第22話 崩壊の兆し
施設が壊され、森が燃やされ、見知った顔の子供が倒れているのがここから分かった。
断崖絶壁に逃げて行く子供の姿が見えた。
それを追うのは、見知らぬ大人だ。
殺傷能力に特化した武器ではない。
つまり海賊ではない。
見た目も裕福ではなさそうな汚れが目立った服装だった。
手に持つのは、採掘の時に使う、つるはしである。
しかも追いかけているのは一人だけではない。
数十人の男と、中には女性もいる。
子供が好きそうな年寄りまでもが中に混ざって、施設の子供たちを追いかけ回していた。
「なにが、起こってるの……?」
だが敵ばかりではない。
子供たちを守ろうとする大人もいる。
同じように、仕事で使う道具を武器にし、対抗している。
だが、数が圧倒的に不利であった。
老人の振るったトンカチが、子供を庇った男の頭に直撃する。
男は勢いに負けて地面に倒れる。
意識を失い、立ち上がらなかった。
それを見ていた、女の子の悲鳴が上がった。
場所を移せば崖に追い詰められた子供が海へと突き落とされていた。
海に沈んだ男の子はしばらく待っても浮かんではこなかった。
島のどこを見ても同じような光景が見える。
鬼ごっこをしようと腕を引っ張る男の子はもういない。
一緒にご飯を食べようと誘ってくれる女の子も二度と立ち上がらない。そ
れでも結花千が取り乱さないのは、神であるからだった。
最悪、作り直せる。
まったく同じ人物ではないが、似たような人物であれば可能だ。
しかし、取り乱さないからと言って怒りがないわけではない。
「リーダーを止めれば、散った人たちも諦めるはずだけど……」
じっと観察し……、そこで違和感があった。
リーダーらしき人物がいない。
各々、好き勝手に暴れている。
襲っている側も統率が取れているわけではなかった。
味方同士で仲間割れをしている。
いや、味方同士と言っていいものか、分からない連中もいた。
「目的が一緒だからつるんでる感じ……。やり方はみんな違くて、邪魔になれば敵対はするんだ……。あっ、ニャオ!」
結花千の視線は島の浜辺……断崖絶壁の下の部分に向けられた。
そこには子供たちが見つけた、狭い洞窟があるのだが、そこからニャオが顔を出したのだ。
別の場所から抜け道を抜け、今の場所に出たのだろう。
船を使えば脱出できるが、船を用意するのも大変だ。
船がある場所には、襲撃者たちが陣取っている。
ニャオが単身、船を獲得しようと動き出した。
「もうっ、無茶ばっかりするんだから――っ」
ニャオは腰を低くし、船が集まる浜辺に近づいた。
低い岩に伏せて、見張りを窺う。
彼女の手には、野球という球技に使う、バットが握られていた。
手の震えを自覚する。
見張りは四人。
一人で全員を倒せるとは思えなかった。
それでも、子供たちを島から逃がすためには、絶対に完遂しなくてはならない。
「神様が戻ってくるまでは、なんとか持ち応えないと……ッ」
呟き、見張りの一人の後頭部に狙いを定める。
何度も頭の中でシミュレーションをしたのだ、体はスムーズに動いてくれるはずだ。
伏せた状態から起き上がって、軽快な動きで足音を最小限にし、ふっ、というバットを振る音しか聞こえなかった後――男の後頭部に振り抜いたバットが直撃する。
うごっ、という男の声が漏れ、当然、他の三人はニャオの存在に気づいた。
すぐさま二人目を撃退しようとするニャオだが、不意打ちでなければ警戒した相手を気絶させるのは難しい。
残りの二人も加勢すれば、ニャオに勝ち目はなくなる。
「この、神の信仰者めッ!」
男がニャオの服を掴もうと腕を伸ばして、指が掠った。
たったそれだけだが、ニャオの頭にカッと血が上る。
少し汚れてしまってはいるが、破れた形跡はない真っ白なワンピース。
神様に買ってもらった大切なものである。
襲撃されてから着替える暇がなかったので仕方ないが、傷をつけたくない宝物だ。
しかし、指が掠ったせいで破れてはいないが横に線がついてしまった。
それが許せなかった。
「触るなっ!」
――振るったバットが男の頬に当たり、激痛に苦悶する。
簡単には立ち上がってこれないだろう。
しかし、やはり間が短い。
二人目の男を倒したところで、残りの男に腕を掴まれてしまった。
片腕を塞がれてしまえば、全力でバットを振るう事ができない。
「クソッ、こいつ、仲間を二人も……ッ!」
「どけっ、俺がこの縄で絞め殺してやる!」
もう一人の男が近づき、手に持つ縄がニャオの首に巻かれる寸前、男が今までなかった新たな影に気づいて顔を上げた。
ニャオが顔を上げた時、既に男の顔に彼女の足の裏がめり込んでいるところであった。
「な、なんだ、なんなんだお前はッ!?」
三又の槍を持つ海賊の登場に男が取り乱す。
緩んだ腕の拘束を、ニャオが振り払う。
あっ、と視線が海賊の少女からニャオに向いた隙を突き、海賊の少女が槍の切っ先とは反対側の、丸みを帯びた先端で頬を突く。
顔の肉が持ち上がって崩れた表情のまま、男が浜辺をずさー、と転がっていく。
少女が槍を浜辺に突き刺し、
「――ニャオに触るな、変態オヤジ共!」
気絶した男たちの前。
ニャオは、現れた彼女の姿を見て思わず弱音を吐きたくなった。
けれどその衝動を抑え込み、出かかった言葉を飲み込む。
仁王立ちする背中へ伸ばした手を引っ込めたら、すかさず手首を掴まれた。
はっとして顔を上げたら、およそ十七日間ぶりに見る、神様の顔があった。
たった十七日間だが、襲撃されてからとても長く感じた。
気が緩み、くしゃくしゃに顔を歪める事を耐えられなかったのは、仕方ないだろう。
「遅れてごめん、ニャオ。これまでに一体なにがあったのか、説明できる?」
なんとか、……はい、と絞り出した声を出す。
神様は頷く。
しかしその前に、停まっている船を移動させ、子供たちを安全な場所へ逃がす事が優先だ。
「いや、あたしがこの場を安全にする。だからちょっとだけ待ってて」
すると、いつの間にかニャオの周りには、隠れていたはずの子供たちが集まっていた。
ぎょっとしたニャオだったが、近くに敵はいない。
子供たちも全員無事だ。
子供たちにくっつかれ、ニャオの震えが自然と止まっていた。
不安を抱える子供たちを安心させるには、ニャオが不安になっていては絶対にできないのだ。
出て来ちゃダメ、と言った約束を破った事への説教は、今はしないでおく事にした。
三又の槍を持った神様が浮遊し、坂道の先、施設の敷地へと足を踏み入れる。
彼女の背中へ、ニャオは両手を組んで祈る。
「お願いします、神様。どうか世界の混乱を、止めてください」
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