第23話 信仰者と無神論者

 結花千の世界だけではない。

 別の神が治める大陸も同じように混乱していた。


 隠れる信仰者を炙り出し、始末しているのは無神論者である。

 およそ二分化していた情勢は一度の一方的な殺戮をきっかけに片方へと一気に傾いた。

 現在、世界中の人々の数は減り、残っている者は無神論者がほとんどを占めている。


 元々、無神論者が生まれる余地などなかった。

 神がいて、信仰するのが当たり前という先入観が崩れたのは、新たな時代へと移り変わった瞬間だった。


 四つの大陸が列車によって繋がり、様々な思想を持つ者たちが大陸を渡り、別の視点を手に入れたのだ。

 今まで見えていなかった事が見え始め、噂が広がり、尾ひれがついて、同調意識が個人の強さを錯覚させる。


 大多数の意見が正しいのだとそこに加わる自分の意見も声を大にして言う事ができる。


 様々な思想が入り乱れて成長した人格に、人間っぽくなったなあ、という感想を抱きながら、それぞれの神たちが騒動を鎮静させる。


 彼女たちが降り立った地は、一時の静寂を迎えるが、これも長くは続かない。


 無神論者の数は減らしても減らない。

 こちらの世界だからこそ、だ。

 人々が常識的な成長を辿らないのは、神たちがよく知っている。


 突発的に生まれた後は、その人物の思想によって行動が変わる。

 信仰者になるのか、無神論者になるのか。

 今の情勢を考えれば、多い方に流れるのが普通だろう。


 つまり、終わりが見えない。


 不在していた十七日間の間に墜落した、神としての信頼を取り戻すのは難しい。

 逆に、神の信頼を急激に落とす事もそう簡単な事ではない。


 ……という事はだ。


 リーダーがいなくとも、意図的に先導している者は、どこかに必ずいるはずなのだ。



「ニャオ。それにみんな」


 無神論者たちを気絶させ、制圧完了後、結花千がニャオの元へ戻って来る。


「信仰者だから狙われているのなら、今だけは無神論者って言って隠れてて。他のみんなと相談して、なんとか事態を収めてくるから」


「それは、嫌です」


 ニャオがきっぱりと断った。

 嘘でも無神論者にはなりたくない、その気持ちはありがたいが、そう言っていられる状況ではない。

 いつ襲われるか分からない今、付きっきりでニャオたちを守れるわけではないのだ。

 身を守るには、敵の味方になった方が早い。


「神様の顔を、踏まされるんです。そんな事はしたくないんです」


「踏み絵、かな……。でも、それでも今だけは、向こうに行っててほしいんだよ。信仰心は大事だよ? あたしだって、ニャオには傍にいてほしい。でもさ、命が一番大事なんだからさ。……お願い、ニャオ」


「神様……」


 無力な自分が腹立たしい、神様にそんな顔をさせて申し訳ない、そんな気持ちで一杯のニャオは、はい、という一言を、どうしても言えなかった。

 結花千は困ったなあ、と頬を指で掻く。

 子供たちも、不安そうな顔だ。


「我儘を言ってやるなよ、ニャオ。ゆかの気持ちが分からないわけでもないだろ?」


 すると、結花千と同じように、飛行してやって来たのは、和歌、彩乃、実姫の三人の神たちだった。

 結花千とは違い、跨っているものは槍ではなく箒だ。

 結花千と同じ槍を作るには必要な素材が足りないために箒になったのだ。


「和歌様……」

「私たちの方は無神論者たちのコミュニティを隠れ蓑にする事で納得してくれた。だからこうして解決のために動けるんだよ」

「というかゆかちー、ニャオの設定をいじって言う事を聞かせればいいじゃん。説得なんて面倒な事しないでさ」


 わたしはそうしたよ、と彩乃が解決法を勧めてくる。

 当然、するわけがないし、実姫の反感を買っていた。


 後輩の二人は、やはり根本的に合わないために、不仲なのだろう。


「ニャオ、お願い」


 結花千がもう一度お願いする。

 力になりたい、でも、加わっても足手まといになる。

 ニャオができる最大限の手伝いは、自分の身を自分で守る事だ。


 それで神様が安心できると言うのであれば……、

 ニャオは深呼吸をして、入っていた力を抜いた。


「――はい。短い間だけ、向こう側につきます。でも、心はずっと神様にありますから」


 うん、と結花千とニャオは、額を合わせる。

 しばしの別れ。


 必ず戻ってくると約束し、ニャオは子供たちと助けた信仰者たちを連れて、無神論者が集まっている港町があるさんの島へ、船に乗って向かって行った。


 神たちが向かい合う。

 ニャオに聞くはずだった世界状況を、和歌が説明した。


「人々から、神への不満……ってところだよな。顕著なのが彩乃の大陸だ。今こうして全世界に広まった暴動のきっかけは、彩乃の国で行われた一方的な虐殺がきっかけだって言われてる」


「和歌先輩、まるでわたしのせいみたいな言い草じゃないですかー」

「そういう意味で言ったわけじゃないが……でも、どうして不満が溜まっていたかは自覚しているんじゃないのか?」


 神へ抱く不満は、どの大陸も種類は変わらない。

 中でも彩乃の国が一際大きく動いたという事は、同じ種類の不満でも度合で言えば一番大きかった事になる。

 人々にとって彩乃に対する不満がかなり多く溜まっていたのだ。


「んー、なんでだろう?」

 と、彩乃は素で分かっていなかった。


「簡単に設定をいじって言う事を聞かせればいい、って発想が出てくるあたりだろうな」

「おかしいのかな? 所詮はこの世界、おもちゃ箱みたいなものじゃん」


 和歌と実姫はさっと目を逸らした。

 賛同はできないが、否定もできないと言った心情が読み取れる。

 内心では、薄っすらとでも彩乃と同じく思っているという事だ。


 その点、結花千は声を大きくして否定できる立場にいる。

 しかししなかったのは、人それぞれ考えがあるからだ。


 四人の世界がこうしてくっつかなければ分からなかった事だ。

 彩乃がどう捉えていようが、考え自体を改めさせようとは思わない。


 暴動が起きてしまった事は仕方ない。

 犯人を見つけて責めていても仕方ないのだ。


「ゆかちーはわたしの味方だね」


 ぎゅっと、腕を組んで密着する彩乃。

 ペットが甘えてきたような感覚だった。


「そうだけど、彩乃だけの味方じゃないけどね……」


 すると、まるでニャオが傍にいるように、近くから不機嫌さが漂ってきた。


 アイドルのふりふり衣装ではなく、飛ぶ箒に合わせた魔女のような衣装を着ている実姫がこちらをじっと見ていた。


 丸メガネでなかったのが少し新鮮だったが……。

 そう言えば初対面の時は、今と同じ瞳に映る星のコンタクトだった。


 初対面時を忘れるほど、元の世界でのやり取りがとても濃密だった証拠である。


「ん……んー? ゆかちー、いつの間に仲良くなったの?」

「え? 実姫と? ――そうそう、すっごい偶然だったの!」


「先輩!」


 と、実姫が反対側の腕に絡みつき、結花千に密着する。

 背伸びして、耳元で囁かれた。


「家が隣同士って事は秘密にしておいてくださいお願いします」


 なんで? と聞くと、なんでもです! と強く言われたので頷かされた。


「ゆかちー、なにが偶然――」

「先輩っ、そんな事より早く話し合いましょう!」


 後輩二人が結花千を挟んで睨み合う。

 不仲なのは、対抗心が原因だろうか。

 だとすると、和解が難しいわけでもなさそうだ。


「二人とも、嬉しいけどちょっと離れて……」

「先輩が困ってるから、離して」

「そっちが離せば離すけどねー」


 じゃあ、と彩乃を信用した実姫が結花千の腕を離す。

 すると、ぐいっと、結花千の体が彩乃の方に傾き、一層強く密着していた。

 その姿は匂いを嗅いでいるようにも見える。


「は、離すって言ったのに!」

「そうだっけ?」


 実姫に再び片腕を掴まれ、後輩二人に引っ張られて綱引き状態になる結花千。

 こんな事をしている場合じゃない。

 止めたいが後輩が可愛いので中々言えなかった。


 そんな状況を見て、和歌がぽつりと、


「この場にニャオがいなくて良かったな……」


 あの信者は間違いなく、この争いに割り込んでいくだろう。



 四人の神が向かう先は彩乃の世界――騎士がおり馬車が闊歩する、彩乃王国である。


 各大陸で起こっている暴動が最も早く行われた大地であり、つまり先導者が潜んでいる可能性が高いと彼女たちは睨んだのだ。

 立案はもちろん、和歌である。


 彩乃は和歌に聞かれ、自らが治める世界の現状を説明する。


「わたしの国以外にも、周りに小さな国がたくさんあるんだけどね……」


 結花千はそのあたりの説明もほしかったが、彩乃は気にした様子もなく説明を続ける。


「彩乃王国は、なんとか暴動を鎮静させてはいるんだよね。外壁と門があるから信仰者はそこに詰めておけば安全だし。でも他の小さな国は無法地帯っぽくて。騎士を向かわせてはいるんだけど……それでも被害は大きいみたいだって」


「人づてなのがまる分かりだな」


 彩乃は直接見に行ったりはしない。

 積極的に守ろうという気がないのだった。


 距離的な事もあるが、人々を代替品と捉えているせいだろう。

 すると、聞き慣れた音が鳴り響いた。

 都市から伝わった、スマホの着信だ。


「……分かった、すぐ行く。三分くらいで着くから持ち応えて」


 そう言って騎士からの電話を切る。

 向かう先は彩乃王国の西側にある、小さな国だ。

 三分で向かう、と言ったが、どれだけ急いでもその時間内で辿り着くのは不可能だ。


「まあ、目安を与えただけだからね。ちょっと遅れても大丈夫だよ」


「相変わらずテキトーだな」

「で、結局なんの電話だったの?」

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