第28話 先導者を探し出せ
全身傷だらけの和歌だった。
この場で最も驚いたのは、血に沈む少女だった。
「どう、して……! 間違いなく、殺した、はずなのに……っ!」
和歌は村に戻り、子供たちの様子を確かめていた。
始末される事はない、とは思っていた。
不安だったのは例の映像によって無神論者になってしまったのではないか、だ。
子供たちは和歌をいつも通りに出迎えてくれた。
だから味方なのだと安心したのだ。
しかし雰囲気に誘われ眠った時、和歌は襲撃された。
全身の切り傷はその時のものである。
「みんなは知らないと思うけど、実姫の都市には、防刃、防弾チョッキがあるんだ。それで全部を防げるわけじゃないけど、こうして生きているから、効果はあったわけだ」
子供たちに追われて断崖絶壁に追い詰められた。
銃弾を受け、落下した和歌は箒で飛行し、なんとか助かった。
下が海なので子供たちは死体の確認のしようがない。
そのため海に沈んだと思い込み、神は死んだと少女に報告したのだ。
「……裏切ったら、すぐに殺しますか……」
血を吐きながら、少女が言う。
開かれた道を通っていた和歌が、結花千と実姫の元へ辿り着いた。
「たくさんの時間を共に過ごして、色々な思い出を作っても、お姉ちゃんとは違う方へついたら、こうしてすぐに殺すんですね! すぐにまた、作り出せるから! 同じ顔で、同じ人格で、絶対に裏切らない私を作れば、いいんですからッ!」
けほっ、かはっ、と少女が言葉の勢いに負けて咳き込む。
血溜まりがさらに広がる。
「……私だって、手をかけるつもりはなかったよ」
攻撃できるわけがなかった。
和歌自身、みんなの事が、
「だって、大好きだったんだから」
それでも、止めなければならない時がある。
大切な人を、人殺しにさせたくはない。
相手が、たとえ神でも、それは変わらない。
「相手が神でも、二人の女の子だ。みんなとなにも変わらない事を私は知っている。それを数十人がかりで追い詰めて、殺す事を、私は絶対に許さない」
神は好き勝手に作り出し、壊す、そう思っている者が多い。
もちろん、それも間違いではない。
中にはそういう神もいるだろう。
だが、自分が作り出したものが間違いを起こせば、それを壊すのだって、役目である。
最後には、神が審判を下すのだ。
「私はみんなを、壊すよ。でも、なにも感じないだなんて、思わないでほしい」
和歌の猟銃が弾を吐き出す。リズム良く、周囲の子供たちの心臓を撃ち抜いていく。
痛みを感じないように、一発で命を奪う。
撃って、撃って、撃って、撃って――。
主人を失った馬が自らの小屋へと帰って行く。
馬には信仰もなにも、なかったのだ。
「……ごめん、ね」
「私たちが、悪いのか……、不満を訴えた、私たちが!」
残っているのは、一人。
血溜まりから這って和歌の方へ進む、少女だけだった。
「悪くなんてないさ。嫌な事があれば、言ってくれればいい。気に入らなければ、いくらでも声を大にして発言すればいい。それを悪いとは思わない」
這う少女へ、銃口を向ける。
……彼女の憎悪が消える事は、最期まで遂ぞなかった。
「これ以上、可愛い後輩を危険な目には遭わせたくない、から――」
タァン、と。……最後の銃声が鳴り響く。
猟銃が、どさっ、と落ちた。
「あ、うぁ、ああぁ、なああ、ぁぁっ」
顔を両手で覆い、和歌が膝を崩す。
子供たちの死体に囲まれた真ん中で、彼女は感情を抑えられなくなった。
作られた存在、そう思うみんなと同じように、作った存在だと神は分かっている。
最初は、なにも知らない赤子のようなものだった。
たくさんの事を教え、色々な事を一緒に体験し、その記憶を、和歌は全て覚えている。
また作り出せる事ができる、と簡単に言うが、まったく同じ人物を作り上げる事は不可能だ。
同じ時間、状況、感情、その積み重ねが、みんなの成長と人格を作り上げていた。
二度と、同じみんなにはもう会えない。
そう思ってしまえば、涙が止まらなかった。
「…………先輩」
――結花千の伸ばした手を止めたのは、左右に首を振る実姫だった。
後輩にこんな弱い姿を見せたくない。
和歌は多分そう思う。
だが、今はそんな余裕もないのだ。
だからこうして晒け出してしまっている。
先輩の威厳のためにも、ここは一人にさせてあげようと、実姫が提案したのだ。
……だが、結花千は彼女の手を振り払った。
先輩の強さを尊敬し、弱さを支えるのが、後輩だからだ。
「そんな立場なんて関係なくても、友達なんだから。傍に寄り添いたいって、思うよ」
月光に照らされて。
結花千は和歌の隣に座った。
いつまでも、傍にいてあげる。
今だけは、結花千は和歌の、お姉さんだった。
これが先輩なのだと、実姫は二人を見てそう思った。
和歌の苦悩は、今の実姫の葛藤と同じものだろう。
実姫は結花千に心配をかけてしまうほどに落ち込んでいるというのに。
しかし和歌は、悩んだ末に一歩を踏み出した。
自分で決めた結果に、泣き崩れるほどだった。
和歌ならば予想できていた。
だがそれでも一歩進んだ事に、実姫は先輩の強さを感じた。
和歌が苦悩を断ち切れた理由はなんだろうか。
彼女は言っていたはずだ。
可愛い後輩を危険な目に遭わせたくはない、と。
そしてそれは、実姫も同じだった。
和歌も結花千も、大切な存在である。
彩乃だって、まあ、大切な存在、と言ってもいいだろう、と思った。
いなくなれば、なにか物足りないと感じる事は確実だった。
大切な仲間を傷つけるつもりならば。
たとえ自分を支えてくれたファンであろうとも、神として審判を下さなければならない。
それが神の役目である。
先輩は、目の前でそれを教えてくれたのだから。
「……先輩、泣き止んだ?」
と、肩を寄せて結花千が聞いた。
和歌は、なにも答えない。
代わりに結花千をぐっと引き寄せた。
後ろから抱きしめられた形になったので、結花千は和歌の顔を見る事ができなかった。
和歌はそれを狙ったのだ。
泣いて真っ赤になった目を見られたくなかったからだ。
「今だけ……」
抱きしめる力がさらに強まった。
和歌の小さな声に、結花千が、ん? と聞き返す。
「今だけ、ゆかの事を五歳児だと思う事にする」
「やっぱり先輩、小さい子が好きなんだね。……いいんじゃない? 子供が好きだって事がダメだってわけじゃないし。でも、だったら実姫の方が体が小さいし、年齢も低いし、あたしよりも相応しいと思うけど……」
「そうだけどな……今は、そういう扱いをしていい時じゃない」
そうなの? と結花千は実姫の変化に気づいていなかった。
「結花千……分からない?」
「うーん……背、伸びたとか?」
見当違いの事を言う結花千のポンコツ具合を改めて認識する。
でも、これでも可愛い後輩だ。
和歌は二人を守れた事を、決して後悔しないだろう。
もう一人の後輩を見つめ、和歌が呟いた。
それは届けと願った言葉だった。
「実姫にとって、後悔のない、選択を――」
実姫は決意した――
「もう一度……みんなの前へ」
今まで支えてくれたみんなの前から、逃げたりしない。
全ての気持ちを受け止める。
自分の気持ちを全て伝え、されているであろう誤解を解く。
それでもみんなが仲間を狙うと言うのであれば……。
実姫は選ばなければならないのだ。
和歌が選んだように。
だから彼女の中で、覚悟はもう決まっている。
「先輩方……見てて、ほしい事があります」
「……実姫?」
結花千は実姫の変化にようやく気が付いた。
落ち込んでいたのが遠い昔の事のように、自分の足で立てるようになっている。
元々、強い子であった。
彼女の日常をよく知っている結花千には、年下だけど同学年のようにも感じていた。
しかし強かったのは苦しくても支えてくれる人がいたからだ。
実姫はその人たちを一気に失ったのだ。
強さの源を絶たれてしまえば、弱さが見えてきてしまっても仕方がないだろう。
年相応に傷ついていたが、今は立ち塞がっていた壁を乗り越えたのだろう。
逃げてやるもんか、という気概が伝わってくる。
彼女はそんな顔だった。
それでも心配してしまうのが、先輩というものだ。
色々と聞きたい事はある。
だが、結花千は出しかけた言葉を飲み込んで、彼女に答える。
「いいよ、見ててあげる」
結花千だって成長した。
すぐに前へ出ようとする彼女が、見守ろうとしたのだから。
そして、三人が次に向かったのは、都市、シノシティ。
今のところ先導者がいるであろう、最有力候補の大陸である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます