第14話 大都市
数時間後、船は新たな大陸の近海で停船する。
ここからは小船を使う必要がある。
「じゃあ、あんたたちは一旦戻ってて。必要になれば呼び戻すから」
彩乃の命令に、騎士たちは、はっ! と強い返事をする。
小船はオールを使って漕ぐタイプであり、ニャオが志願した。船を漕ぐのも簡単ではないはずだが、数分もすればニャオもコツを覚え、船がぐんぐんと先へ進むようになる。
大陸に近づいてくると、ニャオの手が止まる。見惚れているのだ。
ニャオは島で育ち、港町までしか馴染みがなかった。それが国へ来て、盛んな街を体験し、今度は都市を目の当りにする。おもちゃ箱を覗く子供のように、目が輝いていた。
そして、見慣れているとは言え、この世界では初めて見たその景色に、神様三人も驚きを隠せない。なにをどうすれば、世界がここまで発展するのだろうか。
高層ビルが立ち並び、自動車が道路を走る。
結花千たちがよく知る、現実世界そのままの生活が目の前に広がっていた。
がくんっ、と船が大きく揺れる。
漕いでいなくとも前に進んでいた船が、浜辺に乗り上げたのだ。
バランスを崩して転びそうになったのはニャオだけで、彼女は無事に着地している。
神の三人は船の中で揉みくちゃに重なって倒れているが、怪我はなかった。
「神様っ、前を見ていなくて……ごめんなさい!」
「気にしなくていいから。それにしても、予想していたとは言え、驚いたなこれは……」
「和歌先輩、はいこれお金」
と、巾着袋を和歌の手に落とす彩乃。
ただでくれたわけでもないだろう。
パシリに使われるとしか思えないが、これには和歌でなければならない理由があった。
「この都市でも浮かない服装を買ってきてほしくて。わたしはドレスだし、ゆかちーとニャオは南国の島かよって感じの薄着だし。その点、和歌先輩はエプロンをつけてるのが変ではあるけど、その下の服装は至って普通でしょ?」
「変って、あのな……」
「買ってきてほしーなー。ね、ゆかちーもそう思うでしょ?」
結花千は瞬時に理解し、臨機応変に彩乃に便乗する事にした。
「お願い先輩!」
「お、お前ら……っ」
ニャオはごめんなさいすみませんと謝ってばかりいたので、ニャオを落ち着かせるためにも、和歌は沸き上がった怒りを収める事にした。
ニャオがいなければ、多分軽くではあるがグーが出ていたと思う。
一度許すとその次も大丈夫だと思わせてしまう事になるが、彩乃にパシリに使われる事は少なくないので、今更な話だった。
「そこ、絶対に動くなよ?」
はーい、と声を揃える二人の後輩のレベルは一緒に思えた。
生意気な二人だが、それでも可愛い事に変わりはないのだ。
和歌が買い物袋を持って帰って来たのは、出発してから一時間後の事だった。
そのため、周囲は暗くなってきている。しかしニャオにとって見慣れた島とは違って、街灯がそこら中にあるために、夕方でも眩しいくらいに明るかった。
「ほら、買って来たぞ」
「和歌先輩、愛してるぅー」
「あたしも愛してるー!」
と言いながら、視線は買ってもらった服にしか向いていない後輩二人だった。
移動時間を考えても、服を買うだけであるなら一時間もかからない。
つまり、和歌はきちんと選んで買って来てくれたのだ。
結花千と彩乃にとっては、そう見えても口先だけの感情ではない。
「はいはい、ありがと」
「あの、和歌様、私の分までありがとうございます」
「ニャオ、その呼び方なら普通に神様の方が……、いいや、ニャオがそう呼びたいなら」
結花千と彩乃はその間にも袋から服を選び取っていた。
余りものをニャオが受け取る。
それぞれに似合うだろう服だったので、不格好なものはない。
結花千は薄黄色のパーカーに短いスカートというラフな格好になり、
彩乃は金髪が映えるゴシックファッション。
ニャオはシンプルに、褐色とは真逆に、清楚な白いワンピースに着替える。
和歌はあまり変わり映えしないが、ボーイッシュにまとめていた。
これで都市を歩いても違和感はないだろう。
「和歌先輩、わたしにゴシックとは、分かってるねえ」
「お前、普段着がそんな感じだろうが」
プライベートを知っている仲なのであれば似合う服装を買うのは容易だろう。
しかし結花千のプライベートを知らない和歌が、見事に結花千の普段着をばっちりと当てていた。
これで伊達メガネまで買っていたら完璧だったが、そこまではさすがに当てられない。
「ゆかは、その格好だと伊達メガネが似合いそうだな」
「先輩、こわっ!?」
そんな結花千の発言に、和歌は首を傾げた。
「……こんな服、初めて……っ」
「気に入ってもらえたなら、なにより。よく似合ってるよ」
褒められて、ニャオは頬を赤く染める。
対照的に、結花千は眉をひそめていた。
気づいていながらも、和歌はその件については一切触れずにいた。
「あ、都市の中はどうだった? 買い物に行かせたのは偵察も兼ねていたんだけど」
「分かってる、ちゃんと見てきたよ。外観から想像できる街並みだった。実際に見て意外性を感じる事はないんじゃないか? あと、目ぼしい相手も見つけたかもしれない」
これ、と言いながら和歌が懐から取り出したのは、四枚のチケットだった。
シノサキ・ミキ、ライブチケットと書いてある。
「全席指定で埋まっていたんだけど、今回だけコストを使って譲ってもらった。高くついたけどな。これでステージに近い席で見る事ができそうだ」
「シノサキ、ミキ……?」
彩乃が呟くが、すっきりとしないまま思考が有耶無耶になる。
和歌がこのチケットを取ったのは、そのシノサキ・ミキというアイドルの少女が、この都市で最も目立っていたからであった。
「ゆかみたいに神と公言しているわけでも、彩乃のように姫として人々の上に君臨しているわけではないし、かと言って、私みたいにみんなをまとめる役に収まっているわけでもない……。でも、アイドルという形で、現地人に支持はされている。ライブ会場もドーム一つを丸ごと使ってる。それだけ人気があるって事は、可能性はありそうだろ?」
和歌が言うには、都市の巨大モニターにはアイドル姿の彼女が多く映し出されていた。
「映像か……。和歌先輩、その顔に見覚えは?」
「……私は、ないな。多分少しはいじってるとは思うぞ。妙にキラキラ輝いていたし、目にも星マークが浮かんでいたからコンタクトでも入れてるんじゃないか?」
「というか実際に見た方が早いでしょ」
確かに、さっさと中に入って見た方が話は早い。
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