第54話 薄い記憶と深い森

 届くのは吉報か凶報か、カルガの眼前に座る男の所作から嗅ぎ取る事は出来ない。心許ない背もたれに体を預け、男が口を開くのを嘆息しながら一瞥する。


「結果から言えば、カルガ、あんたの望む答えには辿り着かなかった。大体、二日であんな雲を掴むような話を調べろってのに無理があるんだよ」

「んだよ、使えねえなぁ」

「チッ! 全く言う方は楽だよな。それと話は最後まで聞け。続きがある」


 カルガは鋭い視線をヤクルに向け、顎で続きを急かした。


「ガキ共がいる施設で、隔離している類のものは見つからなかった。そもそもあるのか? そんな施設。まぁ、それは置いといてだ⋯⋯」


 ヤクルはニヤリと悪い笑みを浮かべ、カルガに向き直す。顎に手を置き続く言葉をもったいぶって見せた。カルガはチッ! と軽い舌打ちと共に中金貨を放り投げる。


「ヘヘ、毎度」


 イヤらしい笑みと共に見事にキャッチして見せると、ヤクルの瞳が真剣さを一気に帯びた。


「西のそう深くない森。高い塀に囲まれた施設があるってよ。厳重過ぎて、中の事は一切漏れてこない。普通何かしら漏れてくるものだが、これだけ何も漏れて来ないってのは、逆に気にならねえか? しかも、ご丁寧に塀の周りには見えない罠が仕掛けてあって、近づこうとすれば、ボン! だってよ」


 ヤクルは指で弾け飛ぶ様をカルガに見せた。カルガはポケットからクルミを取り出すと、コリコリと回し、ひたすらに逡巡する。小気味いいクルミの擦れる音が響く。

 見えない何か⋯⋯。すぐに想像はつく、【魔法陣】を地面に仕掛けているのだ。クランスブルグでは【召喚の術】以外では使っていなかったようだが、こっちはきっちりと使っているのか。そうなると【魔法陣】の使い手がいると、考えるのが妥当か?

 ただ、今の今まで見えない罠なんて話は聞いた事がない、あんなに都合のいい物をおいそれとは使っていない⋯⋯使えないのか? とりあえずその西の森に行くしかないか⋯⋯。


「ヤクル、詳しい場所を教えろ」

「行くのかい? 命知らずだねぇ。教えられるのは大体の場所だぞ」

「構わん」


 ヤクルがテーブルの上に地図を広げると、テーブルの上の埃が舞った。そんな事には気にする素振りも見せず、カルガは真剣な面持ちで地図を覗き込んでいく。


◇◇◇◇


 ———数日前。

 

 石の階段。冷たい廊下。薄ぼけた記憶の断片を必死に手繰り寄せる。

 アンとマイン、ラムザの勇者が王城に隠れている【召喚の間】を探し求めていた。神官や衛兵を捕まえて吐かせようかとも考えたが、効率が悪いし、そもそもこっちが探っているのがバレてしまう。仲間になる気は毛頭ないが、今の段階でアラタやユウ達とあからさまな敵対関係になるのは芳しくないと、ふたりとも考えていた。

 自らの古ぼけた記憶を引っ張りだすが、朦朧とする意識の中、気が付けば【謁見の間】で王の前にいた。王との謁見自体、断片的な記憶しかないのに、それ以前ともなればさらに記憶はザラつく。

 ふたりは溜め息を吐きながら、【謁見の間】へと通じる石の階段をこの広い王城にて探し求める。だが、一向にそれらしい物は見当たらず、それに通じる欠片さえ見つける事が出来ないでいた。


「これだけ探してないと言う事は、やはり隠し階段か?」


 マインは前を向いたまま、小声でアンに問いかける。首を傾げるアンがふいに立ち止まる。


「アハ。相も変わらずの仲良しさんね。ご機嫌はいかが?」


 エルフには珍しい漆黒の黒髪と、どこまで深い黒の瞳。スレンダーな肢体をやはり黒い軽装で身を包み、満面の笑みをふたりに向ける。シャープな顎に少し下がった目尻が、より妖艶さを浮び上がらせていた。


「ミランダ。そっくりそのままその言葉を返そう」


 マインの言葉に、ミランダは隣に並び立つ猫人キャットピープルの男と視線を交わす。切れ長の目で色気を漂わす端正な顔立ちの男が、薄い笑みをミランダに返した。


「フフ、あげないわよ。行くわよ、ルク」


 いたずらな笑みをこちらに向け、ミランダとルクは去って行く。マインはイマイチ要領を得ず、困惑しながらふたりを見送った。


「何をあげないのだ?」

「うん? ルクは私のものって意味だ」

「ん?? カルガがウチのパーティーみたいな感じか?」

「だいぶ違うが、まぁ、そういう事でいいや」


 アンは早い段階で説得を断念した。


 しかし、食えねえヤツだ。何か棘みたいな物を言葉尻から感じるのは、気の回し過ぎなのか。ヤツのパーティーは猫人キャットピープルのルクを筆頭に眉目秀麗な手練れが6人。メンバー達の纏う黒い装備から通称【黒い葉アテルフォリウム】。厄災を指すその言葉で呼ばれるようになっていた。勇者の中で誰よりも優秀な人間を抱え、勇者と言えども【黒い葉アテルフォリウム】に襲われれば、その対処に苦心するだけでは済まないかも知れない。

 ミランダの静かな感じが、不気味でならない。一体、何を考えていやがる。


「アン、もう少し探そう」


 ひとり立ち止まる姿にマインが声を掛けた。アンは我に返り、また廊下を進んで行く。何か見落としてはいないか⋯⋯自らの疑心を隠すように視線は鋭さを増していった。


◇◇◇◇


 近づく事さえままならない。真実の覗き見さえ出来ぬ場所。何を隠す。見られたくない物、聞かれたくない物、知られたくない物。条件的にはぴったりだよな。

 誰も近づかない、西の深い森。人の寄り付かない森は高くそびえる木々と低い木々が生い茂り、行く手を阻む。ガサガサと生い茂る枝葉は掻き分け、目的地を目指す。

 そう遠くはないと言ってはいたが、こう進みが遅いと苛立ちは隠せない。

 ヤクルの情報を元に、もっとも近づける所であろう距離に辿り着いた。目的地まではまだあるが、ここからは慎重さが求められる。ゆっくりと進んで行くと川の音が聞こえて来た。街に注ぎ込むメルン川の上流に当たるのか。

 生い茂る枝葉を抜けた先、清らかな流れを見せる水面が目に映る。川べりには高い木々だけが立ち並び、陽光は遮られたまま薄暗さを残す。高い木々の間を縫うように流れる川沿いから、遠くを覗こうとするも、高い木々に隔たれ視界は遮られた。

 カルガは腰のポーチか携帯用の単眼鏡を取り出し、ギッと伸ばした。木の影から前方を覗く。不気味なほどの静けさが、逆に神経を尖らせていった。川沿いに見えるのは、川を覆う木々だけ。

 収穫なく単眼鏡をしまった。どこから罠が仕掛けられているのやら⋯⋯。

 腰に装備する魔筆樹マジカワンドを取り出すと、足元を照らすかのように前方を指して進む。【魔法陣】が仕掛けられていれば、何かしらの反応を見せるはずだ。そうと分かっていても見えない罠にゴクリと生唾を飲み込む。ゆっくりと一歩前に足を出し、より一層の慎重を見せていった。

 足元を注視しながら、周りの気配にも気を配る。歩みは恐ろしく遅く、焦れないように自らに言い聞かせた。


「ぅわっ!」


 前方がいきなり緑色の光源が浮かび上がる。前に下ろそうとした足を強引に戻すと、バランスを失い派手に尻餅をついた。


「いてて」


 誰に言うでもなく口から零れる、カルガは尻餅をついたまま魔筆樹マジカワンドで前方の地面を指した。

 浮かび上がる緑色の光源。間違いなく【魔法陣】だ。


「ビンゴ」


 そして、前方に何かの気配を感じる。単眼鏡を再び取り出し前方を睨む。


「ハッハァー、ビンゴだ」


 カルガの目に飛び込んだ、緑と茶色でカモフラージュされている巨大な壁。目立ちたがり屋の王族が作ったとは思えん色合いだな。遠くからでは壁と認識するのは相当に難しい。


「さて⋯⋯」


 目的地が見えれば、やる気も起きてくる。すぐに【魔法陣】の解除に当たって行く。踏めば、一瞬でおさらばだ。古代のエルフ文字を眺め、ぶつぶつと何かを唱えていた。


「アーダ、デ、ドゥング⋯⋯何だこりゃ? ビオデ、ブラーグ⋯⋯⋯⋯」


 【魔法陣】を書き直し、まるで爆弾を解除するように丁寧に一文字一文字書き換える。顔を起こし、額の汗を拭った。手頃な石をさりげなく置き、次へと向かう。繰り返し、魔筆樹マジカワンドで前方を指しながら、亀のような足取りでゆっくりと歩を進めて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る