第37話 贖罪と鍵

 ふたりが【魔族】? 

 そう言えば、カルガもキリエも良い人達だと言ってはいたが、容姿については何も聞いていなかったな。この人達が【魔族】。どこを取っても【魔族】感が全く無いよ。

 呆気に取られる僕は、美しい顔立ちを見せるふたりをずっと見つめてしまう。その姿にアウフもラランも顔を見合わせて困った顔を見せた。


「いやぁ、何だその、そんな熱い視線を浴びると照れるって」

「そうそう」


 苦笑いを見せるふたりに僕はあたふたと答える。


「あ、いや、すいません、あの、その、ちょっとびっくりしちゃったもので」

「何が?」


 ラランは面白い物を見つけたと、笑顔でベッドの端にドンと勢いよく座った。


「【魔族】って、言葉の雰囲気からは随分とかけ離れた感じだったので、ちょっとびっくりしちゃって」

「それは褒め言葉って事で良いんだよな」


 アウフは顎を触りながらニヤリとして見せた。


「は、はい。もちろんです!」

「シシシシ、アーウィンは面白いね」


 ラランも屈託の無い笑顔を見せる。面白いのかな? ラランの言葉に首を傾げて見せると、ラランはさらに笑顔を深めた。


「それじゃあ、アーウィン。お前さんの事も教えてくれ。そうさな、まずはどこで、何を生業なりわいにしているのだ?」

「はい、王都クランスで鍵屋をしています。今は開店休業中ですが、落ち着いたらまた開くつもりです」

「いいなぁ~、王都行ってみたい~」

「ラランは行った事無いの?」

「うん。無い。【魔族】が行くと色々ね⋯⋯」


 苦笑いで言い淀む様に、はっとした。王都で彼ら彼女らを見た事は確かにない、獣人やエルフにドワーフ、様々なハーフが歩いているが今の今まで見た事は無い。ただこうやって接してみて思うのは、なぜこんなにも酷い仕打ちを受けなければならないのかと。怒りにも近い苛立ちを覚えた。


「気にする事無いよ。落ち着いたら、僕が案内してあげる。何だか、おかしいもの。行きたい所にすら行けないなんてさ」


 アーウィンが苛立ちを見せるとアウフとラランはまた顔を見合わせ、今度は噴き出した。


「ハハハハハ、アーウィン、あんた面白いな」

「シシシシシ、変なやつ。あ、でも、約束ね。王都案内してね」

「お安い御用だよ。と言っても今すぐは無理だけどね」

「そうか、んじゃララン、気長に待つしか無いな」

「そんな、先にはきっとならないよ。いろいろ落ち着いたらすぐに案内する。約束するよ」

「シシシシシ、約束よ!」


 ラランの嬉しそうな笑顔に、やる気が湧き上がる。ラランを案内して恩返しするという新しい目標が出来た。何だか殺伐とした話ばかりが続いていたので、アウフとラランの笑顔に心も癒される。僕は目を閉じ、ベッドへ再び寝転んだ。


「大丈夫? 疲れちゃった?」


 ラランが心配そうに覗き込んだ。僕は首を横に振り、笑顔を返す。


「ううん。早く元気になってラランを案内しなくちゃと思って。でも、そのままだと目立っちゃうね。僕の知り合いで顔を隠して生活している人がいるから、マネすればいいのか」

「何で、その人は顔隠しているの?」

「なんでだろう? ラランみたく赤い綺麗な瞳で、肌はちょっと浅黒い感じだけど、とても綺麗な人なんだ」


 アウフの目が輝くと、好奇な瞳をアーウィンに向けた。


「はっはぁーん。アーウィン、その娘にの字だな」

「ええっ! いやいや、そんな、滅相も無い。僕なんかただの商売人だし、とても釣り合わないよ」

「シシシシ、そう言いつつも、否定はしないのね。アーウィンかわいい~」

「からかわないでよ!」


 僕は耳までジンジンとした熱を帯びているのが自分でも分かった。それを隠すように頭まで布団を被る。クスクスと笑うふたりの声が聞こえて来た。


「アーウィン、悪い、悪い、からかう気は無いんだ。ただ、その娘きっと⋯⋯そうだな、分かりやすく言えばハーフ【魔族】だな」

「え!? そうなの?」

「赤い瞳に浅黒い肌、まぁ、間違いないだろうな」

「ハーフの人いるんだ。見た事無いなぁ」

「そりゃあそうさ。街にいたら好奇の目に晒されて、落ち着きやしない。いたとしてもひっそりと暮らすさ」

「何だか、おかしな話だよね。何も悪い事していないのに」


 そう言葉を漏らすアーウィンをアウフは苦い顔で見つめた。


「⋯⋯どうかな⋯⋯」

「え?!」


 ポツリと言葉を漏らすアウフはどこか寂し気だった。聞き返した僕に寂しそうな笑顔だけ返す。


「それはそうと、【魔族】に何の用があるんだ?」


 今度は僕が言い淀む。言っていいものかどうなのか、少しだけ考えた。

 王族を嫌っているって言っていたものね。言っても大丈夫なはず。僕は改めて、ふたりを上目で見つめた。ふたりはそんな僕の姿を、小首を傾げ見つめ返す。


「【魔族】の術式について調べに来たんだ」


 アウフの眉がピクリと動き、少しばかり警戒を見せた。


「術式とは何だ?」


 僕は少し唸って、また悩む。ここまで良くして貰っていて、隠すのも忍び無い。


「召喚の術式。僕達はそれを潰す為に、今動いているんだ」


 アウフの表情から笑顔が消えた。その顔を心配そうにラランが覗く。一気に変わった空気に僕も少しばかり戸惑った。まずい事、言ったのかな⋯⋯。


「なぁ、アーウィン。そいつは本当の本気なのか?」


 アウフの今までとは違う声色に、僕も真剣な顔で頷いた。


「本気も本気だよ。現に今、クランスブルグの召喚の邪魔をしている。一時的だけどね。ちゃんと調べて、出来ないようにするべく動いているんだ」

「王族も、勇者も黙ってはいまい」

「王族は分からないけど、勇者は⋯⋯うん、そうだね。でも、こちらを味方してくれる勇者もいるんだ。だから、絶対に潰して見せる」

「もしかして、その目は召喚の邪魔をしているのと関係があるのか?」


 アウフはそう言って僕の右目を指差した。


「うん、まぁ、そんな所かな。まだ、慣れないね」


 小さく笑って見せると、アウフは真剣な表情で逡巡していった。そんなアウフの姿をラランは心配そうな瞳で見つめていたのだが、小さく笑いながらポンとアウフの肩を軽く叩いて見せる。アウフが少し驚いて見せると、ラランは笑顔を深めた。


「いいじゃん。アーウィンの手伝いしてあげなよ。これも何かの縁。いつまでもウジウジと生きていても仕方ないしさ、スッキリするかもよ」


 ラランの笑顔にアウフは嘆息する。何度も軽く頷き、アーウィンの方を向いた。


「目を潰されようと、歩みを止めずか。そらぁ本気の証だよな。もう少し具体的に教えて貰えるか?」


 アウフの真剣な眼差しに気圧されたのかもしれない。僕は今までの話をゆっくりとふたりに話す。勇者をふたり葬り去っても、目的の為に味方をしてくれる勇者がいるという事。それとは逆に執拗に迫る勇者。ラムザの術も潰す為にラムザの勇者が味方についてくれた事。召喚の術を潰す為に【魔族】の集落に向かった事。そして、勇者に捕まり、目を奪われた事。


「⋯⋯とまあこんな感じです。今も仲間が集落で待ってくれているはずなので、早く治さないとなのです」


 アウフは目を閉じ、黙ってアーウィンの話に耳を傾けていた。ラランも真剣な表情で寄り添う。


「じいちゃん、手を貸してあげなよ。じいちゃんの為にもさ」

「アウフさんの為?」


 アーウィンの首を傾げる仕草に、ラランは意を決したように口を開いた。


「その召喚の術を守る為に、長年じいちゃんが研究していた術が流用されているんだよ。あいつらが勝手に盗んだのにさ。じいちゃん、自分の研究が盗まれたせいで私達が虐げられ、子供が犠牲になっているって、ずっと苦しんで⋯⋯お願い、アーウィン。じいちゃんを救ってあげて!」

 

 ラランの涙ながらの訴え。明るいラランが、大粒の涙を零し訴える姿に僕は大きく頷き返す。寂しげな眼差しを見せるアウフに僕は笑顔を見せた。


「アウフさん。僕達が止めます。アウフさんの研究を奪い返して来ます。だから力を貸して下さい。お願いします」


 僕はベッドの中で頭を下げた。ずっと黙っていたアウフが顔上げる。


「アーウィン⋯⋯宜しく頼む。私に贖罪の機会を与えてくれた。一族を巻き込んでしまった、あんな研究しなければ良かったと思わない日は無かった。一族のみんなに合わす顔もなく、ラランにも寂しい思いをさせている。私に出来る事は何でもしよう」

「心強いです。アウフさん」

「なんかじいちゃんが、私って言うの変だね。シシシシ」

「からかうな!」


 ラランの一言が場の空気を柔らかくした。


「それでアウフさん、アウフさんの研究していた術ってどういうものなのですか?」

「【結界】の研究をしていた。王族はそれを召喚の術で使う魔法陣に張って、書き換えリライト出来なくしているはずだ」

「【結界】⋯⋯」

「分かりやすく言えば、魔法陣に鍵を掛けているって事だ」

「なるほど! 鍵なら僕の得意分野ですよ」


 僕はそう言ってふたりに胸を張って見せた。

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