第9話 西高東低

 予報士「きょうも西高東低の非常に肌寒い天気となる見込みです――」


 天気予報をつまんなさそうに見ているあたし。


 うみ「あー、なんかいいこと起こんねーかな……」


 起こることもないことは、とっくにわかっている。

 毎日同じような日々の繰り返し。この時間のテレビがはっきりと映し出している。


 うみ「あいつらもなんかなー……べつに楽しそうだからいいんだけど……」


 よくないものを出してはただ悦びにひたる青春。あたしには、やっぱりよくわからん。


 うみ「ま、ロコにいたっては例外だけどな」


 あいつだけは、なんか許せる。

 なんていうか、ほっとけず守りたくなる。


 うみ「やっべ、あれこれ考えてたら時間たっちまった……」


 課題に取り組もうと机にかかる。だけどやっぱり手は動かなかった。


 うみ「……だめだちくしょう、あいつのこと思い出しちまう!」


 心臓の高鳴りがダイレクトに聞こえてきそうな、あの感じ。

 ロコにしか出せないであろう、あの雰囲気。


 うみ「少なくともアホではないんだよな、未咲なんかと違って……」


 なんていうか、うん、純粋だ。

 それを感じ取っているのはあたしだけではないはずだけど、なぜかあたしはあたしがいちばん、ロコのことをわかっているような気がしている。


 うみ「思いきって好きだ、って伝えたこともあったけど……」


 いま思い返すと、恥ずかしくなる。

 なんてことをしたんだ、って自分を殴りたくなる。


 うみ「でも、やっちまったことはしょうがないよな……」


 当時のことは、しっかりメモにとってある。

 それくらい印象深かった。ロコにも恥ずかしい思いはさせちまったけど。


 うみ「もう一回させてくれ、なんてとても言えないよな……」


 もちろんする気はないけど。

 もし仮に、そうしたい気分がまた襲ってきたとしたら。


 うみ「あたし、どんなことしでかすんだろ……」


 自分でもよくわからなくて、そのことがただただ怖い。

 たいせつなロコを傷つけてしまうかもしれない。それだけは絶対にいやだ。


 うみ「当分はいいよな……いくらロコがいいって言ったとしても、やっぱ適切な距離は保たないと……」


 そう言って、なぜか涙が一粒こぼれた。


 うみ「あれ……なんであたし、ここで泣いてんだ……?」


 自分の中に隠してきた思い。それがふと、出てしまったのかもしれない。


 うみ「これもおもらしみたいなものか……って、前にもこんなこと言ったような……」


 こんなことば、人前では恥ずかしくてあまり言いたくはない。

 だけどあいつらといると、そうもいかない。

 あたしはそんなつもりはないのに。あいつらがそうさせているんだって、ずっとそう言い聞かせてきた。

 だけど、こんな感情になってしまったら、やっぱり出ちまうもんなんだな……


 うみ「ロコ……いますぐ会いたいよ……」


 会いに行ける距離ではあるけど、そういう問題でもない気がしてる。

 これは、あたしの内面の問題だ。


 うみ「ううん違う……でも、あんなことして……うわぁぁん!」


 嫌われたわけでもなく、ただ好きという感情を歪んだ形で伝えただけ。

 もちろん嫌ってなんかいない、って信じたいけど、そんなの本人に聞いてみないとわからない。


 うみ「……そうだ、いま直接聞いてみよう」


 思い立って、あたしはロコに電話した。


 うみ「ロコ、起きてるか?」

 ロコ「ぅん……ふぁ、ぁ……ちょっと、眠かったけど……」

 うみ「あのさ……言いにくいんだけど、あのときの感想、もう一回聞かせてくれないか?」

 ロコ「あのとき、って?」

 うみ「あれだよ……あぁっ、言いにくいなこれ……」

 ロコ「?」

 うみ「ほら、あっただろ? あたしがしょっぱいあれ、ロコに飲ませたこと」

 ロコ「あっ……たしかにあった、ね……」


 ほらもう、やっぱりあいつ恥ずかしがってる……。

 電話ごしに顔赤くしてるの、丸わかりなんだけど。


 ロコ「えっと、うれしかった、よ……?」

 うみ「……そうか! よかった……」


 どんな罵倒が待ち受けているかと思ったけど、ひとまずはよかったらしい。


 ロコ「言った、よね? わたし、小さいころ自分のを飲んだことがあるって」

 うみ「言ったけど……」

 ロコ「そのときにね、飲めなくもないなって思ったの。だからうみちゃんのそれも、最初はびっくりしたけど、けっこうすんなり飲めたんだと思う」

 うみ「そっか……でも、やっぱり恥ずかしかったよな……?」

 ロコ「そりゃそうだよ! だってあのときのうみちゃん、急に飲ませようとするんだもん……」

 うみ「ごめんごめん。あのときほんとにそうしてほしくてさ……」

 ロコ「気持ちはわかるけど、わたし、けっこうびっくりしたんだからね……?」


 あっ、このロコちょっと泣いてんな。ほんとに悪いことしちまったかも。


 うみ「もうあんなことしない。ここで約束する」

 ロコ「……ほんとに?」

 うみ「あぁ。女にも二言はないって」


 自信満々に言ってみせた。あとはこれを実行し続けるだけだな。


 ロコ「でもわたし、べつにまたうみちゃんにあんなことされても、それはそれでいいって思ってるよ……?」

 うみ「ロコがそう思っていたとしても、あたしはそうは思ってない」

 ロコ「うみちゃん……」


 そう言いつつも、やっぱりでもちょっと、ロコにはそうしたくなる部分があるというか。


 うみ「あぁっもう! やっぱ難しいよな、こういうことってさ……」

 ロコ「そうだね……」


 お互い気分が高まりつつあった。だけど明日もあることだから、ここらあたりで電話をきることに。


 うみ「本当にどうしたらよかったんだろう……」


 あたしがしたことは、正しかったのか。

 ロコがいやじゃないって言ったのは、たんなるやさしさかもしれないというのに。


 うみ「いつまでも自問しててもしかたないんだけどな……」


 それでも考えてしまう。あたしたちの関係性は少し、いや、それどころかかなり危うく、ふとしたことで壊れるかもしれない。


 うみ「あたしがしっかりしないといけないのに……」


 ロコは、そうだ、あたしに言わせてみれば、陸上生物における小さな哺乳類のようなもので。


 うみ「……しょうがない、寝るか」


 考えても答えは出ず、この日は寝ることに。

 あたしってほんとにばかだ。

 きっとこの先、いくら考えてもそれっぽい答えが浮かぶとも考えにくい。いまのあたしはそう思ってる。


 うみ「……眠れねぇな」


 横においてあるラジオに手をかけようとする。そしてやめた。


 うみ「やめたやめた! もう寝よう!」


 眠れないなりに寝ようとした。意外とすんなり眠れてしまった。一体なんなんだ、あたしって……。

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