第53話 謝罪
「おまえの話は分かった。だが、はいそうですかとはならん。ただ、ここにいる誰よりもリアーナやユウ達に近い所にいた。それを踏まえた上で、ユウがラムザで王になった。それをどう見る?」
アッカは鋭い視線を向けたまま、口火を切った。ユランはゆっくりとひとつ頷きすぐに答える。
「正直、驚きは無い。私の中では変人の集まり。その中でも、アイツが一番ヤバイと思っていた」
「うん? なぜそう思う?」
予想していなかった答えに思わずジョンが割って入った。ジョンだけではなく誰もがそう思う。問題らしい問題を起こした事もない。ただ、この中で一番密に接していたユランの言葉を受け流す訳にもいかない。困惑の色は濃くなる一方だった。
ユランは勇者達を見つめる。その瞳には何か強い意志が込められているように感じた。
「なぁ、その前にひとつ聞かせて欲しい。ジョン、ミヒャ、キリエ、コウタ。あんた達勇者は、一般の人々をどう思っている?」
ユランは勇者達に向けて逆に質問をした。漠然とした質問に四人とも首を傾げて見せる。
何をどう答えればいいのか、正直分からなかったが、鋭い視線を向けたままミヒャは口を開く。
「⋯⋯質問の意味が漠然とし過ぎていて、良く分からない。勇者以外の人達をどう思うかと言う事なら、勇者でも尊敬出来る者はいるし、そうでない者もいる。勇者じゃない者も同じ。尊敬出来る者もいれば、出来ない者もいる。とどのつまり、勇者であろうがなかろうが、尊敬出来る者とそうでない者がいると言うだけだ」
「ん、まぁ、そんな感じだな。いいヤツにも、イヤなヤツにも、勇者も一般人も関係ないよな」
ユランはミヒャとジョンの言葉に頷いて見せた。
「ユウの場合は、勇者であるという特権者意識が誰よりも強かったように感じる。いや、それにすがっていたのかも。リアーナとはまた違う、勇者はこうあるべきと、まるでお手本のような行動。そこにユウという個が全く見えない。嘘と虚栄に塗りたくられた人形を見ている、そんな気持ち悪い感覚を何度も味わった。自分自身の考えをもし本当に持っていなかったら、外からその色を塗り替えられたら、ヤツはその色に合わせてお手本のような行動を取るはずだ。今まではクランスブルグの勇者。今は、ラムザの勇者で王だという色に塗り替えられた。アイツの意識は、ラムザの勇者ならこう動く、ラムザの王ならこうするという根拠のないイメージだけで動くかも⋯⋯いや、きっとそう動く。ヤツは逆にそうとしか動けないはずだ」
ミヒャは厳しい目をしたまま俯き逡巡する。
思い当たる節がないわけではない、ただ漠然としたイメージが先行し過ぎているようにも取れなくはない。
人形。
器。
極端な承認欲求の塊?
清廉潔白とも言えるユウのイメージを、塗り替えなくてはならないのか。
「あのう⋯⋯」
アーウィンがすごすごと手を上げると、ジョンが頷いて見せる。
「どうした? アーウィン」
「あのですね。皆さん、いろいろおっしゃっておりますが、とりあえずはラムザでの【召喚の術】を止める事に集中してはいかがでしょうか? 王になったばかりで他国に何かをする余裕はまだないと思いますし、逆にゴタついている今はチャンスではないかと思うのですが⋯⋯」
「ハハ、そうだよね。アーウィンの言う通りだ」
コウタは頬杖をつきながら、頷いて見せた。ジョンも同じく何度となく頷いて見せる。
「やる事は変わらずか」
「カルガやマインさんも、きっとそれに向けて動いているはずです」
「⋯⋯初志貫徹」
「ですわね」
ミヒャは改めて、ユランに鋭い視線を向けた。どうしてもはっきりさせたい事があり、ユランに向き直した。
「ユラン。おまえはちゃんとアーウィンに謝罪したのか? 一生拭えぬ傷を負わせたのだぞ。分かっているのか」
厳しい口調で問い正す。ユランはミヒャに何度も頷いて見せ、納得した様を見せた。
僕はそんな大仰な事をされても困るだけなので慌てて割って入る。
「いやいやいや、いいよ。もう、大丈夫、分かっているから。ね、ね。ミヒャも大丈夫だから、ユランは力になってくれるから。ね、ね」
「アーウィン、こういう事はきっちりとさせるべきだ。私の気も治まらない」
「そうだよな⋯⋯」
「いやいや、ちょっと待って。じゃあ、あとで。あとで謝って貰うよ。みんなのいる前だとちょっと、ほら、僕がさ、ね、ね」
ミヒャの瞳は怒りにも似た鋭さを見せていたが、アーウィンの言葉に渋々と引き下がって行く。
僕はその姿に安堵の溜め息を漏らし、胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、ユラン。おまえはアーウィンの護衛につけ。何かあるとは考え辛いが、おまえが側にいるだけで抑止にもなる。どうだ?」
「問題ない」
突然のジョンの提案に、ユランは即答した。僕は少し驚いたが、まぁ、アッカやリックル達と一緒に何か行動するというのは、まだ厳しいか。そう考えれば、ジョンの提案は的を射た提案だ。ただ、ミヒャがジョンに向かい、もの凄く驚いた瞳を向けているのが少し気にはなるけど⋯⋯。
実はまだ、【召喚の術】の実態と、抑止の方法について詳しい話はユランにはしていない。信用していないわけではないのだが、どこまで巻き込むべきか考えあぐねていた。伝えるかどうか、この時間を使って熟慮しよう。
◇◇◇◇
パタンと開いた店の扉が静かに閉じられた。僕はカウンターから手を伸ばしたが、その手は空しく宙を掴む。
店を開けた瞬間に飛び込む、睨みを利かす大柄な
まぁ、帰るよね。ユランに悪気は全くないし、むしろ僕の手伝いを買って出てくれているぐらいだ。
言い辛い。
いろいろ、言い辛い。
「なぁ、アーウィン。なぜ、店の扉を開けるだけでみんな帰るのだ? いつもこうなのか?」
「う、うん? どうかな? たまたま今日は、かな? ハハ」
誰もいない店内にアーウィン・ブルックスの乾いた笑い声が吸い込まれて行った。
「難しいものだな、商売というのは⋯⋯」
「そうだね」
ユランのしみじみとした声色に思わず、笑みが零れる。彼女なりに一生懸命なのが分かった。開店休業状態、僕は溜まっている雑務をこなしているが、ユランは店の片隅にずっと立ち店内を睨んでいた。護衛業務にぬかりはないが、ここはぬかっていい気がする。
「ユラン。ずっと立っているだけってのも何だし、後ろで休んでいてくれていいよ。何かあればすぐに声掛けるからさ」
「うーん。別に立っているのは辛くはないが、何もしないのは何だな。そういえば、裏手の掃除が滞っていたな。そちらに手をつけるか」
「あ! 本当! それ助かるよ。中々そっちまで手が回んなくてさ」
「そうか、ならちょうど良いな」
ユランが裏手に回ると逆看板娘が不在となった。少しの申し訳なさと共に安堵の溜め息をつく。すると謀ったかのごとく次々に客が現れた。久々に覗いたら店主が隻眼になっていて、びっくりされたりしながらも、つつがなく業務をこなしていく。忙しく余計な事など考える余裕はない。アーウィンにとっての日常が過ぎて行く。
「ふぅ。ユラン! 今日はもう終わりにしよう」
「分かった!」
体を伸ばしながら裏手にいるユランへ声を掛ける。すぐに返事が返ってくると、裏手へと通じる扉が開き、ユランが顔を覗かせた。
「アーウィン、終わったのならば夕飯にしないか? 簡単な物だが作った」
「え!? 本当! ありがとう。お言葉に甘えてご相伴にあずかるね」
テーブルの上には簡単という割には、しっかりとした夕飯が準備されていた。パンとスープにハーブで焼いた鶏の香ばしい香りが食欲をそそった。
「美味しそう! いただきます。⋯⋯この鶏、美味しいね」
「そうか、良かった」
ユランはアーウィンのリアクションに、安堵したのか、初めて柔らかな表情を見せると自らも料理を口に運んで行った。
「アーウィン?!」
裏口から、ノックと共に紅い瞳が覗く。その瞳はすぐに困惑の色を見せていった。
「やぁ、ミヒャ。どうしたの? こんな時間に?」
「⋯⋯アーウィン。こ、これは一体どういう事だ?」
「これ??」
ミヒャの言っている意味が分からず、アーウィンも困惑した。ミヒャは震える指先をテーブルに向ける。
アーウィンはテーブルに並ぶ料理を一瞥し、ミヒャに首を傾げて見せた。
「これ? ユランが作ってくれたんだよ。あ! 良かったらミヒャもどう? 美味しいよ」
なんて事だ⋯⋯。
ミヒャは自らの予想が当たってしまった事に、激しく動揺し、ガクリと肩を落とし分かりやすく落ち込む。
アーウィンが首を傾げている向かいで、ユランが盛大に吹き出した。
「ぶっわぁ! あはははは⋯⋯。そうか、そうか⋯⋯」
「ユラン?! 何いきなり?」
大笑いしているユランに僕はさらに困惑を深める。あ、でもユランの笑顔を見たのは初めてだ。僕はその姿に困惑しつつも、緊張の解けたユランに安堵を覚えた。
「いやぁ⋯⋯。すまん、すまん。そうか⋯⋯。いいな、おまえ達。勇者云々とか関係無く、ひとりの人としての関係性を築いているのだな。私とトルマジもこちらのパーティーだったら結果は違う事になっていたな、羨ましい」
「そうなの? 良く分からないけど⋯⋯」
ユランはアーウィンとミヒャを見つめ、柔らかな表情を浮かべて見せた。
「ミヒャ・ラグー。心配しなくとも、おまえの想い人には指一本触れていない」
「な!?」
絶句するミヒャに、ユランはニヤリと笑みを浮かべた。顔を隠して胡麻化してはいるが、耳まで真っ赤に染め上げているのは一目瞭然。その姿にアーウィンも耳まで赤く染め上げ、動揺を隠せずにいた。
「いいな。こっちのパーティーは羨ましい。それとアーウィン、一生負わなければいけない傷をつけてしまい、本当に申し訳ない。謝罪で済むものではない、私に出来る事なら何でも言ってくれ⋯⋯いや、言って欲しい。返しきれない借りを少しでも返させてくれ。頼む」
「いやいや、ユランもういいよ。謝ってくれれば、それにこれやったのリアーナだし」
アーウィンは慌てて、ユランの頭を上げた。ユランはミヒャに向き直し、また頭を下げる。
「ミヒャ・ラグー。あなたの想い人に一生拭えぬ傷をつけてしまい、本当に申し訳なかった」
「⋯⋯ぐぅ」
どう答えればいいのか困惑しているミヒャの、あたふたと普段見せぬ姿に僕は思わず頬を緩ます。
「やっと謝罪が出来た。アーウィン、私がおまえの右目となっても構わないんだぞ」
「⋯⋯それは、ダメだ。却下だ!」
「そうか⋯⋯。却下されたのなら仕方ないな」
目を剥き即答するミヒャに、ユランは笑顔のまま肩をすくめて見せた。
◇◇◇◇
街灯は消えたまま、また灯を灯す事はこの街ではきっとない。
暗い街路、月明かりを頼りにカルガはヤクルの元へと急いだ。
約束の日。
大きな期待をしてはいないが、淡い微かな期待は胸に灯る。ギシギシとなる階段を急ぎ足で下りると、簡単なノックをしてドアを開け放つ。狭小な作りの部屋の奥で、色のついた眼鏡だけが暗い灯りに浮び上がっていた。
「ヤクル。約束の日だ」
「そう、焦るな」
落ちつき払ったヤクルの姿。
ミシっとイヤな音を鳴らす壊れかけの椅子にカルガは体を預け、ヤクルと対峙した。
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