ペテン師と民

第68話 熱渦とペテン

 城下に集う、住民達の熱は上がっていく。子供達にはお菓子がバラ撒かれ、大人達には酒が振舞われた。熱狂はアルコールの力を借りて、上限なく熱を上げて行く。この祭りのようなバカ騒ぎをアンは城の中から冷たく見つめ、カルガとダルは顔を隠して熱の渦に紛れた。

 城壁に設置した演説台に見知った金髪の勇者が威風堂々と手を振り現れると、大きなどよめきと歓声が沸き起こる。


「胡散臭え」

「ハハ、彼のメッキはきっと剝がしやすいよ」


 カルガとダルは耳元で囁き合う。熱を帯びる住人達のそんなふたりの姿は映っていない。気持ち悪さしか覚えないこの熱狂の渦の外、カルガは演説台で笑顔を見せるメッキの勇者を睨んだ。



 湖畔の集落をあとにした。ラムザ組はカルガとアンとダル。着いて行くと頑固な態度を見せたのはいつものマイン。


「おまえは隠密行動の邪魔だ。来るな!」


 とカルガに一喝され渋々とキリエやコウタと共に一度、クランスブルグへ身を寄せる事となった。マインの裏切りは周知の事実となった今、彼女にラムザでの居場所はない。カルガなりの優しさを見せたのだ。

 アーウィンとユラン、そして着いて行くと頑として譲らなかったミヒャが、森のエルフシルヴァンエルフ達の護衛として帯同する事となった。彼らもまた集落をあとにする。彼らにとってこの事態は想定内、集落の代替が存在するとあっさりとした口調で言った。他の人種では不可能な事を事もなげに言ってのける。間違いなくここの人達はとてつもなく優秀で、とてつもなくお人好しなのだ。改めて実感した。





「諸君! 今日は特別な日となる。ここに集う選ばれし民よ。我々はこの世界において、この世界を導く存在にならなくてはならない。なぜなら、ここラムザの人間が選ばれし優秀な民族であるからに他ならない。我々はこの世界をひとつにして、真の平和、人を思う優しさに溢れた世界を作る、その使命を帯びているのです。なぜなら我々こそが選ばれし民族だから! 唯一無二の存在であるからです。ただ、残念な事に平和を願う我々に仇なす存在。大きな壁となり我々の偉大なる理念の障壁となり立ちはだかる存在⋯⋯それは【魔族】! そしてその存在を見て見ぬふりをするクランスブルグ! 先日、【魔族】が潜入し、国の重要な機関を破壊するという許されざる愚行を犯したのです。しかも、その犯人を追って【魔族】の集落へと向かった使命に燃える勇者二名、ミン・フィアマとユリカ・キタベ。両名とも帰還せず行方不明となっているという事実。私達は彼女達の無事を祈る事しか出来ない? いや、そんな事はない。すでに我々の同士が彼女達を救い出すべく動き始めている! 今すぐにでも私はここを飛び出し、彼女達の無事を確認したい。しかし、私にはすべき事、しなくてならぬ事がある。どうかラムザの者達よ、私と共に立ち上がり、争いのない平和な世界を作ろうではありませんか。平和な世界を拒み、立ちはだかる者達へ、正義の鉄槌を下ろす時が来たのです! 貴方の力を私に貸して下さい。そして、共に平和な世界を歩もうではありませんか! 私からは以上です。さぁ、皆さん今日は思う存分飲んで楽しんで下さい。そして、明日から平和に向かって、共に歩んでいきましょう」


 


 城下へ何本も伸びる伝声管から声が止むと、静かに聞き入っていた住民の歓声が城内にも轟いた。

 ユウは満足気な笑顔で手を挙げて歓声に答える。住民達の熱は加速度的に上がって行く。カルガとダルはその熱狂の渦の中、冷えた視線をずっと向けていた。



「パチモンの詐欺師が」


 アンは盛大に顔をしかめ、ひとりポツリと言葉を零す。

 独裁者きどりか? ただの劣化版だ。

 酒に酔わせて、中身の無い演説で煽る。どうしようもねえクズだ。しかも何だ、中身のねえ、クソみたいな演説。なんであんなのに歓声が起こる。胸くそ悪くてどうにかなりそうだ。たちの悪いコメディーでも見ているのか。


『続きまして、神官長であられますグルア・ロウダ様より皆様にお伝えする事があります』


 神官長? アンは伝声管を怪訝な表情で見つめる。


「皆様にお知らせを申し上げます。只今、王よりお話のあった我が国へ対する許されざる行為、その行為を助長した不届き者を、我が国より出してしまいました。国家に対する反逆行為を許すわけにはいきません。どうか、皆様の力添えをくれぐれもお願い致します。⋯⋯以下の者を国家反逆の罪にて、報奨金小金貨一枚、生死問わず、捕縛または首を持参。カルガ・ティフォージ、ダル・ハッカ。大金貨一枚、マイン・リカラーズ、アン・クワイ。以上4名」


 ゆっくりと一礼し、神官長は演説台をあとにした。連なった二名の勇者の名に城下はどよめき、困惑を見せて行く。

 ある者は信じる事が出来ずに懐疑的な顔を見せ、ある者は裏切りに怒りを見せる。そして、腕に覚えのある者達は、その額の大きさにほくそ笑む。

 城壁に立ち並ぶ兵士が、精密に描かれた4名の似顔絵入りのビラをバラ撒く。人々は熱狂のまま、我先にとヒラヒラと舞い落ちるビラに手を伸ばして行った。



 誤算。

 カルガとアンを別の場所にいながらも同時に厳しい顔を見せた。

 まさかアンもお尋ね者になるとは思いもせず、向こうが先手を打って出た事に臍を嚙む。



 アンは静かな廊下を警戒しながら早足で進む。柔らかな絨毯はアンの音を吸い込み、気配を消す。

 怪しまれているのは分かっていた。だが、決定的な尻尾は見せなかったはず。なりふり構わぬ向こうのやり方に何か焦りが見え隠れする。

 とにかく、今はどうにか身を隠さないと。


(向こうの廊下にいました)

(ひとりで当たるな! 一個隊で当たれ!)


 怒号がアンの耳に届くと、やり辛さを覚え、舌を打つ。軽やかな足音が左右から届くと、いよいよ行き場を失う。余計な戦闘は避けたいのだが、仕方なしか⋯⋯。腰の剣を抜き、静かに構える。忙しなく視線を左右に振り、兵士の姿が見えるのを待った。

 近い。

 バタバタと床を踏みつける音が大きくなり、接触は時間の問題。アンは剣を握り直し、その時を待つ。兵士の影が曲がり角から伸びる。

 カチャ。

 後方でドアノブを回す音が、聞こえるとアンの口に手が伸びる。一瞬の出来事にアンは目を剥き、体が硬直するとアンの体は静かに部屋の中へ投げ込まれて行った。





 大きな水球から伸びる長い管、その先についたマウスピースを加え、静かに煙をくゆらせている。部屋に集う眉目秀麗な男と女が6人、ゆっくりと煙をくゆらすミランダの周りで思い思いに時間を潰していた。


「なぁ、ミランダ。さっきの演説聞いたか?」

「興味ないわ」


 ドワーフにしては珍しい、細身の女が口端を上げながら煙を吐きだすミランダに言葉を投げる。ミランダは“フゥー”とドワーフの顔に煙を吹きかけるとドワーフは両手で必死に煙を払い、可憐な顔を盛大にしかめて見せた。その様にミランダは満足気な顔を見せると、ドワーフはミランダを睨んだ。


「キキで遊ぶのはおやめなさい」


 奥でお茶を嗜んでいるエルフがミランダを諌める。“フフ”とミランダは微笑むだけで、すぐに視線を外した。優雅な手つきでカップを口に運ぶ、長髪のエルフ。碧い髪は陽光をキラキラと反射し、体から薄いすみれ色のオーラを纏って見えた。切れ長の目を閉じ、ゆっくりと口へと運ぶ仕草だけで優雅を演出出来るのはエルフならではか。


「キキ、ごめんなさい。あなたが余りに可愛いのでちょっといじめたくなっちゃった。それで演説がどうかしたの?」


 ミランダはキキの隣に座ると、優しく肩に腕を回した。キキは頬を膨らましながらも、ミランダの腕を受け入れる。


「国家反逆罪で、カルガとダルに懸賞金かかったんだよ。ケルウスとふたりでちょっと狩って来てもいいかな?」


 キキは優雅にお茶を口に運んでいるエルフを指差した。ミランダは眉をひとつ上げ、逡巡の素振りを見せる。その姿にキキは続けた。


「だってさぁ、あのふたり狩っただけで、小金貨二枚だよ! 美味しくない?」

「分かったわ。今は動く時ではないし、あなた達もヒマですものね。ただ、やられそうになったらすぐ帰っていらっしゃい。いいわね。それと、モルバン。あなたも着いて行きなさい」

「ええー、面倒くさい。ふたりで行くって言っているんだから、いいんじゃん」


 色白の男は赤い短髪をバリバリと掻きながら、その薄い唇を尖らして見せる。見た目より筋肉がついているのが袖から剝き出しになっている腕の筋肉と、肩周りに見える盛り上がった筋肉で分かった。


「そうだよ。いいよ、ケルウスとふたりで行くよ」

「ダメよ。モルバンは鼻が利くのだから、サッサと見つけて片づけてらっしゃい。念には念よ。それにあのふたりを甘く見ない方がいいわよ」


 膨れるキキの横でモルバンは嘆息していた。ケルウスは静かにカップを置くと三人はすぐに準備の為、部屋を出て行く。人数が減って、より静かな部屋。過度な装飾は配していないが、彩り鮮やかな一見するだけで分かる高価な壺や、細かい紋様を描くレリーフが部屋を飾る。ミランダはまた静かに煙をくゆらし、ソファーに体を預けた。


「宜しいのですか?」


 ミランダの後ろに立つルクが、体を折るとミランダの耳元で囁いた。ミランダは顔をルクの方へ向け、息が掛かる程近づくとルクの耳元へミランダは囁き返す。


「向こうの欲しい物でしょう? 私がその首持って行ったら、向こうはどう思うのかしら? どう? 面白そうじゃない」


 微笑むミランダにルクも妖艶な笑みを返す。

 ミランダは後ろから覗き込むルクの首に手を回し、ルクの頬を自分の頬へと引き寄せて行った。

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