第5話 未知の大陸へ
小さな男の子を連れて、近くまで来ていた女の子がいた。
彼女は鬼ごっこに参加していなかった少数派の子供たちの一人だ。
まさか坂があるこの場所までは来ないと、ここよりも下を探していたが、まったく見つからないので来てみれば、
「あ、ゆかちゃん!」
「神様なのにぃ……!」
ニャオはいつも通り不満そうだったが、子供相手なので声は小さかった。
すると、結花千の手の中の男の子は、近寄って来た女の子を見て手を伸ばす。地面に足を着かせてあげると、前のめりに走り、転びそうになりながら女の子のお腹に抱き着く。
たとえ小さくても、男の子は興味があれば障害を乗り越えて前へ進んでしまう。
女の子の大丈夫だろう、という予想は、もう少し先を想像するように、と注意をしておく。
注意しなくとも、彼女はもう、二度と男の子から目を離さないとは思うが。
ゆかちゃん、ありがとう。それに合わせて男の子も小さく手を振って、坂道を一緒に下って行く。すれ違って向かって来たのは、さっき捕まえたばかりの二人の男の子だ。
「ゆかち、どうやら無事だったみたいだな」
「なんでそんなに偉そうなのよ」
彼は手を頭の後ろで組んでいた。
もう一人は迫る気配に気づいて少し距離を取る。
逃げ遅れた片方は、ニャオによってこめかみをぐりぐりとされていた。
「だっ、いだだだだだだだ!?」
「だから神様だって、言ってんでしょうが――ッ!」
片方が餌食になっている間にもう片方の男の子が結花千をじっと見ていた。
やっと惚れたか。
しかし釣り合うはずもないので心の中でごめんなさいをしながら、結花千が手招いた。
「どうしたのかな少年」
「? なんで勝ち誇った顔?」
年が離れていても振った男に変わりはないので強く出る事ができる。それ関係なく結花千は誰にでもまずは強く出ているようだが、本人に自覚はなかった。
こうして手招いたのは男の子の熱視線が結花千の興味を引いていたためだ。
口火を切ったのは彼の方だった。
「事故はなさそうだね。でも、なにかあった感じでもあるよね」
「あったって言うか、見つけたって言うか、ね。――あ、そうだ。丁度良かったよ」
神様としての仕事を一つ見つけたので、鬼ごっこを抜けなければならないのだが、それを伝える役を、彼に任命しようと思った。
「隠れ場所は全員分把握してるから任せてよ。で、神様としての仕事ってなに?」
「あれ。遠くの方に影があるでしょ? 島っぽいんだけど、本当に島なのか、ちょっと調査に行かないとね」
えっ! と声を上げたのは、なぜかこめかみぐりぐりから体勢が変わって、絞め技を決められていた男の子だった。
「おれも行く!」
と元気良く手を挙げている。
「ダメだってば! 神様の邪魔したら悪いでしょ!」
「なんで決めつけるんだよ! ゆかちにもできない大発見ができるかもしれないのに!」
じゃれ合いから一触即発の雰囲気に変わっていたので、結花千が止めに入る。
ニャオに絞め技を解くように言うと、緩まった隙を見つけて男の子が結花千に抱き着いた。
「――あッ!?」
と、ニャオの開いた口が塞がっていなかった。
「頼むよゆかちっ、おれたちめったに島から出られないんだよ! 連れて行ってくれるだけでいいから!」
「うーん……でも、今回は、さすがにねえ」
今ある別の島なら、保護者に許可を取って連れて行く事も難しくはない。だが、未知の島となると目の届く範囲にいても不安が残る。
連れて行ってあげたいのは山々だったが、残念な事に今回は条件が悪い。
「また今度ね。調査して、危険がないって分かればいつでも連れて行ってあげるから」
「ほんと!? サンキューゆかち!」
意外とあっさり引いた男の子に違和感を覚えた。
すると、ニャオが力づくで彼を引き剥がす。
「――なにすんだよ絶壁」
「ぜっ……!? 神様と比べないでよ! というか、お願いしながら堪能するな!」
なるほど、と結花千は納得する。確かに胸が当たっていた。
「絞め技かけられて密着してるのに、ニャオはほんと感触ねえからなぁ。ニャオよりうんと小さくても柔らかい感触するやつ、たくさんいるのに」
「…………へえ」
――珍しく、ニャオの冷たい声だった。
そこで、結花千は疑問に思う。
なんで、彼がそんな事を知っているのだろう……?
結花千の疑問にニャオが答える。
隠し持っていた男の子の爆弾を投下した。
「夜、寝ている女の子の胸を指でつついていた場面、たまたま見ちゃったんだよね」
施設内では部屋の関係上、男女が別れていない。集団で固まってはいても、境界線がある場所では男女隣り合わせで布団を敷いて眠っている。
そのため、隣で眠る女の子にイタズラし放題なのだ。
言い当てられて男の子は「!?」と顔を真っ赤にし、否定も言い訳もしない。
見られていた、という恥ずかしさやショックの方が強くて言葉が出ないのだ。
「寝ている女の子にそんな事するなんて、サイテー」
「うぅ……、だ、だって、直接触ってもいいかなんて聞けないし!」
あと、隣で無防備な顔をされたら、手も出したくなる。
ニャオは冷たい目で男の子を見下していた。今の状況では、さすがに男の子に勝ち目はない。
彼のした事は最低だが、しかし気持ちが分からないわけでもないのだ。
少し早い気もするけど、異性を気にし出す子がいてもおかしくはない。
「まーまー、ニャオ。お仕置きもそのへんにしてあげてよ」
結花千の言葉に、冷静さを取り戻すニャオ。
「神様が、そう言うなら。……本当は当事者に伝えたいんですけどね!」
それをされたら男の子の施設での立場がなくなる。
もうっ、と頬を膨らませながらとどめの一撃の準備をしていたとは末恐ろしい。
一体なにがニャオをここまで奮い立たせたのだろうか。
絶壁、なのは否定できないが、彼女が気にするとも思えなかった。
「……神様のを、堪能してたのが、羨ましかったから――」
「ん?」
「私も、神様にぎゅっとして、胸を堪能したかったのに……」
「…………」
じっと、窺うようにニャオが見つめてくる。
……別に、いつでもぎゅっとしてくれても構わないのだけど。
「い、いや、神様にぎゅっとするなんて私なんかじゃおこがましくて!」
「もー、めんどくさいなぁ」
欲はあるのに身分の違いを意識して遠慮している。どうにか、もっと素直になってくれないものかと悩んでいるのだが、ニャオの信頼が枷となって中々進展しない。
難しい問題だった。
隙を見てこっちからぎゅっとしてあげようか、と企みながら、
男の子をつんつん坊やなどとからかい、鬼ごっこの離脱を伝える。
彼は頷き、
「……あの島まで遠いけどさ、どうやって向かう気なんだ?」
結花千なら簡単に船が手に入るが、数日かかる旅よりも簡単な方法を使う事にした。
結花千の三又の槍は見た目に反して攻撃性は薄い。
薄いだけで槍としても機能はするがそれよりも優先されるのが別の機能だ。
槍に乗れば移動手段になり、結花千がよく使う機能の一つになる。
跨るよりも、横に乗って腰を落ち着けるスタイルが主流になっていた。
「じゃあ、行こっか、ニャオ」
「え――私、ですか?」
「うん」
そう言って、手を伸ばす。
槍のあいている部分に招き、ニャオも腰を下ろした。
よっ、と結花千が声を上げると槍が浮いた。
慣れている結花千は問題ないが、ニャオはバランスを崩しそうになって結花千に抱き着いた。
狙ったわけではなかったが、ニャオの念願だったぎゅっと抱き着く事ができているが、本人はそれどころじゃないらしい。
落ちないように、結花千に捕まりながらバランスを維持するので精一杯の様子だ。
施設のある島から飛び出し、しばらくしても、ニャオは不安なのか、震えている。
「もし落ちても、助けるから大丈夫だよ?」
「か、かかかか、神様……早く、すぐ行きましょうよっ」
あっ、とか、あうっ、とか、聞いている分には面白いニャオの悲鳴だったが、そろそろ可哀想なので、空の旅は手っ取り早く終わらせよう。
そのために速度を上げると、声にならない悲鳴がニャオから出ていたが、こればかりは仕方ない。
我慢してね、と伝えて、遠くの島……いや、大陸が、やがて大きく見えてきていた。
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