、と彼女は哀れみの視線を向けた。


 結花千が手を出せないのは、たとえ無神論者でも神の力で反撃をすれば、離反した者を力でねじ伏せるという、支配の神として多くの信頼を失ってしまうから、という理由だ。


 しかし今の状況を見てみれば、兵器が町を壊し、人々を傷つけている。

 これを見せられても結花千が動かなければ、それこそ神の信頼に関わる。


 危険を見過ごす、怠惰の神になってしまう。




 遠目に見ていた和歌も、女の子を庇いながら、同じ意見だった。


「ゆかに大義名分を与えてくれるとはな。町とみんなを救うために反撃をする、これなら衆目があろうが、誰の目にも脅威から守ったとしか映らないだろうな……」


 あの兵器は実姫の大陸のものだ。

 セキュリティは万全だったと言っていなかったか? と後で問い詰める必要がある。


 しかしこの状況を見越してあえて奪わせたのでは? とはさすがに思えなかったし、実姫にそんなリスクを背負えるとは思えなかった。


 だから完全に、偶然の産物である。


 たとえ一人になっても、ニャオを救うために奮闘し続けた結花千へ、神からの贈り物だと考えたら……、


「――って、神は私たちだよ」


 ここが上限だとすればの話だが。

 和歌は少しだけ、世界の真理に近づいていた。

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