第13話 もうひとつの
「いや? ただ単に会いに行くのが面倒だったし、だったら呼べばいいかなって」
部下に命令を出した時も、ベッドの上でぐーたらしていたのだろうと想像できる。
彩乃らしい。そう思えてしまうほど、彼女の事を出会って数分で思い知らされた。
「あ、でも。和歌先輩たちとは別の大陸も見えたんだよね。そっちには部下は派遣してなくて……、この三人で、揃ってみんなで行くのがいいのかも」
「なんで? 派遣すればいいじゃん」
「ゆかちー……できたらやってるじゃん」
まったく、と彩乃は肩をすくめる。
結花千はむっとしたが、彼女の言い分には、それもそうだなと思ったので言い返しはしなかった。
「理由を説明してくれるんだろうな? 派遣できないほど危険な場所ってわけじゃ……」
「どうだろう? 危険はないとは思うけど。ただ、わたしの部下や、先輩たちの世界の住民を連れて行くのはあまりおすすめできないね。特にニャオ。わたしの国を見て驚いていたでしょ? この程度でびっくりしてたら、絶対に適応なんかできないって」
「……つまり、私たちに比べてその大陸は技術力がさらに進んでいる、と」
「びっくりしたよ。ほとんど現実世界と変わらないもん。そんな場所に派遣してみなよ、帰って来なくなるか、対応できなくて向こうの住人に不審者だと思われて捕まっちゃうかってところだろうね。だから見慣れてるわたしたちが行くべきだと思うよ」
彩乃の推測に、和歌は顎に手を添えて思考する。
「行くのは構わない。というか、そうするべきだと思う。ニャオはどうする? ゆかが戻ってくるまでは、この国で休んでいるようならさ――彩乃、都合はつくだろ?」
「わたしの客人だって話を通しておけば、余計な問題も起こらないだろうね。だから安心していいよ、ゆかちー」
「あたしはそこまで過保護じゃないって」
しかし、心配である事に変わりはない。
安全性を保ってくれるのならば、遠慮なく彩乃にお願いする事にした。
「じゃあニャオ、悪いけど……」
「――私も行きます!」
真っ直ぐに結花千を見る。断られても、しがみついてでもついて行く覚悟の目だった。
「ニャオ……」
「……いいんじゃないか? 私たちがいれば騒ぎに巻き込まれても対処できるだろう」
危険はないだろう、という確信に近い推測もある。ニャオの人間性を加味すれば、いきなり嫌われるという事もないだろうし……、結花千も最後には折れて納得した。
「ありがとうございます、神様方」
「じゃあ、船の手配をするね。意外と距離が近いから数時間もあれば辿り着いちゃうと思うよ。向こうに辿り着いたら夜になってるかもしれないけどねー」
また船旅である事に結花千はがっくりと肩を落とす。
別の移動手段も考えるべきか。
「ゆか、あとどれくらいの日数、こっちにいられるんだ?」
「四日くらいなのかな?」
確か、こっちの世界に来て、一日目は何事も起こらなかった日常を過ごし、二日目に和歌と出会って、三日目、こうして今、彩乃と出会っている。
大体七日間の滞在である事を考えると、残りは四日だ。
もちろん現実世界の結花千の体に影響するので、四日、五日目で突然現実世界に戻る事もある。そのため、確実な事は言えなかった。
「私もそんなもんだな」
「わたしはあと一日は延長するつもり」と彩乃。
多分、遅刻覚悟でこちらの世界に滞在するつもりなのだろう。
「生徒会長が悩んでいたお前の遅刻の原因ってこれか……」
「でも和歌先輩、ここの事を生徒会長に話せないから、どうしようもないですよねー」
「お前の家に行って叩き起こす事くらいは造作もないぞ。プライバシーを考えて今まではしてこなかったが、ここで距離もぐっと近づいた事だし、それくらいは構わないよな?」
「先輩、家まではちょっと……」
と、彩乃がなぜか本気で嫌がったので、和歌も面喰らったが、冗談、と否定する。
さすがにそこまではしない。そんな裏で、結花千は羨ましそうに二人を見ていた。
「神様? 朝なら、わたしがいつも起こしてますよ?」
「そういう事じゃないけど……、そうだね。ニャオがいるから、じゅうぶんだよね」
すると、部屋の扉がノックされ、騎士の一人が顔を出す。
「あっ、イケメンだ」
「は? ……いえ、失礼しました。姫様、さきほどの命により、船を準備致しました」
「そ。じゃあここにいるメンバーを乗せて北西にある大陸に向かって。夜までにね」
「はっ。ですが、向かう大陸は、情報がほとんどなく……」
「近くまででいいの。港につけろ、とは言っていないから。あと、お供もいらないから。見て分かるだろうけど、この二人はあんたたちよりも優秀。お荷物を増やしたくないから移動だけを任せるってわけ。分かった? 分かったらさっさと準備して」
強めのそんな物言いに、騎士の一人は素直に頷き、船までの道中、案内を務める。
「そんな言い方しなくてもいいんじゃないの?」
「わたしはお姫様だから。あと、こいつはこれで喜んでるマゾだったりするの」
街を走る馬車の中でそんなカミングアウトをされた。
顔からは分からないそんな性癖があったなんて、人は見た目によらないのだ。
「あいつだけじゃなくて、騎士はほぼマゾだし。そう設定したからなんだけど」
「じゃあ彩乃のせいじゃん」
「だってサディストがたくさんいても、ねー」
彩乃がそうであるから、いても同族嫌悪なのだろう。
「それで、ゆかちーはニャオにどんな設定したの? 好感度が振り切ってるじゃん」
「設定って……そんな事してないよ」
しかも本人を目の前にしてそんな事を言わないでほしい。
結花千は視線だけでニャオを見る。
ニャオは微笑んで、気にしていませんよ、とでも言いたげだ。
「ゆかちーは、神の力をそこまで上手に使えている感じはしないしね。和歌先輩もそうだけど、二人の世界は全然発展してないし」
「思い出した、それを聞きたかったんだ。彩乃、どうやってあそこまで街を発展できたんだ? 簡単にできるわけじゃないだろ」
いくら神が物資を与えたところで、現地人が上手く扱えなければ意味がない。
世界の文明レベルを上げるには、現地人の協力が不可欠なのだ。
「どうするって、優秀な人材を作ればいいだけなんだけど……。実際の歴史だって、偉人がいたからこそ劇的な変化が出たんじゃないんですかねー、先輩方」
この後輩、見た目や性格は遊び慣れているように見えて、頭は良いのだ。
学力を言えば下から数えた方が早いのだが、ただそれは勉強が嫌いで遊び歩いているだけであり、実際の回転は早い。筆記テストでは結果が出ないタイプであると言える。
神が優秀な人材を作り出し、優秀な現地人がそれ以外をまとめ上げる。
後継者が現れ、技術力が多くの者の身についていく。
そうして出来上がったのが、彩乃のこの国だ。
「優秀な人材を作るって、簡単に言うけど、難しいだろ……」
「人格とか、詳しく設定しないからかもね。そのせいで、ニャオみたいに人に近いってキャラは作れないんだけどね」
彩乃の国の人々が、どこか機械的、に思えてしまうのは、そういう理由があったからなのか。
優秀な人材を作るための人格のテンプレートがあったとすれば、人間を大量生産している事になる。面白味のない国に仕上がるのは、自然の流れだろう。
技術が進歩する速度だけは、確かに他よりも断然早いと思うが。
「じゃあ、そうなると、これから行く場所って……」
「現地人の全員がロボットだったりして」
彩乃がくすくすと冗談を言って笑う。
しかし、じゅうぶんにあり得る話だ。
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