第15話 ライブ開始
浜辺から階段を上がると、すぐに都内のような喧騒が広がる。
すっかり日も落ち、夜の時間だが、ここからが本番だとでも言いたげに、ライブを見に来た人ばかりがそこら中に見えていた。
活気と熱気が鎮まる事がなかった。
「うっ、オタクばっかり……」
そうは言っても一部の人が典型的な、それっぽい風貌であり、中にはそれっぽくないライブ客もいる。彼女の人気は偏らずに多くの世代から支持を集めているのだ。
「オタクが好きそうなゴシックファッションのくせに、オタクは忌避するのか……」
「わたしは蔑みたくて、向こうは見下されたいから、ウィンウィンだったりするよ?」
特殊な世界だと、和歌は呆れながら聞いていた。
「――ニャオ、危ないっ!」
へっ? と腕を掴まれたニャオが間抜けな声を出すと、耳が痛い大きなクラクションが鳴らされる。
道路を横切ろうとしたニャオに向かって、車が猛スピードで横切ったのだ。
ニャオは驚いて後ろにバランスを崩し、結花千が胸で受け止める。
今のはニャオが悪いが、速度を出し過ぎている車も悪い。
結花千が杖を出現させる。
「よし、スクラップにしてやろう」
「待て待て待てッ! 神の力をそんな事に使うなよ!」
「そんな事ってッ! ニャオを危ない目に遭わせたんだから報いは受けるべきだよ!」
結花千を羽交い絞めにして、和歌が止める。
ニャオに指示を出して、杖を取り上げた。
「ニャオに説明していなかった私たちも悪い。今回だけは見逃そう。それに、人の大陸で騒ぎは起こしたくないんだから我慢しろ」
「私が悪いんです。だから抑えてください、神様……!」
ニャオにそう言われてしまえば、聞かないわけにはいかない。
結花千は落ち着きを取り戻し、杖をしまう。
「そっか。ニャオは車を見るのが初めてで、信号だって知るわけないもんね」
結花千が創造した世界にそんなものはない。これは結花千の監督不行き届きだ。
結花千が懇切丁寧に、ニャオへこの都市のルールを教え、ニャオが興味津々に結花千の話を聞いている後ろでは、和歌と彩乃のこんなやり取りがあった。
「和歌先輩っ。ライブはいつ始まる感じ?」
「夜の七時だな。場所は――すぐ近く。ここから見えるあの大きなドームだろう」
周囲のオタクたちに着いて行けば辿り着くだろうから、道順の心配はない。
開演までは一時間以上。開場は三十分早いので、待ち時間はもう少し縮まるだろう。
「ライブが始まったら二時間は拘束されるだろうし、今の内に軽く食べたいー!」
「分かったから、買ったばかりの服を引っ張るな。……カフェでいいか?」
「先輩の行きつけならどこでも」
現実世界そっくりというかそのままの街並みなので、店も実際にあるものばかりだ。
こちらのプライベートを探っている後輩の思いのままなのは少し癪ではあったが、頼られて悪い気はしなかった。それくらいいいか、と考えた和歌はカフェにみんなを案内する。
後に、紹介した行きつけのカフェに彩乃が乱入してくるという休日が連続するのだが、この時の和歌はそこまで想像を働かせる事はできていなかった。
夜の七時を迎え、ライブ会場にはたくさんの人が集まっていた。
一階席だけではなく、二階、三階席まであり、しかも満席である。
四人は一階席の前から四列目の真ん中の席に座っている。
グッズコーナーで買ったサイリウム棒を両手に持って準備万端であった。
ステージの背景には巨大なモニターがあり、今まではライブタイトルが映されているだけであったが、時間を迎えた瞬間に、映像が暗転する。
会場の電気が消え、数瞬の静寂の後、音と共に全員の視線がモニターへ集まった。
曲のイントロが流れ始め、モニターの映像が動き出す。
数字が現れては消える、カウントダウンだった。
次第に開場の雰囲気が盛り上がり、カウントが零を迎えた時、
瞬間――、モニターに映し出されたアイドル衣装の少女が手を振り、まるで水面のように映像が揺れる。そして次には、モニターから少女が出て来たように、見えた。
その光景を見て、観客が歓声を上げる。
姿を現したと同時にイントロが終わり、少女が歌い出す。
会場を支配する爆音が、耳の奥を揺らしていた。
「す、すごいっ!」
驚いているのはニャオだけであり、神様たちはすぐにネタを理解した。
いや、手品などで使われるタネなどありはしない。
神様特権、コストを使っての特別演出であった。
技術の欠片もない、ただの原理を無視した都合の良い魔法だった。
だが、これで決定的である。
彼女、シノサキ・ミキは神様であり、そして――。
「あの名前。なんか聞いた事があるなって思っていたら、ふーん。こんな願望があったなんて、知らなかったなぁ……」
彩乃はいいネタを捕まえたとでも言いたげに、邪悪に表情を歪めていた。
ステージ上の少女、シノサキ・ミキは花をイメージしたオレンジ色の衣装を着ている。
出した肩が特徴だ。
長い黒髪だが、おでこを出し、小柄な体格も相まって、幼いイメージを抱かせる。
そんな彼女が頑張っている姿を見ると、ファンは応援したくなるらしい。
彼女は一曲目を歌い終わっていい汗を流し、星が浮かんだ瞳を満面の笑みと共にファンのみんなに向ける。
『みんなー! 今日も張り切って、いっくよーっ!』
腕を振り上げ、小さくジャンプした。ファンも一緒になって、そのノリについていく。
そんな彼女が、前から四列目の異質な面子に気づくのは、大分後になってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます