第7話 村の入り口

 少女は子供に見えても言動は大人のようでもある。

 彼女は指笛で馬に命令を出し、牧場内を走らせていた。


 遠くで疾走する馬を眺めながら、


「余所者が訪ねて来るなんて初めてよ。この大陸にも村がいくつもあるけど、距離があっても知り合いだから余所って感じはしないし……正直に言うと、まだあんたたちを信用できていないのよ」


 その割に、ニャオには心を開いている気がするのだが。

 結花千の眼差しの奥の本音に気づいたのだろう。少女が肩をすくめた。


「その子は別。邪気がないもの。一目で信用できるって分かったから例外ね」


 信用されていない結花千はそのまま逆が言えるという事になる。

 少女には、結花千から邪気が出ているように見えているらしい。


 ……信用されていないのは、仕方ない。今からどうこうできるものでもないだろうし。


「だとすると、村への案内は頼めないよね……?」


 信用できない者を村へ入れる事を躊躇うだろう。彼女は反射的に突っぱねる気がする。


 だが、少女はあっさりと、いいよ、と言った。


「……え、いいの!?」


「たった二人で別大陸に来て、村っていう、現地人がたくさんいる本拠地の真ん中で、まさか分かりやすい敵対行為をするほど馬鹿ではないでしょ」


 元々、案内をしようとは思っていたらしい。

 それは多分、紹介ではなく、報告や、得体の知れない訪問者の判断を上の者に仰ぐという意味合いが強い。

 となるとつまり、神様はいなくとも、みんなをまとめるリーダー的な存在はいるのだろう。


「会わせるなら、まずは園長だね。でも、なんでも知っているのは副園長の方。この子たちを連れて来てくれたのも、牧場を作ろうって言い出したのも副園長だったから。この大陸で一番万能なのは、副園長のお姉ちゃんだろうね」


「へえ……、そのお姉ちゃんは、神様みたいな人なんだね」

「大きな枠組みの上では、そうなるかもね」


 結花千を慕うニャオの笑顔を壊したくないのか、少女は気を遣った。

 比べるなと言いたげな彼女の本音に気づけてしまうので、結花千はこの子が話す度に地味に傷ついている。陰口よりはマシではあるが、言われて平気なメンタルではない。


 それでも明るく、結花千はめげなかった。こんな事を、もう長い事やっている。


「ここから村までは遠いの?」

「今から向かえば夕方には着くと思う。ただ、着いたら今日は泊まった方がいいかもね。夜に村の外に出るのは勝手だけど、かなり暗いから迷うかもよ?」


 出直す事も考えたが、結花千はともかくニャオと少女は気が合うらしく、一旦戻ろうかとは言えない雰囲気だった。

 ここではなにが美味しいのか、という話題で盛り上がっている二人の間に割って入るのは難しい。


「神様っ、案内を頼んでみるのはどうですかっ?」


 ニャオの声が弾む。行く気満々だ。


「ニャオが行きたいなら。じゃあ、案内を頼んでもいい?」

「いいけど……なら、馬を用意するから、ちょっと待ってて」


 少女が指笛を吹くと、別の馬二頭が遠くから音を聞きつけ駆け寄って来た。

 二頭の馬はニャオに顔をこすりつけ、スキンシップを取っている。


「あははっ、ちょっと、くすぐったいよぉ」

「…………」


 ニャオと比べれば勝ち目はないが……、馬にも見放されると結花千も泣きたくなる。

 動物だと尚更、本能的に避けるなにかがある、と言われているようなものだからだ。


「あんた、逆に凄いね……」

「別に! ニャオに好かれてるならそれでじゅうぶんだし!」


 少女の警戒が少し解けたが、可哀想だから、が理由なので、素直に喜べなかった。

 とは言えだ――禍を転じて福と為す。ただで転ばないところは、結花千らしい。



 いざ出発、の段階で、馬に乗ろうとしたら不愉快そうに体を揺さぶられた。

 何度も挑戦してみるが、二頭とも結花千を背中に乗せてはくれなかった。

 ……別にいいし、と拗ねて自分の槍に腰を下ろせば、隣にはニャオがいた。


「……ニャオに乗ってほしいみたいだよ、その二頭の馬。ニャオにすり寄って来てるし」

「そうですけど、私は神様と一緒がいいですよ?」


 気を遣ってくれているなら……、と注意しようとしたが、どうやら素のようだ。


 結花千のためではなく、ニャオ自身のためである割合の方が多いのだろう。

 恐がっていた槍の上も、今ではもう平気そうだ。

 これ以上、無理やり馬の移動を勧めるのもおかしな話なので、せっかく呼んでくれたのだが、二頭の馬には戻ってもらう事にした。


 女の子が、空になった荷台を引く馬に乗って先導する。

 彼女の後ろを結花千が追う。


「あんたたちの大陸には、空を飛ぶ便利な道具があるんだな」

「いや、これはあたしだけだよ。技術レベルはここと変わらないんじゃないかな?」


 この大陸に親近感が湧いているのは、ニャオがいる施設がある島と似ているからなのだろう。

 広さは桁違いだが、牧場や小屋がある景色や、のんびりとした和な雰囲気が落ち着くのだ。

 未知の大陸なのに、不思議と不安がなかった。


 島と島とで技術レベルに差があるわけではないので、多分この大陸も大きな差はないだろうと思った。

 環境の違いや指導者の知識によって、採れる作物に違いはあるだろうが。


 ただそれも、商人が船を使って別の島へ運んでくれている。

 この大陸は、主に馬を使って村と村を繋いでいるのだろうと思われた。


「ふーん。でも、食べ物の美味しさでは負けない自信があるわよ」


 少女は勝ち誇った顔をした。

 そこまで言うなら、と期待して、結花千は楽しみにする。


 その後、ひたすら坂道を下って行くと、村が見えた。

 予想よりも早く辿り着いたので、夕方と言うにはまだ早かった。


 馬の足音に気づいた村人が、入口にある門のところまで顔を出す。

 ……友達だろうか。同じ年齢の子供が多い。というか、子供しか集まっていない。


 坂道から平坦な道に変わった後、徐々に速度を落とし、門の手前で馬が止まる。


 少女は集まっていた子供たちに、


「お姉ちゃんはいる?」

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