第6話 牧場と女の子

 大陸まで一時間もかからなかった。

 上から見下ろすと、大地が遠くまで広がっている。


 結花千の世界とは違い、一つの大陸があるだけで、他の島の存在がなかった。恐らく船を必要としない。広い大陸を移動する足が必要になってくるだろう。


「……ん、あれは……牧場かな」


 遠くに柵があるのが見えた。柵の内側には動物がいる。

 ……牛、豚、羊に見える。

 あの柵は動物たちが逃げないようにしているのだろう。結花千が真上を通ると、数匹が足を止めてこちらを見たが、すぐにそっぽを向いて歩き始める。


 小屋をいくつか見つけたが、動物たちが中にいるだけで人が誰もいなかった。見渡す限り草原だ……。空高く見渡しているのに村の一つも見つけられなかった。


「と、遠くない……?」


 そして広過ぎる。


 現地人がいるとして、牧場を管理するのに広大な土地を走り回らなくてはならず、効率が悪いのではないか、と思ってしまうが。


「神様、向こうから馬が来ますよ」


 多少は慣れたらしく、槍の上で上手くバランスを取っているニャオは、周囲に目を向ける事ができるようになっていた。

 彼女が差した指の先には、馬と、背中に小さな女の子が乗っている。

 施設の子たちとほぼ同じくらいの年齢……五歳くらいに見えた。


 青いオーバーオールを着た、編み込んだ金髪が特徴的な女の子だ。

 馬は荷物が積まれた荷台を引いている。彼女を乗せた馬は、小屋の近くで足を止めた。


 荷台の雨避けカバーをはずすと、中には干し草がある。

 さきほど小屋を覗いた時にも見たが、その時は動物たちの寝床になっていた。


 女の子が干し草を抱えて小屋の中に入る。

 戻ってからもう一回運んで……と、数往復したところで、ニャオが言う。


「手伝ってあげませんか?」

「うん? ……そうだね、そうしよっか。でも、大丈夫かな……あたしたち、別の場所から来た余所者なんだけど……」

「大丈夫ですよ。だって、手を抜いてもばれない仕事を一生懸命やっている子ですから」


 それが根拠だった。

 ニャオの、にっ、とした笑みを正面から見れない。

 なんでも楽をしようとする結花千には耳の痛い話だった……。


 気を取り直して、女の子の近くへ。

 干し草を運んで、小屋から出て来た女の子が二人に気づいて、ぎょっとする。


 槍から下りて、結花千は、まずされているであろう誤解を解く。


「違う違う、変な人じゃないよ。向こうの、海の先から来たんだ、あたしたち」


「…………」


 と、警戒されているようだが、仕方ない。今はとにかく話す事が大事だ。


「今、やっと初めてここの人を見つけてさ……大変そうだから手伝おうかって、この子と話してたの。人手が欲しければ手伝うよ。ただ、この土地の事を少し聞きたいから、教えてくれるのが条件だけど……いいかな?」


 こちらの目的を話しておけば警戒が解けるだろうと思っていたが、女の子は怪しげな目を結花千に向ける。……そんな気はしてた。

 すると女の子の視線が移動する。結花千の後ろにいるニャオが、小さく手を振ると、女の子も振り返す。表情も少し柔らかくなった。


「ここにいるみんな、可愛いね」

「……そうだよ。自慢の子たちだから」


 女の子はやっと口を開いた。そして、荷台の干し草を指差す。


「手伝ってくれるなら、その干し草を小屋に運んで欲しい。聞きたい事は手伝った後ね」



 干し草運びはあっという間に終わった。ほとんど、ニャオが張り切って運んでいたおかげであったが。その間、結花千は少女と一緒にいた馬の毛づくろいをしてあげていた。

 作業を手伝う気満々であったのだが、干し草を運ぼうとしたらニャオに、神様は休んでてください、と言われた。その厚意は素直に受け取っておこう。


 しかし休んでいると、少女の目がさっきよりも鋭くなる。ニャオに言われて結花千が神様であると分かっても、だからなんだと言わんばかりだ。

 結花千を知らないのは分かるが神様の概念もないのだろうか。


「これで全部運び終わったよ」

「うん、助かったよ。ま、全員でやれば一人の負担も減っただろうけどね」


 明らかに結花千に向けて言っている。出会ってからこれまでの短い時間で相当嫌われてしまっているらしい。この中で一人だけ手伝っていないのは、確かに心象は悪いだろう。


 ただ待ってほしい。色々と説明をさせてほしいのに、少女は聞く耳を持ってくれない。純粋無垢なニャオを都合よく使っている、と誤解されている。

 ニャオが必死にフォローしてくれているが、それが尚更誤解に拍車をかけてしまっているので負の連鎖だった。


「神……ねえ。あんたたちの大陸には、そういう万能な存在がいるわけね」


 それが結花千であり、目の前にいるのだと言っても信じてはくれない。聞く耳を持つニャオの言葉にも、これには少女も愛想笑いだったと結花千は見抜いた。


「神だからって、人をこき使って自分はぐーたら休んでいる理由にはならないと思うけどさ……ともかく、手伝ってくれてありがとう。それで? 聞きたい事って、なに?」

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