第84話 悔恨と怨恨

 ひとりまたひとり。


 崩れ落ちた壁。

 川沿いに子供達の姿を散見すると、リーファとアスクタは地面に体を投げ、モモはゆっくりと子供達の方へと歩み寄って行った。

 傷だらけのカルガとダルが小舟の準備をしている。その様子がモモの目に入った。


「ちょっとー! アスクター! こっち手伝ってちょうだい!」


 次々に小舟に乗った子供達が街に向かって、ゆっくりと川を下って行く。その姿にモモは満面の笑みを浮かべた。


「やったわね。すっごい! 私達すごくない!?」


 興奮ぎみにまくし立てるモモとは裏腹に、カルガとダルの顔は冴えなかった。その姿にモモは口を尖らせる。


「なぁに、その顔。うまくいったんだからもっと喜びなさいよ」

「65点」

「何それ?」

「今回の出来だ」


 カルガが無表情に告げる。モモは首を傾げ、理解出来ていない。アスクタもふたりのやり取りに動かしていた手が止まった。


「何か微妙な点数だな。何がそんなにマイナスなんだ?」


 アスクタの問いにカルガは勿論、ダルも渋い表情を見せる。


「カルガの説得にも応じず、頑としてここに残ると梃子でも動かない子が20人くらいかな。もう少し人数が少なければ、こっちになびいたと思うんだけど、20人ってなるとひとつのグループになっちまったから、動かすのは今の段階では厳しいな」

「残るって⋯⋯。こんな所に残ってどうする?」

「さあね。残った所で何も無い事は散々言った」


 アスクタにダルは肩をすくめて見せた。アスクタも納得したのか作業へと戻って行く。

 舟に乗る子供達から疑心が消えたわけではない。あの子が行くからという理由で舟に乗る子供もたくさんいた。

 まぁ、それでもいい。洗脳を解く技術なんざぁ、こっちは持ち合わせていないんだ。これだけの子供達が舟に乗った事で良しとしないとな。

 カルガは頭の中で必死に現状を肯定しようと思案する。全員を納得させる事が出来なかった事実が澱となって心の底に積もり、気分は晴れない。

 何か手立てがあったのでは? もっとやりようがなかったのか? 

 キリの無い思い。仕方ないと何度も自身に言い聞かせ、無理矢理に納得した。


「おじさん」


 後ろから唐突にレイの声がした。振り返ると、瞳にしっかりとした強さの戻ったレイと視線を交わす。


「気を付けて帰れよ」


 レイは頷くと、唇を固く結んだ。


「残ったみんなの事は気にしないで下さい。僕達がなんとかします」


 カルガは少し驚いた。そして、同時にとても安堵する。カルガの思いをちゃんと受け止めた子は確かにいた。


「ああ、頼む」


 短い言葉。カルガは口端を少し上げ、柔らかな言葉を発する。レイも微笑みを返し、舟へと乗り込んだ。

 レイを乗せた最後の舟を見送る。レイは振り返り、大きく何度も手を振った。カルガも微笑み、度も手を振り返す。モモがその姿を一瞥し、カルガを横目で見ながら手を振った。


「あらやだ。あなた、何があったの? 憑き物でも取れた? なんか、いい顔しているわよ」

「ほっとけ」


 カルガは小さくなって行く舟を見ながら、言葉を零した。





 優雅な曲線を描く肘掛けに体を預ける。豪奢な王の椅子に腰掛けるユウの表情はすこぶる冴えない。

 ラムザの王は絢爛な部屋でひとり逡巡していた。立て続けに起こった国に仇をなす行為。眉間の寄っている皺は深くなる一方。犯人は分かっているというのに尻尾すら捕まえられない不甲斐なさにイラ立ちは隠しようがなかった。

 


 突然、川から流れて来た子供達に街は一瞬騒然となった。子供を取り上げられて悲観にくれていた親達がそれに気付くと、我先に我が子へ駆け寄って行く。

 繰り広げられる感動の再会。何も知らない住人達は一緒に歓喜し、喜びを分かち合った。

 それを止める事は不可避。その騒ぎに気が付いたユウとアラタはその光景にひきつった笑顔で拍手を送る事しか出来なかった。



 施設に残っていた子供達からの聞き取りで上がった血塗れの男がふたり。

 アンとカルガ? 

 真っ先に頭に浮かぶ名は、聞き取りが進むにつれ、否定された。ヒューマンと犬人シアンスロープ。カルガとダル? 

 ユウとアラタのたどり着いた答え。ただ、事の成り行きを精査すればするほど、たったふたりで行えたと思えなかった。

 何十人もの兵士を相手にし、元パーティーメンバーを亡き者にするほどの力。

 分厚い壁を粉砕し、【憑代よりしろ】を解放。

 いきなりスーパーマンにでもなったのか?

 解せない。アンやマインが手を貸したと考えられるが、あの分厚い壁を短時間で吹き飛ばせるとは思えなかった。



 コン。


 扉のノックでユウは顔を上げる。声を掛けるより前に扉は開き、黒髪のエルフが猫人キャットピープルと共に入室して来た。


「邪魔するわね。浮かない顔。わかるわ、あなたのそのもどかしさ」


 ミランダはテーブルに浅く腰掛け、ユウを艶めかしく見つめる。ユウはその姿を一瞥だけして、真っ直ぐ前を向いた。テーブルの上で手を組んで大きく溜め息をつく。


「犯人は分かっている、後は捕まえるだけさ」

「それが出来なくてイライラしているのでしょう? どうしてって? 私もね、イラついているのよ」


 ミランダはユウの頬をそっと撫でると、微笑みを浮かべていた瞳が一気に冷えて行く。ふたりの厳しい視線が交じり合う。


「何か手立てがあるのかい?」

「手を貸したヤツの目処はついているわ」

「アン・クワイ、マイン・リカラーズ」

「残念。ハズレ」

「うん? では、誰だい?」

「モモ。あの召喚士が間違いなく手を貸した。じゃないとあの壁が短時間で崩される事なんてないんじゃなくて? あなたの力であの壁を短時間で崩せて?」

「いや⋯⋯。無理だ。時間は相当に掛かる」


 ユウは首を横に振り、ミランダの言葉を反芻する。


「証拠は?」

「そんな物、あの壊れた壁がそう言っているわ。それにあの力が向こうについたら、相当マズイわよ。どうする? 任してくれてもいいのよ」


 両のまなじりを手で押さえながらユウは深く逡巡していく。その姿をミランダは、冷えた笑みで見つめていた。


「分かった。君に任そう。好きにしてくれて構わない」

「あなたなら分かってくれると思った。それともうひとつ、ついでと言っては何だけど、ひとつお願いを聞いてくれないかしら? あなたにもきっとプラスになる話」


 怪訝な表情を向けるユウにミランダは続ける。


「クランスブルグの元勇者として、情報を提供して欲しいの」

「情報?」

「そう、情報。ルク、こっちにいらっしゃい。クランスブルグの元勇者様からご教授を頂くわよ」


 ルクは一礼すると、ミランダの隣に立つ。怪訝な表情のままのユウに構う事なく、ミランダは続けていった。





 コンコンという軽いノックの音に、モモは視線を上げた。

 目立つ行動はするなとカルガから念を押されている。

 どうしましょう?

 ノックの先にいる人物が、カルガやアンでない事は明らか。君子危うきに近づかずってやつね。無視、無視。


 バギッ!


 大きな破壊音を鳴らし、蹴破られる扉。現れたのは黒髪のエルフ。


「居留守は良くないわよ。おチビちゃん」

「ちょっと⋯⋯がはっ! ⋯⋯」

「ハイハイ、終了と。アイツらにも私と同じ思いをさせてやる。恨むならアイツらを恨みなさい~」


 その刃は躊躇なく、一直線にモモの首を掻き切った。理由も告げず、弁明の余地も無く、モモの喉が血を噴き上げる。必死に喉を押さえるも、すぐにモモの瞳から生気が失われた。床に倒れ、自らの血溜まりに沈む。その姿を見下ろすミランダの瞳は冷たく、黙って見つめるだけだった。



 裏通りの更に奥、倒れかけの民家の一室で、息を潜めていた。小さなランプが頼りなく照らす埃っぽい部屋で、カルガとダルとアスクタが、汚いソファーに体を投げ出している。


 ドン、ドン、ドン!


 けたたましく扉を叩く音に、男達は反射的に剣を抜く。カルガは扉へと近づくと扉の向こうから声が聞こえた。


「開けろ! 私だ! リーファだ!」


 聞き覚えのあるその声にカルガは、そっと扉を開き外の様子を覗く。額に汗を浮かべるリーファが剣呑な雰囲気で仁王立ちしていた。

 カルガは一瞬辺りを伺い、顎で扉の中を指すと、リーファは中へと飛び込んだ。ここまで相当急いだ様子で呼吸は中々落ち着かず、ずっと肩で息をしている。


「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯モモが⋯⋯られた⋯⋯」

「チッ! マジか」


 驚愕の表情をカルガは浮かべ、ダルも頭を抱えて見せた。


「こっちと一緒に行動していれば⋯⋯」

「たられば言っても始まらねえ」

「でもよ、モモが関わったって証拠があったのか? 敵は全滅。中のガキ共はモモの姿を見てはいないだろう?」

「確かに⋯⋯」


 アスクタの言葉に、みんなが押し黙る。

 何か証拠となる致命的なミスがあったのか? 考えても始まらねえ。


「リーファ、ひとっ走りしてくれ。書状を持たすからそこに行け。アンとマインに接触出来る。この事を伝えるんだ。いいな」

「うん。分かった」


 力強く頷くリーファへ、書状を渡す。クランスブルグのログハウスへとリーファは駆け出した。


「やり方が粗くなってきやがった」


 カルガは奥歯をギリと鳴らし、怒りと悔しさを見せていく。なりふり構わない雑なやり方。焦っているのか?

 カルガはひとつ溜め息をつき、短い付き合いだったが、モモを偲ぶ。最後に交わした言葉、そこに彼女の優しさが垣間見えた。また、やり切れない思いが澱となって心に積もって行く。


「無念だったろうに」


 カルガの零した言葉にダルがポンと肩に手を置いた。

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