第24話 突破口

 予想はつくが、結花千が聞いた。

 彩乃は特に焦った様子もなく、


「国が襲われてるから神様助けてー、っていう要請。無神論者がたくさんいるだろうし、先導者がいなかったとしても拷問でもすれば向こうの内情が知れるんじゃない? 行ってみる価値はあると思うよ」


 急ぎはしたがやはり余裕で三分を越え、彩乃王国を逸れて隣の小国へ辿り着く。


 外壁も門もないので、外敵を容易に受け入れてしまう。

 現状は手遅れだった。


 騎士が守ってはいるが、手が届いていない場が多過ぎる。

 無神論者たちの、信仰者への攻撃が次第に苛烈になってきていた。


 女子供も容赦ない。

 あちこちで火の手が上がっている。


 結花千は自分の世界の暴動と比べ、過激になっていると思った。

 それは文明の差だ。

 

 となると実姫の世界だとどうなってしまうのか。

 なぜなら都市には兵器が存在している。


「さすがに厳重に保管してますから。逆に自衛のために使っていますよ」


 実姫が、無神論者の暴動を抑えられているのは兵器のおかげでもあると言う。


 とは言え、全てを抑えられるわけもなく、表沙汰にはなっていないが無神論者たちの活動は衰えていない。

 この国よりは静かだが、規則的に都市に銃声が鳴り響いている。


「でもさー、保管を任せた部下に裏切られて兵器を動かされたらどうするの?」

「保管庫のパスワードはわたししか開けられないから。それくらい考えてるよ」


 しかし、だから絶対に安全だ、とは言えない。

 元の世界でもパスワードがあっても情報が流出する事は珍しくない。


「……思えば、逆を考える必要もあったんだな」

 と和歌。

 結花千が耳を傾ける。


「私たちはあの子たち……信仰者を無神論者の中に潜ませて、身を守らせてるだろ? でもさ、無神論者が信仰者の中に混ざっている可能性もあるわけだ」

「けど、それだと標的にされるじゃん」

「敵対する側だって、味方が潜んでいる事を分かってるだろ」


 いや、意外とそうでもない。

 彼らが互いに顔を把握しているとは思えなかったのだ。


 だが、把握しているとすれば、無神論者たちの狙いは、神に近づく事だ。


「私たちは神だが、無敵じゃないんだ」


 結花千は嫌な事を思い出した。

 以前、調子に乗って槍で飛行していたら、バランスを崩して高所から落下し、痛みと共に死んだ体験をした事を。

 体自体はすぐに元に戻り、始まりの大地で目覚めるが、痛みは現実世界となにも変わらない。


 痛いし、恐怖は心に残る。

 今でこそ普通に飛行できているが、しばらくは恐くて乗れなかったくらいなのだ。


 神は無敵ではない。

 つまり後ろからナイフで刺されれば、もちろん死んでしまう。


 無神論者がそれを望んでいるとすれば、生きたまま焼かれたりするかもしれない。

 和歌の推測に全員がぞっとする。

 味方だと思っていた信仰者の中に敵が混ざっていれば……結花千たちは気づけない。


「疑う必要がある」

「ですけど、立川先輩。ただでさえ少ない味方を疑うのは……」


 と、実姫が不安を持った。


「分かってる。私たちが疑う事で、信仰心がなくなるかもしれない。だから疑い、警戒しても、それを探ってはいけないんだ。私たちは全方位に目を向ける必要がある」


「めんどうくさいなあ……、もうみんな敵でもいいよ」

「お前はまた……。じゃあ彩乃。あれを見ても、全員を敵だと見られるか?」


 和歌が小国の中を指差す。

 小さな女の子が見上げて、彩乃の姿に気づいた。

 痛みと恐怖で歪んでいた表情が、満面の笑みに変わる。


 そこで女の子が、後ろから追って来ている男に気づいた。

 漏れそうになった悲鳴を手で押さえ、彩乃をもう一度、真っ直ぐに見る。


「――彩乃様っ、助けて!」


「だってさ。彩乃、呼ばれてるけど?」


 和歌が隣を見た時、彩乃が乗っていた箒だけが、空中に浮いていた。



「わたしはころころと意見が変わるから。今は助けたい気になっただけだもん」

「あ、彩乃様っ!」

「はいはい、今助けるからちょっと待っててね」


 彩乃は腰から短いナイフを取り出した。

 騎士の剣を持つ男に対抗できる武器には見えなかったが、彩乃が心臓を突くようにナイフを突き出した瞬間、彩乃と男の間にあった距離が一瞬で詰められた。


 速い。

 しかし、その表現は的確なのだろうか。


 女の子を追い回していた男が、かはっと血を吐いて倒れる。

 彩乃が深々と刺さったナイフを抜き取り、横へどかしたためだ。


「あ。拷問して聞こうと思ったのに、殺しちゃったよ……」


 珍しく、彩乃は設定をいじろう、とは言わなかった。

 他の神たちの反感を買うから、という理由もあるが、敵対している相手には、設定が反映されない。


 たまに海などに現れる巨大な生物と同じで、干渉が効かない存在になってしまっているのだ。

 それらを、敵――『エネミー』と言う。


 神は無敵ではない、と和歌が言ったが、万能でもなかったりする。

 すると、腰にがしっと抱き着いて来たのは、彩乃が助けた女の子だった。


 汚れていて、傷だらけで、さすがにこの状況で、離れて、とは彩乃でも言わなかった。


 動きやすいように改良したドレスだ。

 汚れる事を前提にここまで来ている。


 彼女は女の子の頭をぽんぽんと撫でて、


「もう恐くないよとは、言えないよねえ……」


 暴動はまだ収まっていない。

 たとえ嘘を吐いても、女の子を安心させる事は難しい。


 一刻も早く暴動を止めたいが、国全体に敵と味方が散らばっているとなると対処するのが難しい。

 移動が多く、正直めんどうに感じる。

 そこで彩乃が思いついた策があった。


 すると、上空にいた三人の神が降りてきた。

 恐がる女の子の頭を和歌が撫で、幾分かの警戒心を解す。

 女の子の怪我を和歌が見ている内に、彩乃が結花千に寄り添った。


「ゆかちー、作戦があるんだけど」

「ん、なになに?」


 と結花千が身を乗り出す。


「国全体に散らばってる信仰者を一つの場所に集めちゃおう。できるだけ分かりやすいところに、あと一本道がいいよね」

「詳しく決めてるなら協力するけど……つまりみんな助けようって事でしょ?」


「違うよ先輩」

 と実姫。

 彩乃も今だけは噛み付かない。


「違うんだ?」

「味方を助けるよりも、敵を一網打尽にする事が優先なんですよ、松本さんは」

「同級生に敬語禁止!」


 そう嫌がる彩乃を実姫が無視した。

 簡単には変えないこだわりがあるのだ。


「――良い案だと私は思うぞ」


 女の子の応急処置を終えた和歌が、ちゃっかりと会話を聞いており、賛同する。

 やり方は言ってしまえば囮作戦だが、結果を見れば悪くはないと判断したのだ。


「状況を考えて、最善かもしれないしな。この散っている敵を叩くのは正直骨が折れる。その点、集まってくれれば探す手間が省けるんだ」


 ただし、と注意点があった。


「隠す気はないが、とは言っても囮にする、とは言わない方がいいだろうな。囮にされていい気分になるわけがないんだから」

「それは最初から言わないつもりだったし。簡単かんたん。一か所に集めて一本道にしちゃえば、敵はその道からしかこないしね」


 と、簡単に言いはするものの、敵を誘導するための一本道や、囮にするため、味方を集めるのも一苦労である。

 だが、手間はかかるが難しいわけではなかった。


 敵を倒しながら味方を救うのと、とりあえず味方だけを一旦その場から救い出すのとでは苦労の度合いがまったく違う。

 なのでこの作戦に反対する神はいなかった。


「じゃあ、場所はどうするの?」

「実はね、ゆかちー、良い場所があったりするんだよね。あの、真ん中にあるお城、この小国の王族が住んでるんだけど、もう殺されてるかなー?」


「軽いノリでなんと物騒な事を言うのこの子……」


 王族となれば目立つのだ、一番最初に狙われてもおかしくない。

 それか、無神論者の側についているのか。


 だが、そうであれば城が破壊されてはいないだろう。

 残っている傷跡が信仰者である証拠である。


「お城は壊されてるし、目印にはなるけど、一本道じゃなくない?」

「作るってこと。障害物でも置けば敵は迂回して開いている道で来るしかないでしょ?」

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