第26話 反撃の狼煙

「みんな……」


 実姫が真下を見て、呟いた。


 実姫を下積みアイドル時代から支えてくれたファンの男たちが、今は無神論者になっていた。

 グッズを破り、地面に叩き付けて壊し、実姫に酷い罵倒を浴びせている。

 最も発展している文明なので攻撃も多彩だった。


 銃声の音が聞こえ、弾丸が結花千たちの横を通り過ぎていった。

 危ないと判断し、結花千は移動をする。

 すると、腰に巻かれた手に、ぎゅっと力が込められたのが分かった。


 結花千が言うよりも早く、


「……先輩、悔しいです……ッ。みんなを納得させる言葉が出ないのが、凄く……ッ」


 ここまで荒れてしまえば、声なんて届かない。

 実姫が目の前に出ただけで、暴動はさらに苛烈になるだろう。


 それは結花千も同じだろうが、実姫はアイドルとして活動していた時期の方が長い。

 熱狂的なファンは、裏切られたと知ったら爆発する。


 今みたいに、たとえ遠くへ逃げても、たとえ届かなくとも、攻撃をやめないのだ。


 ファンというコミュニティがチームを作っているので、個々がその場で結託しているハリボテの集まりよりも厄介である。

 最優先で倒すべき相手ではあるが、実姫の今の状態を見れば、結花千でも倒そうなどとは言えなかった。


 それでも、倒さなくてはならない状況になれば、倒さなくてはならない。

 それが上に立つ者の役目でもある。


 そして、結花千も、実姫と状況はそう変わらない。

 あの映像を見て、味方でなくなった者は少なくない。


 世界情勢は、圧倒的に不利であった。



「……あたしも、悔しいよ」


 これまで積み重ねてきたものを、あっという間にひっくり返されたのだから。

 手の平にあった大切なものが、ぼろぼろとこぼれ落ちていっているのだから。


「どうしたら、いいのかな……?」


 神々は劣勢のまま、今のところ、打つ手なしだった。



 映像を見ても揺るがない信仰心を持つ者がいる。


 たとえこの命が粗末に扱われるのだとしても、救われた命の恩を忘れない、本物が。


 真夜中の海。

 彼女とその仲間たちが一隻の帆船を奪い、帆を広げる。


 旗には、ドクロマーク。

 ――海賊だ。


「総督が困ってるなら、俺たちは力になるために向かうだけさ」

「水臭いよね、言ってくれれば僕たちはすぐに向かうのに。ねっ、ニャオ様――あ、今は船長なんだったよね」


「船長……、そう呼ばれるのはちょっと恥ずかしいですけど……っ」


 少女一人を囲むように、屈強な男たちが集まっていた。


 全ては結花千を慕う信仰者たち。

 あの映像を見ても、だからなんだ? と言い捨てた者たちの集まりだった。


「船長」

「は、はいっ!」


 呼ばれ、ニャオは思わず敬礼をしてしまう。

 船員が、ぷっ、と吹き出して笑った。


「今はあんたが船長だ。好きなように、俺たちに命令をしろよ」


 ニャオの脱げかけた海賊帽子を正しく直して、船員の一人が言う。

 後ろのみんなも、一斉に頷いた。


「……みんな、ありがとう」


「俺たちは力になりたい。――あんたにも、船長にも」


「私も、神様を、助けてあげたいです」


 気持ちは同じだった。

 既に、敵の本拠地に乗り込む、覚悟はできていた。


 だから全員、ニャオのその言葉を、待っていた。


「みんな、行くよっ!」


 ――おぉッ! 男たちのドスの利いた声が、天を衝く。

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