第12話 彩乃姫の用件

 結花千とニャオが頷き、和歌がそっと扉を押す。

 見えてきた部屋の中には、広い空間が広がっていた。

 吹き抜けのように天井が高い。

 見渡せば、奥には大きなベッドがある。


 すると、訪問者に気づき、ベッドに寝転がっていたお姫様が体を起こして両目を擦る。


 着崩した海のような青いドレス。

 服装とは逆に、目立つ長い金髪が特徴的だった。


「やっと来た。遅いんですけど。和歌先輩に……えっと、誰だっけ?」


 彼女の視線は結花千に注がれている。

 ニャオには、見向きもしていない様子だった。


 結花千からしても、目の前の少女には見覚えがなかった。

 和歌は学校全体を見て有名人なので偶然知っていたが、それ以外となると三年生も一年生も知っている人物は少ない。

 同学年であっても、覚えているか怪しい生徒はたくさんいるのだから。


「あいつは、松本まつもと彩乃あやの。私たちと同じ学校の一年生だ。生徒会に名が挙がる問題児で、なぜか私によく絡んでくるから覚えてる」


「この子、一年生なんだ」

「――えっ、じゃああんたって先輩なの!?」


 後輩に指を差される。

 あんた呼ばわりも少々癇に障り、結花千は説教をしなければ、と年上としての責任感が生まれる。


「先輩に向かってその口の利き方はダメでしょうが」

「それをお前が言うのか……?」


 和歌の指摘に、結花千は気にしない。

 それはそれ、これはこれなのだ。


「えー。先輩って呼ぶと、和歌先輩と被るから……じゃあ名前を教えてよ」

「帆中結花千。だから、ゆか先輩でいいわよ」


 と、先輩なのでちょっと胸を張る。


「んーと、じゃあ、ゆかちー」


 後輩から先輩と呼ばれる事に憧れがあったのだが、彼女は望み通りには呼んでくれなかった。

 彼女曰く、ゆかちーの方が可愛くて呼びやすいらしい。


「――で、そっちの子は?」


 彩乃に視線を向けられたニャオがびくんと肩を跳ねさせる。

 よく考えれば神様三人と同じ部屋にいるのだ、冷静になると卒倒しそうになる。


「はじめまして神様っ、私はにの島の、ニャオと言います!」

「にの島って?」

「ゆかの世界の住人なんだ、ニャオは。にの島は、きっとニャオの故郷なんだろう?」


 正確にはそうではないが、育った島を故郷と呼ぶのであれば、そうなる。

 事実がどうあれニャオ自身は故郷だと思っているので、和歌の問いに、はいと頷く。


「へえー。こっちの世界の子と結構親しいんだね、ゆかちーは」

「おかしいかな? 彩乃だって自分を姫様って呼ばせて楽しんでるじゃん。部下の人とか結構イケメンだったし」


「部下……? そりゃあいるけど、さて、一体誰の事なのやらね」


 人差し指を立てて宙でくるくると回す。冗談ではなく、本当に覚えていないらしい。


「崇められるのが気持ち良いだけだからねー。誰か、には、こだわりはないかな」


 もしかしたら、彩乃の考え方が一般的なのかもしれない。


 ニャオを含めこの世界の住人は、スイッチ一つで、というわけではないが、神に作られた存在だ。特定の人物に肩入れをする事など、普通はしないのかもしれない。


 結花千にとってはニャオや、施設の子たちや海賊の男たち。

 和歌にとっては村の子供たちが大切な人となっている。

 もしも失えば、胸にぽっかりと穴が開く事は確実だ。


 だが彩乃は……、部下の誰が命を落とそうとも、恐らくは気にも留めない。

 足りなくなったらまた作ればいいじゃないか、と簡単に新しい人物を作り出すだろう。


 神の力を使えば、いくらでも増やす事ができるのだから。


「彩乃……もう少し自分の国の人たちを……、いや、なんでもない」


「和歌先輩、なんですかー? もっと大切にしろ、的な事を言いたかったんですか? でもー、だったらなぜ止めたんですー? あれ、もしかして自分には注意する資格がない、とか? えへっ、和歌先輩ってば、自分の国の人たちに一体なにをしたんでしょー?」


 ニヤニヤ、ニタニタといじめっ子のような笑みを見せる彩乃に、和歌が近づき、

 がしっと、容赦のないアイアンクローをかましていた。


「あっ、あ、あいだ、だだだだっ、わ、か先輩、こめかみっ、突き抜けるぅって!」


「隙を見せたらすかさずそこだけを突くのをやめろと言っただろ。こういう時だけ敬語っぽい口調になりやがって。というか、さっきから一人だけベッドの上に気持ち良さそうに座って。さっさと下・り・ろ」


 アイアンクローから解放された彩乃が渋々ベッドから下りる。

 ずっと寝たきりの生活だったらしく、足腰に力が入らないのか、床に座り込んでしまう。


「椅子ないの? 椅子持ってきて。いーすー、そこっ、ゆかちー!」

「あたしをパシリに使うなっ!」


 するといつの間にか、ニャオが動いて椅子を持って来てくれていた。

 部屋の端に置かれていた、大きくて豪華な椅子だ。


「ありがとニャオ。座らせて」

「分かりました!」


「いやニャオっ、手伝わなくていいから!」


 後輩の傍若無人がいっそ清々しい。

 だからと言って許せるわけではないが。


 同時になんでもかんでも言う事を聞くニャオの方もどうかと思うので、この辺はきちんと言い聞かせないといけない。

 仕方ないなーと生意気な後輩はやっと自分の意思で動いて椅子に座る。


 足を組み、片側の肘かけに体重を乗せて、なぜか一番偉そうだった。


「だって、この国ではわたしは姫だし、一番偉いでしょ。和歌先輩もゆかちーも、今はこの国の客人なんだから、間違ってないよね?」


 この国では、という限定された条件であれば、間違ってはいない。

 それを言い出したら、この国から出た時点で結花千たちの言い分は通るわけだ。


「ゆか、もう面倒だからここは従おう。こいつは向こうでもこんな感じだし」

「先輩、こういうのは許したらダメだと思う!」

「そうなると、お前のタメ口も咎める事になるんだけどな」


 二人のやり取りを眺めていた彩乃は、ニヤニヤと他人事のように笑っている。


「先輩もわたしと同類だねー」

「ぐっ……! 分かったよ……。それでも、ニャオに命令するのは禁止だから!」

「あっ、ニャオはわたしのものだから手を出すな、と。はいはーい、気を付けますよー」


 彩乃がびしっと敬礼をする。

 明らかにバカにしているが、いちいち反応していたらいつまで経っても話が先に進まない。


 彩乃は、面会をしたいと結花千たちを呼び出した。

 目的は達成されたわけだが、ただそれだけだった、というのは考えにくい。


 面会した上で、さらになにかがあると考えるべきだろう。

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