第9話 先輩の箱庭

「ご名答、だね。ただ、先輩なんだから敬語を使うように」


 注意されたが意図的に結花千は無視する。

 ニャオの手前、神の威厳を損ないたくはないためだ。

 事情が分かっている先輩は、今だけは目を瞑るらしい。


「この世界では互いに対等だし、叱る権利もないけどね。……帆中、結花千。と聞いているけど合ってるよな?」

「えっ。合ってるけど……、どうしてあたしの名前を?」


 結花千は学校で目立っている方ではない。部活は入っていないし美化委員ではあるがほとんどサボっている。クラス外での知り合いはいないはずなのだが、どうして先輩に名前が届いているのか。

 もしかしてストーカー? と疑う。


「そんなわけあるか。サボっていれば問題児リストに載るんだよ。私じゃなくて、生徒会長が気にしてたからな。私の事を知っているなら、取り巻く状況もなんとなく分かっているんじゃないか?」


 生徒会ではないが生徒会長とつるんでいる同級生がいる、という噂がどんどん尾ひれをつけて変化していき、なんでも相談に乗ってくれる優しいお姉さんが三年生にいる、と生徒から多くの支持を集めている。

 断ればいいものを、どれだけ忙しくとも、彼女は決して誰一人として投げ出そうとはしなかった。だからこそ有名人になっているのだ。


「……知ってる。大変そうだなー、とはいつも思ってたよ」

「大変だよ、相談の一つも手を抜けないんだからね」

「なら、断ればいいのに。できないとは言わせないよ。先輩が断ったって、誰も嫌な顔はしないだろうしね」


「……なんでちょっと怒ってるんだ? それは、生徒会長にも言われたさ。でも、放っておけないだろ。それとなく断っても、話すだけでも楽になると言われたら断れない。話を聞けば、そこにはもう責任が生じる。単純に、私の聞いた上で見過ごす事ができない性格なのが悪いんだけどな」


 先輩は八方美人だ。

 結花千の的確な言葉に、先輩はだろうね、と笑った。


「って、こんな話は今はどうでもいいんだ。議題は一つ、この世界の事だ」


「じゃあ……先輩は、どういう経緯でこの世界に?」


「そうだな……互いに確認していこうか。私は白い便箋を拾ったんだ。『神様募集中』という見出しの下に、書かれた手紙を枕の下に入れて眠ればいいと書かれていて、興味本位でやってみたら、この世界にいた……って感じかな」


「あたしもそうだったよ」


 となると、誰のものか分からない手紙の封を勝手に切ったという事だ。

 常識人そうな顔をして、先輩も意外と悪だった。


「宛名も送り主も書いていなかったし、それに私の部屋に置いてあったんだ、その状況なら切っても仕方ないだろう?」


「先輩は、家に……?」

「ところで、ゆかはどうやって手に入れたんだ?」


 道端に落ちていたのを拾って、躊躇いなく勝手に封を切った。

 先輩の後に言うと、常識人とはかけ離れた行動に見えてしまう。


「お前……、もうちょっと警戒したらどうなんだ」

「あはは……っ、いやー、なんだろうって思ったら、ついね」


 ついね、ではなく。

 先輩の説教が始まると思いきや、話の脱線を恐れ、先輩が堪えた。


「それが三か月前の話だよ」

「ふーん。じゃあ、同じ時期なんだ」


 そこで、――はいはいっ、と手を挙げたのはニャオだ。


「お二人がおっしゃった三ヶ月前っていうのが、神様が神様になった日、なんですか?」

「そうだね、三ヶ月前、くらいだろうけどな」


「でも、神様は、もっと前からいたはずですよ?」

「ん? あ、そっか。こっちとは時間の流れが違うんだもんね」


 結花千はニャオの疑問を理解した。


「こっちで随分時間が経っていても、あたしたちの世界だと全然経ってないんだよね」


 結花千たちがこの世界に降臨できるのは、眠っている間だけである。

 結花千で言えば夜中の零時から朝の七時ほどまで。現実世界の一時間がこの世界での一日なので、一度の睡眠で結花千たちは七日間滞在できる事になる。

 ただし結花千が学校に行っている間は当然この世界から姿を消すのだ。

 神がいない間も、こっちの世界は変わりなく回っている。


「神様たちの世界……、なんだか、凄そうですね……!」

「ニャオには悪いけど、多分想像とまったく違うと思うよ」


 島の生活しか知らないニャオからすれば、現実世界も凄いのかもしれないが。


 結花千はふと、気になっていた事を聞いてみた。


 同じ神なのであれば、できる事も同じだろう。

 生命を生み出し、村や町を作り、岩を削り森の木を伐採し、環境を整える。みんなの声を聞いて力を振るい、創造と破壊を繰り返す。

 そうして出来上がったのが、この村なのだとすれば、なぜ子供ばかりなのか、と。


「大人も、いないわけじゃないぞ」

「今、話を逸らそうとした? 子供ばかりの理由を聞いただけだけど」


 先輩は明らかに嫌そうな顔をしている。言いたくないなら無理に言わなくてもいい、とは思わないのが結花千なので、さらに追撃する事にした。


「子供ばかり、ならまだ気にはならなかったかもしれないけど、大人みたいな子供もいる事に気になったの。先輩、神様として、どんな力を使っているの?」


 創造と破壊には、『コスト』という神が持つ数値が必要になる。

 現実世界での一日で、一〇〇%を毎回与えられる。

 使う度に減り、これがなくなると神としての力が振るえなくなるので注意が必要なのだ。

 もちろん、増やす事も可能だ。


 神ができる事に、条件はあるが限度はない。先輩がコストを使ってこの村の子供たちになにをしたとしても、可能であるのだ。

 結花千はそれを聞き出したかった。


 なにも、責めるつもりはないので、これはただの興味本位である。

 神としては同期だが、現実世界では先輩なので、発想の違いを知りたかったのだ。


「先輩、溜めると尚更言い出しにくくなるよ」

「変な事ではないぞ、ないからな!」


 と、声を荒げながらも中々言わない先輩に少しイラッとした。


「あっ、外の子に聞けばいいのか」

「ちょっ、それはまずい!」


 結花千の手を掴んだ先輩。まずい、とは何事か。

 興味が湧いた結花千はニタリと笑う。


「せーんぱいっ」

「分かったから、言うから! ……ただ、みんなを子供のまま成長を止めてるだけだ」


 結花千は目をぱちくりとさせる。

 勇気を振り絞ったらしい先輩には悪いが、拍子抜けだった。

 言いにくい事でもない気がするが。


「だから子供のままなんだね。あ、体だけは、って事なのか」


「そう。だから精神年齢が高い子もいる。でも、本当の意味で大人になるには環境が大事だから。それは自身の体が大きくなっている事も必要になってくる。体が小さいままだといくら年月を重ねても、大人には届かないんだよ。そこがいいんだけどね」


「ん?」

「あ、いや、なんでもないぞ」


 取り繕ったような先輩は、とにかくっ、と話を打ち止める。


「ここは私の担当だから、ゆかの手は借りないよ。私もゆかの方には手を出さないから」

「それは別に、先輩ならいいけど」

「ゆかが良くても、そっちのみんなは困るだろうさ。いきなり、神様の知り合いが来て、世界を組み替えられたらびっくりするだろう?」


 先輩ならすぐに受け入れられそうな気がするが、不干渉条約を結びたいのであれば、反対する気はなかった。

 細かい事を話せばもう少し時間が必要だが、隣のニャオがさっきから意識の船を漕いでいる。

 それを見ていたら結花千もつられて船を漕ぎそうだ。


「ゆか、今日は泊まっていきな。宿は手配しておくよ。明日には戻るんだろう?」


 予定では、そのつもりだ。

 あくまでもつもりなので、もちろん変わる事もある。


「長居されてもあまり構ってはやれないがな……」


 窓の外には村の子供たちが、先輩を待ちわびていた。彼女はこの村では副園長として働いている。結花千と違って、世間は先輩を神様とは思っていないのだ。


 先輩が窓を開けると、子供たちが窓枠に飛びついた。

 彼女の仕事が溜まっているのだ。


「落ち着いて。今から行くから、みんな待ってて」

 と、子供と接する先輩の態度を見る。


 結花千は思う。……あんな笑顔、こっちには見せてくれないのに。


「……子供、好きなのかな?」

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