第35話 魂の行方
顔色はどんどんと蒼くなり浅い呼吸を繰り返す。
「カタ! もう少しよ!」「カタ! 傷は塞がっているわ、大丈夫!」
キリエは何度となく声を掛ける。後ろから追ってくる気配は感じない。大丈夫と自分自身にも言い聞かせ、北西の集落へと急ぐ。
トルマジにも手加減はした、死ぬ事はないはずだ。人を襲ってしまったという罪悪感に言い訳を探す。
木々の合間を抜けると、大きな湖にぶつかった。湖面は透き通り陽光をキラキラと反射させている。対岸に点在する小さな家が見えて来た。
着いた。
キリエの心に安堵が宿る。
「カタ! 着いたわよ」
キリエは振り返る。カタがゆっくりと鞍上から崩れ落ち、地面へと落ちて行く。スローモーションのようにゆっくりとした動き。キリエは言葉を失い、ただただ、その姿を見つめてしまった。
「カタ!!!」
キリエはその名を叫ぶが返事はない。鞍上から飛び降り、地面に力なく投げ出されたカタを抱き寄せた。
肩を大きく震わせ、大粒の涙を零す。キリエは零れ落ちる涙を拭う事もせず天を仰ぎ見る。
キラキラと光る湖面が、悲しみに暮れるふたりを美しく映し出した。
◇◇◇◇
「ユクスさん、この体を元の子に返す方法は本当にないの?」
コウタの淡い期待にユクスは首を横に振った。緑色の瞳が憂いを帯びている。
「お前さん達の世界にも、死んだ人間が行く場所があったのではないか?」
「うーん。そういう場所があるとは言われていたよ。実際は分からないけど」
「ふむ。お前さん達の魂は行くべき場所を間違えたのかも知らんな。たまたま、こっちの世界に迷い込んだ所に術式が行われていて、さ迷っていた魂を肉体に無理矢理吸着させられたって所かのう」
「元々の体の魂を、また吸着させればいいんじゃないの?」
「もう、魂は行くべき場所に行ってしまったか、別の世界に迷い込んでしまったか⋯⋯何にせよ、この世界に魂は留まってはいまい」
コウタとマインはあらためて返す言葉は出てこない、贖罪の機会を断ち切られたような心持ちに表情は影を落として行く。
その姿を見てユクスは続ける。
「仮に魂がこっちの世界に留まっていたとして、術式を行って元の魂が戻るかは甚だ疑問じゃな。また、誰か分からぬ魂が吸着してしまう可能性が高いのではないか。ならば、お前さん達みたいな善良な魂が吸着して良かったと思うぞ。元の魂のままなら極悪人になったかも知らん、それを食い止めたって可能性もあるぞ。悪い方ばかりに考えるな、今を生きているのはお前さん達だ。なあ、カルガ、そう思うだろう」
「何で、オレに振る。知らねえよ」
「やつもそう思うとさ」
ユクスが不器用なウインクをして見せると、コウタとマインは噴き出してしまう。
「それそれ、笑顔で前に進めばいい」
「そうだな。ユクス、ありがとう。いろいろ吹っ切れた気がする」
「お嬢様にはやっぱり笑顔でいて貰いたいからのう」
「そ、そんな柄じゃないぞ」
「照れる所もかわいいのう」
あたふたとするマインの姿が微笑ましく、その場の空気は一気に緩んだ。
この人達は凄いな。ひとつひとつの言葉が、前をしっかりと向けさせてくれる。マインがそう感じていると、コウタもいつの間にか顔を上げていた。
「本題に入ろうや。じいさん、召喚の術式を止めるいい方法知らねえか?」
「せっかちなやつだのう。詳しい事は知らん。ただ、魔法陣を張って、行っているとなるとちょっと面倒かもな」
ユクスの渋い表情に、マインとコウタは顔を見合わせた。
「魔法陣を消せばいいのではないのか?」
「じいさんが言いたいのは、そう簡単に消せないって事だ。魔法陣自体に
「そういう事じゃ」
「それじゃ、まずはその結界を外さないとならないって事?」
コウタの言葉にユクスは黙って頷いた。
「ユクスは、知らないのか?」
「あいにく、専門外。魔法陣に詳しいやつなら、ここからちょっと北に上がった集落にアベールというのがおるんで、訪ねてみるといい」
「結界に詳しい人はいないのかな?」
コウタの言葉にユクスは渋い顔を見せる。少しばかり唸ってみせ、渋い顔のまま答えた。
「アウフという変わり者が結界の研究をしておったが、王族に研究を騙し取られて隠遁生活をしておる。どこにいるのか⋯⋯たまにフラっと集落に現れて狩りで取れた物を生活品と交換しているが、接点がないからのう」
「とりあえず、北の集落でアベールさんとやらから魔法陣の事を聞き出すぞ」
「教えて貰えるかな?」
「さあな。じいさん、アベールってのはどんなやつだ?」
「そうさな、ちょっと偏屈なドワーフみたいなやつだな」
「ドワーフなんてみんな偏屈じゃねえか、良くわかんねえ答えだな。まぁ、行ってみればどうにでもなる」
「キリエが向かった先ではないか? 方角的に見て間違いない」
「アベールってやつに辿り着いているかは分からねえ。とりあえず、行くしかねえだろう」
「異論はないよ。行こう」
ユクスに挨拶をして、早々に西の村をあとにした。夕闇の訪れも気にする事なく森を駆け抜けて行く。
「湖のほとりって言っていたわね」
「ああ、分かりやすくていい」
カルガは前方を睨みマインに答えた。暗い影を落とし始めた森を三頭の馬が駆け抜けて行く。
◇◇◇◇
冷たい。
思い出す感覚はそれだけだった。
暖かい。
柔らかな心地の良い感触。左目をゆっくりと開く。湾曲する木目の天井。
首を少し動かすと、ピリっと背中に痛みが走った。その痛みが、自分が生きているという確証になる。同じ木の家だが、ジョン達のログハウスとはだいぶ趣きの違う部屋。綺麗な装飾が嫌味なく施されている。過度な装飾はなく、初めて見るデザインにしばらく見惚れていた。
ここはどこ?
潰された右目に恐る恐る触れてみる。しっかりと包帯が巻かれ、治療が施されていた。それとふかふかの布団。
そうか、誰かが助けてくれたんだ。
僕は大きく息を吐きだした。キリエ達に合流しないと。ゆっくりと体を起こす。全身に電気が走り激しい痛みが全身を襲う。
「ぐはっ⋯⋯」
もう一度。
「ああ!! 目覚めた!? あ、ダメダメダメダメ。まだ、起きられる体じゃないよー」
扉が開き、痩せぎみの少女が飛び込んで来た。赤い瞳に紫掛かった肌の色。ぱっちりと大きな猫目に大きめの薄い唇。目鼻立ちのはっきりとした美少女が、アーウィンを寝かしつけていく。瞳と同じ赤い長髪を緩くひとつに結び、動く度に揺れていた。
同じくらいの年かな?
起き上がるのを素直に諦め、ベッドで大人しくする。
「君が助けてくれたの?」
「ううん。じいちゃん」
「治療もおじいさんがしてくれたのかな?」
「治療したのは、わたしとじいさん。シシシシ、君、結構ひどかったんだよ」
「そっか⋯⋯。ありがとう。命の恩人だね、元気になったら何かお礼をしないと」
「いいよ、そんなの。気にしないで体治しなよ。また、あとで様子見に来るから」
「うん。素直に甘える。あ! どれくらい寝ていたの?」
「一日半くらいかな。じゃあね、あとで」
「ありがとう」
一日半か⋯⋯。無事である事を伝えたいけど術がないね。早く治して合流しないと、ここは素直に甘えておこう。合流する事が最優先だ。
全身の力を抜くと、体がベッドに包まれる。少女と話をして、だいぶ頭の中が整理出来た。目を開けると、以前より狭くなってしまった視界。怒りも悲しみも別段ないのだけど、何か心の中にモヤモヤとした物が鎮座していた。それが何なのか分からないが不快な感覚なのは間違いなかった。
余計な事を考えるのは止めよう。今は動けるようになるのが最優先。
「あ! 彼女の名前、聞きそびれちゃった。次あったら聞かなきゃ」
そう言葉を零し、僕は目を閉じていった。
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