第69話 来訪と襲来

 ジョンは広大な屋敷の門を前にして憂鬱になっていた。

 今日で何日目だったかな。

 いつの間にかに考えるのは止めていた。

 モーゼンリーブ卿邸の門番が、奥へと消えると小走りですぐに戻って来る。

 答えは何となく分かった。


「申し訳ありません。今日もお会いにはならないとの事です」


 いつもと同じ答えを繰り返す門番は、慣れた口調でジョンに告げた。肩を落とし嘆息するジョンは、片手を上げて門番に返す。


「また来るよ」


 捨て台詞のようにいつも同じ別れの挨拶をして、踵を返した。

 モーゼンリーブ卿、王家の血を引く貴族の中でも飛び切りの変人と呼ばれている。

 型に嵌った態勢を嫌い、自由奔放に生きている。

 そして、飛び切りの勇者嫌い。昔は何故? と反発した事もあったが、今なら分かる。彼は知っていたのだ、子供達が犠牲になっている事を。

 彼は辺鄙な田舎へと追いやられたが、領民からの支持は厚い。それだけで、信用に足る人物だと分かる。

 なんとか話だけでも出来ればと、通い詰めてはいるものの、門前払いの毎日。彼の勇者嫌いは相当なものだ。


「さて、どうしたものか⋯⋯」


 妙案は浮ばず、愚直に繰り返す他ないのか。





 後ろから羽交い締めされ動く事さえ出来ない。ただ、引き込まれた部屋の中に並ぶ無数のあみぐるみを見つけ、アンは力を抜いた。大きく嘆息して見せると、羽交い締めは解かれ、人懐っこいドワーフの顔を確認する。


「モモ。びっくりしたぞ」


 廊下の気配に気を配り、押さえたトーンで振り返った。


「あら、びっくりさせちゃった? ごめんなさいね。でも、ほら、あれよ、ピンチだったでしょう?」

「まあな。助かったよ、ありがとう」

「あらやだ。素直じゃない」

「オレはそんなにひねくれちゃあいないよ」

「で、あれはどういう事よ? バレちゃったの?」


 モモはいつもとは違う真剣な顔で問いかけた。神官長の言葉を指しているのはすぐに分かる。アンは苦笑いして軽く頷いて見せると、モモは驚いた顔を見せた。


「そんなに驚く事でもあるまい。アイツら森のエルフシルヴァンエルフ⋯⋯【魔族】の集落を壊滅させやがった。実際にやったのはミンとユリカだが、酷い有様だったよ。オレ自身は表には出てはいないが、マインとつるんでいる時点で鬱陶しかったに違いない。思い切って指名手配にしたんだ。もう少しこっちで自由に動きたかったんだけど仕方ない。て事で、オレは潜る。マインやカルガ達はすでに潜っているんで合流する事になるかな」

「私にそんな事言っちゃっていいの?」

「助けといて、何を今更言っているんだ。オレ達の願い通り見守ってくれている。信用するにはそれだけで充分だ」

「ねえ、集落が壊滅って人も死んだの?」

「何人も罪の無い人達が、ミンの魔法一発で吹っ飛んだ」

「そう⋯⋯」


 モモはそれだけ言って、ベッドの上に転がっていたあみぐるみをギュッと抱き締めた。

 アンは扉へ耳をあて、廊下の気配を探る。遠ざかる幾つもの足音を確認すると扉へ手を伸した。


「ちょっと、待って」


 いきなり声を掛けられ、アンは驚いて振り向くと真剣な顔を見せるモモが立ち上がった。


「どうした?」

「私も手伝う。なんかねえ、無抵抗な子供や人が亡くなっていくのっておかしいもの。そう⋯⋯なんか⋯⋯こう⋯⋯胸がモヤモヤするのよ」


 その言葉にアンは、笑顔を返す。


「そうか。そいつは心強い。耳に入った情報をこっちに教えてくれ。変に勘ぐらなくていいぞ。普通に生活をして、普通に耳にした情報だ。それをこっちに教えてくれればいい。リーファは知っているか? ウチのパーティーのヒューマンだ。彼女を連絡係に置いて置く、接触方法はまた連絡するよ」

「分かったわ」

「ありがとう」


 アンは、モモの肩をポンと叩き笑顔で扉の外へと出て行った。





 小金貨を一枚、ボロボロのカウンターに投げた。


「毎度どうも」


 白鳥の泉のオーナーは口端を上げて見せた。とてつもなく下手くそな笑顔だが、相場の何百倍という支払いに機嫌が悪いはずはない。

 スラムにいくつかある、訳ありの宿のひとつ。どれもこれも似た汚い作りだが、下手な詮索をしたりしないのはスネに傷ある者達にとってありがたい存在だ。カルガもご多分に漏れず、常宿にしているここの主人を有無を言わさず買収していた。


「カルガよう、あの爺さん大丈夫か?」

「大丈夫だ。オレらが捕まらない限りデカイ金が入るんだ、自分から金づるをぶった切る事をするわけが無い」


 ダルは階段を上がりながら、カウンターで呆けている爺さんを一瞥する。

 狭い部屋に男がふたり、ソファーとベッドに分かれて休息を取った。疲れた体はすぐにまどろみ、深い眠りへと沈んで行く。



 臭う。

 開け切らない瞼の奥で、不快な臭いを感じる。夢と現実の間、感じている不快感が現実なのか⋯⋯。


「起きろ!」


 カルガはすぐにダルを叩き起こす。部屋中がすでに煙に覆われ、煙が喉の奥に絡みつく。ゴホゴホと咳は止まらず、煙が目に入り涙は止まらない。

 枕元の装備を手にすると、ダルは扉を開けて階下を覗く。扉から部屋内へと煙が入り込み、瞬く間に部屋の中は煙が満たしていく。染みる煙の奥、カウンターで血溜まりに沈む主人が煙の間から見えた。


「爺さんがやれれちまっているぞ」

「手が早え! 油断するな」


 待ち伏せるならどこだ? いぶして外に出したいんだろう。

 まったく、一晩くらいゆっくり寝かせろや。


「ダル、飛び降りる!」

「裏口なら、回れそうだぞ!」

「ダメだ。裏口に誘導している」


 カルガは二階の窓を蹴り破り、吐き出される煙と共に外へと飛び出した。地面からの衝撃に少しだけ顔を歪めるとすぐに立ち上がる。


「ほうら、ビンゴ! だから、こっちだって言ったのよ」


 槍を構える細身のドワーフが、醜く口端を上げて見せた。その漆黒の様相からすぐに分かった。

 【黒い葉アテルフォリウム】!

 カルガは鋭い目つきを向ける。後に続くダルも黒に覆われる鎧を目にすると、渋い表情をして見せた。


「キキ・ラウバか。面倒だな」


 口から零れおちるか落ちないか、ダルはすぐに腰の曲刀を抜き飛び込んだ。

 キキの瞳に冷たい炎が宿り、槍はそのリーチを生かし、侵入を拒む。

 鋭い突きを見せる槍の切っ先を払いのけ、ダルは一瞬で距離を詰める。

 

 決める。


「シッ!」


 かち上がった槍の懐を目指し、曲刀の切っ先はキキへと迫る。

 ヘラっと意味深なキキの笑み。

 かち上がった槍、攻撃は制したはずだった。槍の切っ先は上へ向く、キキはその勢いを利用して柄の部分を鋭く振り上げ、ダルを襲う。

 ガキッ。

 固い柄と金属がぶつかり合い鈍い音を鳴らした。後ろから飛び込んだカルガの剣が柄を抑えると、今度は槍の切っ先をダルに向ける。


「グッ」


 ダルは体を捻り、致命傷を狙う振り下ろしを躱す。

 切っ先はダルの皮膚を削ぎ、胸から脇腹に掛けて長い傷を作った。

 ダルとカルガは一旦後ろへと跳ね、距離を置く。キキは槍を一振りし、切っ先をふたりへと向ける。


「奇襲失敗の巻だな」

「呑気にくっちゃべってるな。来るぞ!」


 パキ。

 背中越しに、瓦礫が跳ねる小さな音。カルガは目を剥き、ダルを横へ突き飛ばすと自らも横へ転がる。

 転がるふたりが捉えた緑光。ふたりを貫こうと背後に迫っていた。行き場を失った緑光は、朽ちるのを待つ建物の壁を轟音と共に吹き飛ばす。飛び散る瓦礫の量に、その威力は推し量れた。


「あっぶねぇー」

「ふたりか。エルフはどこだ?」


 カルガは光の出先へ振り返る。長髪のエルフが髪をたなびかせ一気に距離を詰めて来ると再び詠う。


「《ファング》」


 風の刃がふたりを襲う、ゴロゴロと地面を転がりその刃を躱す。エルフはそのまま尖るフルーレの先をダルに向けた。


「いっただきー!」


 キキがエルフに気を取られているカルガに目掛け、槍を叩きつける。カルガは何とか転がり、切っ先を逃れた。キキの槍は地面を叩き、土くれを抉る。カルガは転がった反動を使い飛び起きると切っ先をキキに向けた。


「じゃあ、オレはこっちだな。久しぶり、ケルウス。しかし、まぁ、相変わらずお前らは辛気臭えなぁ。ミランダの趣味だっけ? 相変わらず何考えているのか分かんねえ輩だぜ」

「お前ごときにとやかく言われる筋合いはないわぁっ!」

「あれれ? 怒っちゃったよ」


 カルガの様子を視線の端に捉えると、ダルの曲刀はケルウスへと向いた。

 ダルとケルウスが激しく切り結ぶ。細身の刀身が湾曲する刃を滑らせ、迫り来る切っ先を湾曲する刃が何度となく弾いていった。


「《ファング》」


 時折、織り交ぜる風の刃がダルの皮膚を斬り裂く。フルーレとうたの二刀流に、ダルはジリジリと傷を増やしていった。



 ドワーフの重さはねえが、その分スピードがある。槍も相当使い込んでいるのが、その槍捌きから伺えた。カルガは剣を両手で握り、力勝負を挑む。


「おらぁあああああ!」


 カルガは珍しく吠え、剣を振り下ろしながら突っ込んで行く。キキは槍を握る手に力を込め、カルガの刃を受けて立った。

 振り下ろす剣に槍を振り上げる。

 鉄同士がぶつかり合い。暗闇に火花が上がった。


「チッ!」


 カルガの剣は舌打ちともに宙へクルクルと舞い上がる。


「アハ」


 その様にキキは勝ちを確信し、口元に醜悪な笑みを浮かべる。無防備になったカルガへ槍を大きく振り上げ、勝負を決めにいく。


「単細胞が」


 カルガは口端を上げる。キキに出来た隙。いや、自ら作った隙を見逃さない。後ろに差していたナイフを抜きながら飛び込む。大きく振り上げた為に出来た、ガラ空きのキキの胸元。カルガのナイフは一直線にその胸元を目指し、飛び込んだ。


 !!


 ナイフを握る手に激痛と衝撃が走り、ナイフを落としてしまう。カルガは一瞬何が起きたか理解出来ず、すぐに横に跳ねた。


「うっ!」


 キキの振り下ろしは肩を抉り、ナイフを握っていた腕には投げナイフが突き刺さっていた。

 三人目? どこだ? 

 カルガは、キキを睨みながら周囲に注意を張り巡らす。

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