第36話 再会と出合い

 扉を乱暴に開き飛び込んで来た。剣呑な表情で室内を伺う。

 クランスブルグ王国、勇者の居住区。

 各勇者に充分な部屋が与えられ、豪奢な共有スペースなど生活に不便なく、贅沢な生活が出来る場所。

 今まさに、豪奢な共有スペースである居間へとリアーナが飛び込んで来た。静かにお茶を嗜んでいたユウがその勢いに目を丸くする。


「どうした? こんな時間に」


 ユウの言葉に目もくれず、リアーナは部屋を物色していた。

 夜中に近い時間、どこも静かに眠りにつく時間、勢いよく飛び込んできたリアーナに呆気に取られる。


「ジョン達は?」

「自室で休んでいるのではないか?」

「呼んで」

「もう、遅い。急ぎの用でもあるのか?」

「ある。早くして⋯⋯あ、やっぱいいや。自分で呼んでくる」


 リアーナは再び乱暴に扉を開いた。足早な靴音が廊下に消えて行く。


「やれやれ」


 ユウは座り直して、ゆっくりとお茶を口に運ぶ。遠くから言い争う声が聞こえた。ジョンとリアーナだ。ユウは大きな溜め息を吐き、天井を見つめていく。

 今度は何だ? 

 討伐やパレードといった本来の仕事が一切なくなり、イレギュラーな事ばかり。

 何故こうなった? 

 何が悪かった? 

 悪い事など何ひとつしてはいない。なのに、勇者の価値が下がって行っているように感じる。

 下がっているのか? それはマズイな。

 気が付くと広い居間でひとり、爪を噛み、激しく貧乏ゆすりをしていた。

 その顔には焦りと怒りと不安が入り交じる。自信の消失した表情を見せ、椅子の上で落ち着きなく佇んでいた。


◇◇◇◇


 湖面を眺めている。疲れた顔の自分が湖面の揺れに合わせて歪んでいく。取り返しの付かない思い。もっと早く動いていれば、もっと早く決断出来ていれば⋯⋯。涙はもう枯れた。何も考えられない、何も考えたくない。

 キリエは思考を止める。悲しみと後悔。それだけが今、心の器に乗っかっていた。

 湖面を見つめる。

 疲れた顔した自分を見つめる。

 勇者なんて言われても、大切な人ひとり救えやしない。

 非力で矮小な自分が嫌い。

 自分だけが生き延びてしまったと、自戒の念に押しつぶされていく。


◇◇


 集落の住人が湖のほとりでうずくまるキリエを指差した。


「どうもありがとう。キリエ!!」


 コウタが大きな声で呼ぶと、キリエは力なく振り向いた。その姿に三人は顔を見合わせる。小さな家が散在する小さな集落で、キリエは疲れ切った顔を見せた。コウタとマインは駆け出し、カルガはゆっくりとそのあとを追う。


「どうしたの? 何かあったの?」


 心配そうに覗き込むコウタの顔を見ると、また大粒の涙を零した。


「カタが⋯⋯カタが⋯⋯、そこまで来ていたの! もう着いたの! なのに⋯⋯」


 うずくまるキリエの肩にマインは優しく手を置いた。その温もりにさらに嗚咽を漏らす。


「チッ!」


 その姿にカルガは派手に舌を鳴らした。マインがその姿を睨んだ。


「カルガ」

「はっ、いつまで、めそめそ泣いてやがる。あいつはお前を守るって仕事を全うした。なのに何だ? てめえは。めそめそ、下を向いて。死んだあいつが浮ばれねえな」

「おい、カルガ。いい加減にしろ」

「私だって、必死に抗ったのです! ただ、力が足りなくて⋯⋯、もっと力があれば⋯⋯」


 声を荒げるキリエに聞こえるように大きく溜め息をついて見せた。


「はぁー。これだから勇者様はよう。力、力ってな、そんなもんいくらあろうが死ぬ時は死ぬんだ。あいつもその覚悟を持って、パーティーに参加していた。てめえがそれを理解してなくてどうする?! パーティーに所属するってのは、体を張ってでも、てめえらを守る覚悟を常に持つって事なんだよ! そんな事も分かってねえのか」


 一気にまくし立てると『白けた』と吐き捨て、カルガはその場から去って行った。反論すら出来ぬまま言われ放題のキリエは悔しさを滲ませる。拳をきつく握り、唇を固く閉じた。立ち去るカルガの背中を睨み、涙を拭う。

 コウタは黙ってその様子を見つめていたが、小走りでカルガのあとを追った。


「カルガ、ありがとう」

「ああ? 何言ってんだ?」

「まぁ、いいや。助かったよ」

「わけ分かんねえ」


 カルガはコウタの笑顔に仏頂面を返した。



「んだと!?」


 夕食の席、カルガはここで始めてキリエがリアーナ達と接触した事を知った。アーウィンの行方が分からなくなった事に顔をしかめ、口元に手を置き逡巡していく。


「リアーナは厄介だな。そっちでなんとかならねえのか?」

「アイツは難しい。行動も考えも読めない。同じパーティーのユウでさえ手を焼いているよ」


 コウタの言葉にカルガはさらに逡巡する。その姿にコウタはふと疑問が湧いた。


「アーウィンの事は心配じゃないの?」

「あ? 心配だが、心配しても仕方ねえ。あと、やつがここに来るって言ったんだ、その言葉を信じるさ」

「来るかな⋯⋯」

「来るさ。あいつは普段はオドオドしているくせに変な所、度胸あるからな。約束したなら来るさ」

「なぁ、カルガ。言いたくはないが、リアーナに殺されてしまっている可能性はないのか?」


 マインが少し言い淀む。カルガはマインを一瞥し、続けた。


「多分、殺される事はない。向こうは情報が喉から手が出るほど欲しっているんだ。みすみす情報源を消すような事はしまい。最悪、捕まっちまった可能性もあるが、ああ見えてしたたかだ。なんとかするさ」

「それじゃ、しばらくはアーウィン待ちだね」

「それとリアーナの動きだ。どちらにせよ、追って来てはいないって事は一度戻ったはずだ。トルマジってヤツの口からカタの名が出たら、上手い事やらねえと向こうは荒れるぞ」

「私の名前も出るかも知れませんね」

「そうなったらいよいよだな。少なくともキリエ、お前はこっち側に回る事になる」

「それは構いません。遅かれ早かれでしょうから」

「はっ! いい返事じゃねえか」


 手早く料理を口に運びながら、次の動きについて整理して行く。こんなににも早く横槍が入るのは想定外。

 逡巡していたマインが顔を上げて口を開く。


「まずは魔法陣か?」

「そうだ、アベールってやつに明日会いに行く。向こうの事は向こうにまかせて、こっちはこっちでやるべき事をする」


 カルガの言葉に一同が頷いた。黙々と料理を口に運び明日からの英気を養う。


「アーウィンも待たないとね」

「もちろんだ」


 コウタの言葉にカルガは厳しい目つきで即答した。


◇◇◇◇


 “ケホッ、ケホッ⋯⋯”

 扉の外から咳き込む声が聞こえた、その声に僕はゆっくりと目を開ける。扉が静かに開き、痩せた女の子がそっとアーウィンの眠る部屋の中へと入って来る。


「やあ」


 僕は彼女の方を向き、笑顔を見せた。少し驚いた顔して苦笑を返す。


「ごめんね。起こしちゃった」

「いや、大丈夫だよ。風邪かい?」

「そんなところ」


 彼女は笑顔で肩をすくめて見せた。


「あ、僕はアーウィン・ブルックス。まだ君の名を聞いてなかった」

「ラランよ。ララン・ミルシーラ。じいちゃんはアウフ・ミルシーラ」

「ありがとうララン。おじいちゃんにもお礼を言いたいけど、まだ動けないや」

「無理しなくても、すぐ動けるようになるわよ。順調、順調」


 ラランがニカっと笑って見せた。瞳の大きな美麗な相貌に似合わない可愛らしい表情に、こちらも釣られて笑顔になってしまう。


「おい、ララン」


 扉が開き、壮年の男性が現れた。細く長い目にくっきりとした鼻筋、薄い唇はどこか高貴な雰囲気を醸し出していた。おじいさん? そんな呼び方が似つかわしくない綺麗な顔立ちを見せた。僕は思わずじっと見つめてしまう。


「おお。起きたか、あんた。しかし、なんか熱い視線を感じるが、残念ながらそれに答える事は出来んぞ」

「あ、い、い、いや! 違います、違います。余りにも想像していたおじいさんとかけ離れていたので、びっくりしちゃって」


 僕が慌てて目を逸らすと、男は大声で笑う。


「面白い兄ちゃんだな。アウフだ。こいつがじいさんって呼ぶから、ややこしいんだよな。お兄様って呼べと言っているんだけどな」

「うへぇ。何それ。お兄様って何? 気持ち悪い。こんなやつじじいで充分よ」


 顔を盛大にしかめるラランに、思わず噴き出してしまった。


「笑える元気が戻ったか。よしよし」

「すいません。お世話になりっぱなしで、元気になったら改めてお礼しますので何でも言って下さい」

「仰々しいな。そんなに気負うな。どれ、少しヒールを当てよう。背中を見せなさい」


 ゆっくりとアウフへ背中を向ける。ラランも手伝ってくれて、背中に心地良い暖かさを感じると体が軽くなっていった。


「ありがとうございます」

「もうゆっくりとなら、立ち上がって大丈夫だぞ。しっかり飯食って精を養いなさい」

「はい」


 いろいろと不思議な人達だ。綺麗な顔立ちに似つかわしくない人懐っこい感じ。心の壁なんて軽く飛び越えてくる。そこに嫌味がないので、こちらも素直に受け入れてしまう。おかげで動ける目処がついて来た。もう少しでキリエ達に合流出来る。


「しかし、何であんな辺鄙な所にいたんだ? 何もないだろうに?」

「あ、はい。僕達は北西にある【魔族】の集落を目指していたのですが、分け合ってはぐれてしまいまして、体が動くようになったら取り急ぎその集落を目指したいのです」


 アウフとラランは、顔を見合わせて首を傾げて見せた。

 あれ? 何か変な事言ったかな?


「何でまた【魔族】の集落なんて行くんだ? 普通の人間なら寄り付かない場所だろ」

「はい。【魔族】の方に教えて頂きたい事がありまして、どうしても行かなくてはいけないのです」


 アーウィンの言葉に増々、ふたりは首を傾げた。その姿にアーウィンも首を傾げる。


「なんか、変な事言っています? か⋯⋯?」

「だってねぇ⋯⋯」

「まあな」


 ふたりはアーウィンの方を見た。


『オレ(私)達が、その【魔族】だもの』


 ふたりが声を合わせた。


「えええーー!!!」


 その言葉に、僕は一瞬、痛みを忘れるほどびっくりした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る