第8話 同郷の少女

 聞かれた子が、村の中へ声をかけた。

 呼ばれて気づいた、お姉ちゃんと呼ばれる女性が少女の元へ向かう。


 ちらっと、空から村の中を見た結花千は違和感を覚えた。

 まだ全体を見たわけではないので、ただの違和感であるが。


 子供が極端に多い気がした。

 そんな事を言ったら、施設がある島だって、子供ばかりである。

 身寄りのない子供を集めた施設がある、と聞かされていない余所者からすれば、子供たちばかりで変だな、と思うのは仕方ないだろう。

 もしかして、ここも同じだろうか。


「おかえり。どうしたの?」


 子供たちばかりの村では珍しい、クリーム色のエプロンをつけた、大人の女性だった。

 落ち着いた黒い髪。肩にはかからない短さだ。片方の耳に髪を上げて引っ掛けている。


「……あれっ?」


 と、結花千は思わず声をこぼした。


 乗っていた槍を下降させ、地に足をつける。

 すると彼女も気づいた。

 微笑みながら挨拶をしてくれているが、結花千はそれどころではなく、彼女に近づいて顔をじっと見る。


「えっと……そんなにじっと見て、顔になにかついてる……?」


 周りの子供たちが警戒心を最大にして結花千を取り囲む。

 ニャオが結花千を止めようと神様神様っ、と服を掴んで必死に引っ張っているが、結花千は止まらなかった。


 もう少しで喉元から先へ出そうなのだ。

 うーん、と悩んで悩んで、ぽつりと浮かんだ。


「…………先輩?」


 ぴくんと肩が跳ね、彼女が反応する。

 子供たちは不思議そうな表情をし、ニャオは「知り合いですか?」と尋ねてくる。

 先輩と呼ばれて反応を示したという事は、もしも先輩でなかったとしても、現地人でない事は確かだった。


 結花千があえてなにも言わずにいると、ゆっくりと微笑みを消した彼女が、


「……事情は察したよ。とりあえず歓迎する。二人とも、入りな」

「お姉ちゃん、知り合い、なの?」


 馬から下りた少女が結花千と彼女を見比べる。接点があるとは思えないらしい。


 その予想は正しい。

 結花千と彼女に接点はない。結花千が一方的に知っているだけだ。

 なぜなら結花千が知る目の前の先輩は、有名人なのだから。


 結花千が一方的に知っているだけなので、先輩から結花千は分からないはずだが、さっきの一言で他とは違うのだと分かった。

 だからこそ、村へと招いたのだ。


「知り合いではないけど、同郷ってところかな」


 彼女に案内されて村の中へ入る。

 歩き始めたら足が重たいのでなんだと思えば、服を掴んでいるニャオがいた。


 ……なにも言わずになぜかむすっとしている。

 機嫌が悪くなるような事をした覚えはない気がするが……。


「神様の、同郷って事は、私の知らない神様を知っているって事ですよね?」

「あ、違うよ。だってあたしが一方的に知ってただけだからね」


 百何人といる群衆に紛れている、顔見知りでもない一人だ。

 いちいち行動の一つ一つを見ているとは思えない。

 なので最も結花千に近いと言えば、ニャオになるだろう。


「そうですかっ!」


 ニャオはころっと表情が変わって、元気を取り戻す。


 そんな彼女の元には、既に周りから子供たちが集まっていた。

 歩いていると続々と集まり大所帯になっている。

 一切、結花千には話しかけてこない。

 と思えば、割合は少ないが近寄ってくれる子もいた。ただ、男の子だけだった。


 辿り着いたのは小さな、白いレンガ造りの家だ。

 道中見かけた、教会に見えた建物がこの村のランドマークだろうと思う。


「ここが私の家だ。狭いと思うが……って、なんだその塊」

「この子たちに言ってよ……道中、何人も背中に乗って来るんだから」


 結花千の背中にはたくさんの子供がいた。

 ニャオには男女共に周囲に集まっているだけなのだが、この扱いの違いはなんなのだろうか。


「あー、もーっ! あんたたち下りなさいよ!」


 うわー怒ったぁ! とわらわらと虫のように逃げて行く子供たち。

 離れては振り返り、追いかけて来ない事を知って再び近づいて来る。

 結花千が振り向けば隠れる、だるまさんが転んだみたいになっていた。


「これが何度も繰り返されているのよね……、あと、ニャオも密かに狙わないように」


「えっ」とニャオ。


 ……二つの意味で、だ。

 結花千で遊ぶ男の子たちを狙う事と、結花千の背中を狙う事、ニャオの視線は二つを行き来していると結花千は勘づいていた。


「……好かれてるんだねえ」

「変人にはなんで好かれるんだろう……。あっ、ニャオは違うよっ、ニャオは変人じゃあ……いやそうでもなかった」


「神様っ!?」


 家に入る前に、彼女が子供たちを追い払う。

 と言っても、優しく言い聞かせていた。

 子供たちは素直に頷き、任された仕事をするため元気良く走って行った。


 窓から村の様子を眺めていると、やっぱりいるのは子供ばかりである。

 働いている人はみんな子供だ。大人はまだ一人も見かけていない。

 すると、背中から声をかけられた。


「ホットミルクでいいかな。うちの自慢の牛たちから取れた新鮮な乳だよ」


 マグカップに注がれ、出されたそれを受け取り、一口貰う。ニャオは声にならない声を出して美味しさを表現していた。結花千も味を感じ、その濃厚さに声が出なかった。


「どう?」

「素直に美味しい……」


 語彙のなさが悔しいが、出してくれた本人は気にしていない様子だった。


「その一言が本音って感じで、私は信用できるね。さっ、飲みながら話そうか。これまでの事――これからの事を」


 向かい合わせで椅子に腰かける。間に机を挟んでいないので、不思議な感覚だった。この位置はファミレスくらいだ。ファミレスに行く頻度があまりなかったけれど。


 彼女の視線がニャオへと一瞬向いた。

 口には出さないが、この場にいてもいいものかと逡巡しているのかもしれない。


「ニャオは大丈夫。あたしのパートナーだから」

「……まあ、こっちの世界の話を聞かせてはならないルールもないし、いいけど」


「?」と、ニャオは不思議そうに首を傾げる。


 これから神様らしくないところを話すが、それでニャオが結花千に愛想をつかす事はないだろう。

 ……だろう、と信じたいが、今になって不安になってきた。

 ニャオに見捨てられたらまた一人になってしまう。


「神様、なんだか不安そうですけど、大丈夫ですか?」


 膝の上の手に、ニャオの手が添えられ、ざわついた心が落ち着いた。

 手を重ねた事で大丈夫であると確信が持てた。

 こんな事で見捨てるような子ではないと結花千はニャオの事を知っている。


 ニャオに頷き、目の前を向く。先輩と目を合わせる。


立川たちかわ和歌わか先輩……だったよね」

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