第25話 神の顔

 彩乃の作戦通りに障害物を道に置き、通路を塞ぐ。

 天井が破られているので上から入られる心配もあるが、一般人に城の外壁を登れるような身体能力はないだろう。


 登ってこれたとしても、一度に現れるのは数人が精々だと考える。

 ならば、対処は容易い。


 通路を塞いだ事で、神たちが集まるこの王室まで一本道になった。

 当然ながら王族はいない。

 破壊された瓦礫が積まれているだけで、もぬけの殻だった。


「じゃあ、わたしはここで待ってるから、先輩たち、救出よろしく!」

「お前は来るんだよ。お前の世界なんだから地理に詳しいだろ、それに顔が利く」


 王室に実姫を待機させ、三人が三方向へ散る。

 上空から国を見下ろし、追われている者と隠れている者を見つけ出す。


 無神論者に見つからないように救出できればそれが理想だ。

 しかし見つかってしまって撒くのが難しければ、仕方なく戦う。


 それぞれ一度も見つからないというのは難しかったようで、国全体に響く衝撃音が適度に鳴っていた。


 国の各場所と城を往復し……、城に信仰者が大分集まってきていた。

 正確な事は言えないが、上空から見た感じ、国に残っているのは無神論者たちだけだろう。


 救えていない者がいたとしても、敵の注目を城に集めてしまえばまだ救えていない者も逃げるのが楽になるはずだ。

 そのため、三人は救出の手を一旦止め、作戦を次に移す。


 救出活動と同時、実姫が『城に信仰者が集まっている』という情報を国に広めていた。

 公にはしていない。

 信仰者が残したように、見つかりにくい場所に手記を置いたのだ。


 無神論者たちは、そろそろ手記を見つけてここを目指しているはずだろう。

 実際、城を駆け上がる足音が聞こえてきている。


「大丈夫、お姉ちゃんたちが悪者をこらしめてあげるからね」


 和歌は、救出した子供たちを安心させるように頭を撫でる。


「立川先輩は子供に優しいですね……」

「どうだろう……、子供からしたら、危険かもしれないけど」


 人一人通れるくらいの狭さに作られた道だ。

 破壊されていた瓦礫が役に立った。

 向こうからすれば皮肉な事に、襲撃したからこそ追い詰められている事になる。


 城を壊さなければ、こんな事にはなっていなかった、とまでは言えないが。

 壊されていなければ、結花千たちが壊すだけである。


「じゃ、ゆかちー。その槍なら、こうっ、一突きで全員を吹っ飛ばせそうだし、お願い」


 結花千のクリスタルの槍は、こういう直線の道でしか機能しない槍である。


 彩乃に話した事はないはずだが、見破って言っているのか、偶然なのか、それとも槍ってそういうものでしょ? という印象の話なのか……。

 よく知ってるね、と驚いた。


「じゃあ、あたしがやるよ」


 結花千がクリスタルの槍を構えた。

 実は武器としてはかなり弱い槍である。


 飛行能力やダウジング、地面や壁を掘ったりなど、万能道具として活躍している。

 反面、武器としての機能は、一直線の打突しか効果を発揮しない。


 少しでも線上からずれれば押し負け、槍の方が砕けてしまう。

 時間が経てばすぐに直るので安心だが。


 そして、敵の姿が見えてきた。

 剣を持ち、全力疾走し、雄叫びを上げている。


 ただ狙い通りに一列になっているので、たくさんいるはずだが、一人に見える。

 これだけ狙いやすい的もそうそうないだろう。


「ゆかちー、遠慮なんていらないよ。だって、どうせまた作れるんだし」


 賛同したわけではないが、心が軽くなった、とは感じた。


 結花千は、構えた槍を、やっ! という掛け声と共に前に突き出す。


 槍の切っ先は一直線に、最前列の男の胸の中心に当たり、衝撃が後ろに抜けた。


 一体何人いたのだろうか。


 ボンッ、と空気弾が撃ち出されるような衝撃音と共に、数百人の無神論者たちが後ろに吹き飛んでいった。

 周りに積んだ瓦礫も、衝撃によって散っていく。


 結花千から見ると、まるで星になったかのような飛距離に思えた。



 ほとんどの無神論者が星になったとは言っても、探せば潜んでおり、敵はいる。

 彩乃が城の外を歩いていると、数人の女子供に襲われたが、もちろん返り討ちにした。


 彩乃は捕まえた彼女たちを、情報源として、手元に置いておく事にした。

 言い方を選ばなければ、拷問をするためである。


 しかし――、拷問をしても、目的の先導者の事を知る事はできなかった。

 彼女たちが知らなかった、というより、そんな人物などいない、といった言い方だった。


 敵は組織として成り立っていない。

 個人同士がたまたま同じ目的だからと互いに利用しているに過ぎない。


 思えば、大勢で神に挑んではいても、連携などはしていなかった。

 単純な個人の突撃が偶然重なって大きく見えていただけだった。


 組織の頭がいないという事は、特定の人物を止めたところで、流れは切れない。

 敵の全員を、納得させなければ、この暴動は終わりが見えない。


 もしくは、向こうを全滅させるか、だが――。


「いくら作り出せるとは言っても、な……したくはない事だぞ」


 和歌は檻に入れられた敵を見て、隣の彩乃に呟いた。


「最悪の手段として考えておいてもいいんじゃないかなって、思っただけなんだけど」


 和歌も考えてはいた。それを口に出さなかっただけだ。


「納得、か……」


 先導者を見つける事が解決の糸口だと思っていたが、ここにきて神は無責任ではない、という事を人々に納得させる、と目的が見えてきた。

 だとしても結局、先導者は見つけなければならない。


 ある事ない事を吹聴されては敵わないからだ。

 この暴動の始まりには、必ず悪意が潜んでいるのだから。

 源泉を止めなければ、なにも解決しない。


 はぁ、と和歌が溜息を吐く。

 彼女たちの活躍で周囲の小国は救えた。


 しかし、敵は既に次のステップへ移っていた。

 悪意にまみれた一撃である。

 神々は、油断していたのだ。



「彩乃のせいじゃないさ」

「……和歌先輩、子供扱いしないでよ」


 落ち込んでいないと振る舞っていても思う事はある。

 だから自然と頭を撫でていた。


 その手をはたかないのは、彩乃も受け入れているのだ。

 生意気でも、女の子である。


「慰めてもいないぞ? 今回のミスは、私たち全員が悪い。注意力が足りなかったんだ。だから落ち込むな。彩乃らしくない。生意気で人を馬鹿にしているような、そんなお前が私は見たいぞ」


「それは、ゆかちーじゃん」


「あいつは人を馬鹿にしている馬鹿だからな。お前とはまた違う」


 本人がいないと本音が出る。

 相手が結花千であれば面と向かって言えるだろうが。


 そんな結花千は、今も落ち込みもせず、信仰者の救出をしている。

 がくっと減った味方を探して各地を飛び回っていた。


 その後ろには実姫がいる。

 あの二人はやっぱり強いな、と和歌は感心したのだ。

 彼女は、無神論者が放った一撃の重さを痛感する。


「――敵ながら上手い。してやられたよ」



 実姫を後ろに乗せて、結花千は槍に乗って上空を飛行していた。

 彼女たちが今いるのは、実姫の世界にある都市である。


 街の中に大画面があるのは実姫の世界だけであった。

 他の世界は新聞やラジオなどの媒体で、事の顛末を知っている。


 大画面に目を向けると、結花千、実姫、彩乃、和歌の四人が映っていた。

 彼女たちの会話シーンだ。

 小さな声もきちんと隅々まで拾えている。


 都市の技術でなければ不可能な記録だ。

 彩乃の小国を助けようとしている時なので場所は彩乃の世界だが、無神論者がカメラかスマホを持っていたのだろう。


 場所が場所だけに、彼女たちはカメラの存在をまったく警戒していなかった。


『じゃあ、またさっきみたいに信仰者を囮にして、敵を誘き寄せようかねー』

『今回はでも、場所が悪いよ。さっきみたいに一本道が作れないと思う』


 一度、小国を助けた後、二つ目の小国へ向かった時の作戦会議中の映像だ。

 結花千と実姫、他の二人もこの映像を何度も見ている。

 つまり、何度もこうして世界中の人々に向けて放送しているという事だ。


『守り切れない、よな……。私たちから漏れた敵に、信仰者がやられる可能性がある』

『まあいいんじゃない? 少しくらいなら』


 口癖のように、どうせ作れるし、と彩乃が言った。

 神が聞く分には、そうかもしれないけど、その考えはどうなんだ、と思う程度だ。


 だが、神の下で暮らしている人々にとっては、どうだろうか。


 いくら信仰者と言えども、この発言には、さすがに見放すのではないか。


 ……結果は随分前に現れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る