第82話 困惑と金色の矢

 ダルがリングに付いた鍵を堅牢な扉へと差し込んだ。ゆっくりと回して行くとカチリと音を立て、鍵は回った事を告げる。

 ダルはカルガと視線を交わすと、そのまま大きな取っ手を下へと下げた。音も無く、扉は滑らかな動きえを見せ、隠していた者達へと通じる扉は開く。

 意を決し、ふたりは中を覗くと長いテーブルに整然と並ぶ椅子。寝間着に見える小綺麗な服に身を包む子供達の姿が見えた。上は15、6歳、下は7、8歳といった所か。清潔感はあるが何も無い殺風景な大広間。突然現れた小汚い血塗れのおっさんふたりを見ても、声を発する事も無く淡々と佇んでいた。その姿から覚える大きな違和感。

 キラキラとしたいくつもの瞳。

 純粋無垢な瞳とは違う異質な瞳。

 瞳孔が少しばかり開き、異常さを感じるその瞳にカルガとダルも思わず息を飲む。

 ふたりに気付いた子供達が、そのキラキラとしたまがい物の瞳をふたりに向け始めると、その空間はさらに異質な物へと変貌していった。

 気味が悪い程の静けさに、体の痛みすら忘れて佇んでしまう。想像以上の異常な空気にふたりの感情はどう処理すべきか混乱を持していた。


「おじさん達だれ? 何で怪我しているの? 大丈夫?」


 年長者とおぼしき少年がふたりに首を傾げると、カルガの瞳が悲しみを映す。

 言葉を失っているふたりを子供達は気持ち悪いほどのキラキラした瞳で、怪訝に見つめるだけだった。





 崩れ落ちそうな膝にリーファは力を込める。激しい息遣いのまま赤い髭のドワーフを睨んだ。

 悠々と戦斧を構え、憐みさえ浮かべる赤髭の瞳にリーファは悔しさから唇を噛んだ。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの? あなた?!」


 横目で血塗れのリーファを覗き見した。モモは前方を睨んだまま焦りを見せる。


「問題ないね⋯⋯。⋯⋯ちょっと油断しただけ⋯⋯」


 力の無い軽口に、モモは顔をしかめる。

 タウロスを援護に回す? それはいいけど、私は大丈夫かしら。私が倒れたら、この子(召喚獣)達も消えてしまう。

 どうする?

 血塗れで荒い息遣いを見せるリーファの姿。意を決し、モモは顔を上げる。


「タウロス!!」

『『ブォオオオオオオオオオオオオ』』


 モモの叫びに呼応し、咆哮を上げる。タウロスはリーファと赤髭の間に飛び込んで行き、モモはアスクタの方へと駆け出した。


「召喚士だ! 召喚士を追え!!」

「もう! イヤだぁー、来ないでー」


 モモは短い手足で必死にもがいて行く。兵士達のいくつもの足音が背後へと迫った。

 はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯。こんな必死に走るのは、いつぶりかしらね。


「モモ! 飛べ!」


 飛べって、あなた!?

 大木の陰から姿を現したアスクタが、手招きしながら叫ぶ。モモはわけも分からず、前へと飛んだ。


「上等。《ヴェント》」


 アスクタは口端を上げ詠う。手の平から放出された緑色の小さな光が地面へ吸い込まれた。


「「「ぎゃあああああああああ」」」


 四肢を千切りながら何人もの兵士が上空へ舞い上がる。地面から吹き上げた風の刃が兵士を襲った。

 モモはその凄惨な光景に目を背け、アスクタは腰の長ナイフをゆっくりと抜刀する。


「あれ? あなた戦えるの?」


 モモが首を傾げて見せると、アスクタは顔をしかめて見せた。


「ええー。誰が戦えないって言ったんだ? オレ達みたいなのが生きる為にはコイツは必要不可欠なんだぜ」


 アスクタはそう言ってナイフを一振りして見せた。モモは頷きながら懇願する。


「お願い。時間を作って⋯⋯。地と空を交えよ。煌々たる星の命運を我に従属されたし⋯⋯」


 モモはアスクタの後ろで長い詠唱を開始した。背後から聞こえる詠にアスクタも、自身のすべき事が明確になり瞳を滾らせていく。


「んじゃぁ、期待に応えちゃおうかな」


 アスクタはモモを狙う兵士達と対峙する。7、8人の兵士が一斉に襲い掛かる。アスクタの素早い振りがモモを狙う刃を弾き返す。モモを狙う刃を片っ端に弾き返して行った。


「相手はたったふたり! 怯むな!!」

『おおおおお!!』

「ハッ! 変にやる気出してんじゃねえよ!」


 アスクタが次々に兵士達と激しく切り結ぶ。向かって来るいくつもの刃を弾き返し、背負う召喚士の前に立ちはだかり壁となる。



 ガン! 激しい金属の衝突音。赤髭の戦斧とタウロスの斧が激しくぶつかり合う。純粋な力と力の衝突に赤髭は口端を上げて行った。


「ハハハ、やるのう。こんな辺鄙な場所でやり合える者に出会うとは。久しく忘れていた血が煮えるわ!」


 赤髭が圧を上げて行く。強者の訪れを心から歓迎していた。

 タウロスもまた、対峙する者の圧に呼応するかのように纏う圧が上がって行く。

 何度となくぶつかり合う刃、後ろへと吹き飛ぶ赤髭が勢いをつけて再びタウロスの懐へと突っ込む。


「フン!」


 斬り上げる戦斧が、タウロスの胸を抉る。タウロスの胸から流れるのは青い血。腰につけていた回復薬を飲みながらリーファはその光景に目を細める。

 あれがモモの言っていた魔力みたいなやつって事? 死にはしないって言っていたけど、あのままだといつか消えちゃうんだっけ。

 しかし、こんだけの傷だと回復薬なんて焼け石に水ね、大して効きゃあしないよ。

 リーファは自身の傷にそっと手を添えた。流れ落ちる血が止まらない。のんびりとしている余裕はこっちも無いわね。手に付いた血を袖口で拭う。

 タウロスが消える前に何とかしなければ⋯⋯。眼前で切り結ぶ赤髭とタウロスを見つめ、大きく息を吐きだし意識を切り替える。

 召喚獣をたったひとりで抑えるなんて化け物か勇者しかいないと思っていたよ。


「あんた、ちょっとだけ尊敬する。でも、邪魔するなら排除するだけ。モーちゃん行くよ!」

「モーちゃん??」

「牛といえば、モーちゃんでしょう!」


 ナイフを握り、タウロスの後ろから飛び込んで行った。タウロスの合間を縫うように激しい突きを見せる。タウロスの重い斬撃とリーファの素早い突きのコンビネーションに赤髭は、後退を余儀なくされた。動く度にリーファの胸から血が流れ落ちる。タウロスもまた胸からの青い血、魔力の流出は止まらない。

 そんな事は気にする素振りは見せず、リーファは熱を上げて行き、タウロスの気迫は溢れ出す。


『『ブォオオオオオオオオオオオオ』』


 タウロスもまた強者を前に吼える。

 ただ、その咆哮は残り火を告げる合図だった事に気が付いたのは、タウロスの体が消失し始めてからだった。

 魔力切れ。

 リーファの表情は一気に険しさを見せる。耐え忍んでいた赤髭の力が解放されていった。


「おおおおおぁぁあああ!」


 赤髭が咆哮と共に戦斧を激しく振り抜く、リーファに弾き返す力は最早残されてはいない。何とか受け流し致命傷を逃れるので精一杯。リーファの体がまた戦斧に少しずつ削られて行くと、今度はリーファが後退を余儀なくされた。激しい斬撃が容赦なく振り注ぐ。擦れる金属が火花を散らす。赤髭の刃が、またリーファに届き始めた。

 血を流し過ぎ、体に力が⋯⋯。

 かち上げられたナイフと共にガラ空きとなったリーファの体。鋭い戦斧の刃がガラ空きとなった体へ重い振り下ろしを見せる。

 しまった。

 顔をしかめ、リーファは固く目を閉じると覚悟を決める。戦斧の軌道は確実にリーファの急所を捉えていた。

 くっ!!

 

 ⋯⋯うん?

 覚悟を決めたはずの斬撃を感じない。リーファは怪訝な思いで目を開けた。


 ドサ。


 膝からゆっくりと崩れ落ち、前のめりに倒れて行く赤髭。眉間にはサジタリウスの金の矢が突き刺さっていた。

 ゆっくりと顔を上げて行くと噴煙を上げる壁。堅牢を誇っていた迷彩な壁が、ガラガラと大きな音と共に崩れて行った。

 助かった。

 リーファの全身から力が抜けて行く。安堵と痛み、相反する感覚が全身を駆け巡る。

 向こうは?

 リーファがゆっくりとモモ達の方へ顔を向けて行った。



「⋯⋯付き従い非を破れ。今、壮麗なる門を開く《アリエス》」


 空間の裂け目から現れたのは、鋭く尖る巻き角を携える見た事も無い大きな羊。

 孤軍奮闘を続けるアスクタの横へ飛び込んで行くと、その鋭い強固な角で次々に兵士を吹き飛ばし、腹部へ大きな穴を開けて行った。

 体中に傷を負いながらも、その勢いにアスクタは口端を上げ、守勢から一気に攻勢に転じた。弾き返すだけだったアスクタのナイフが兵士に襲い掛かる。その素早い斬撃が兵士達を戦闘不能へと追い込む。突然現れた大きな羊、その鋭利な角が局面を一転させ、兵士達の混乱を呼び込んだ。アスクタがその混乱を味方にし、一気に勝負に出る。

 勝機。

 アスクタの瞳が爛々とした輝きを見せた。

 その姿にモモが少し安堵すると、視界に片隅に消えて行くタウロスの姿。

 うそ!? ヤダ! あの赤髭にやられたの? ⋯⋯リーファ!

 モモはすぐにリーファに視線を移す。傷だらけのリーファが赤髭に翻弄されていた。

 ど、どうする?? 


「サジタリウス!!」


 モモの叫びにサジタリウスは赤髭へと狙いを定める。その必中の金の矢が赤髭の眉間を捉えた。





 戦場から戦いの気配は消えた。膝を落すリーファにモモとアスクタが駆け寄る。力無く顔を上げるリーファと視線が交わった。ボロボロのリーファの姿にモモは詠う。


「地と空を交えよ。煌々たる星の命運を我に従属されたし、彼の地、我の血、交わりたまえ命運を。降り注ぐ光輪の従属者。我が盾、我が鉾となる理に従え。開け彼の地への桟道、我は正を司る者。付き従い非を破れ。今、壮麗なる門を開く《アクエリアス》」

 

 水瓶を肩に抱える美しい女性が現れる。女性は微笑みを讃えたまま水瓶にたゆたう金色の水を優しくリーファへとかけて行った。リーファの傷口がみるみるうちに塞がって行き、蒼白を見せていた顔色が赤味を帯びて行くと、リーファは少し驚いた顔をモモに向けた。


「リーファ、お疲れ様。後は彼らに任せて私達は待つとしましょう。アスクタもありがとう。あなたやるわね」


 アスクタはフフンと軽く鼻を鳴らし、モモとリーファは崩れ落ちた壁を見つめた。


「こちらの壁は壊したわ。今度はカルガ、あなた達が子供達の心の壁を壊す番よ」


 モモは壁を睨んだまま言葉を零す。リーファはモモを一瞥し、また壁に厳しい視線を向けて行った。

 

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