第6話 ランプの灯り

「おい! 右だ! 右に回れ!」

「次行きます! 離れて下さい! 《イグニスファイア》」


 青い髪を持つ小柄な女性が放つ、極大の光の柱。地面へと降り注ぐ光の柱が大爆発を起こした。暗い森を一瞬オレンジ色に照らし出す。

 爆発の勢いもまた極大。迫り来るオーガが四肢を千切れながら群れごと吹き飛んだ。

 かざした手を下ろすと、ふうっと溜め息をして掛けている眼鏡を直した。


「相変わらず、エグイね。キリエの一発は」

「ほら、コウタ。次はあなたの番よ」

「ほいほい」


 少年とも見紛う、小柄な童顔の男。くりっとした小動物のような黒目がちな目に、短い黒髪を横に流す。エルフのような緑色を基調とした軽装に弓を携え、オーガの群れに向けて、天高く光り輝く矢を放っていった。暗闇に舞い上がる光り輝く矢が、いくつにも分かれて光の雨のようにオーガの群れへ降り注ぐ。


『グギャァアアアアアア』


 オーガの断末魔が暗い森に響き渡る。


「よし。突っ込むぞ!」


 細身の男が、体格に似つかわしくない大剣で、天を指した。赤を基調とした薄手の鎧は動きを重視した物。茶髪の肩まである髪をたなびかせ、オーガの群れへと多人種で構成されたパーティーを率いる。その豪剣が3Mはあるオーガを一刀両断。真っ二つに割れたオーガが、地響きを鳴らし地面の血溜まりへと沈んだ。


「いつもながら、お見事。ジョンの剣もエグイね」

「コウタ、おしゃべりしているヒマあるなら援護しなさい」

「ほいほい」


 キリエの魔法とコウタの矢が、群れに飛び込むジョンとパーティーを狙うオーガに向けて放たれる。その合間を縫うようにひとつの影がオーガの群れへ飛び込む。オーガの死角から高く飛び、眉間にナイフを一突き。白目を剥いてオーガは地響きを立てた。三人の勇者の隙を突く遊軍のような動きを見せる。

 口元をマスクで隠し、黒いバンダナで顔を隠す。目元から見える肌は少し浅黒く、瞳は燃えるようなルビーの色を見せる。中東の忍者みたいだねとコウタがその姿を表現して見せたが、周りからの反応は薄かった。ハスキーな高めの声、口数は少なく、年齢も性別すら不明の勇者。ただ、その動きは誰よりも戦場を熟知し、絶大な信頼を得ていた。


「ミヒャ! 左の奥を頼む!」


 ジョンの声に黙って頷き、闇を駆け抜けて行った。オーガの群れは次々に暗い森に沈んで行く。オーガの断末魔と血溜まりの跳ねる音が響き渡る。巻き上げる炎の音と降り注ぐ光の雨。

 ふたつの体を割るオーガと静かに倒れるオーガ。百は下らないオーガの群れを瞬殺して行く。背中に集落を背負いながらも勇者は危なげなく駆逐する。

 最後のオーガが血溜まりに倒れ込むとコウタは弓を背中にしまった。


「ふぅ、終わったね。そういえばユウ達はこの間パレードしたらしいね」

「ああ、そうみたいだ」


 大剣をしまいながらジョンは心底イヤな顔をした。


「ジョンはパレード嫌いだもんね」

「必要なのは分かるが、あれはどうもな。まぁ、うちはミヒャもいるし、表舞台は似合わない」


 ジョンは額の汗を拭う。駆逐したオーガを見渡し安全を確認していた。


「ミヒャは、人前に出るのを頑なに断っていましたわね。王族相手に頑として引かない姿は、思わず笑っちゃったわ」


 キリエの言葉にミヒャはバツ悪そうにまなじりを掻く。そんな姿にまたキリエは笑みを浮かべた。


「そういえばさ、あの集落の人達ってなんか冷たくない? 大げさに讃えられるのもイヤだけど、露骨にイヤな顔されるのもなんか、こう腑に落ちない? そんな感じ」


 コウタは後ろに控える集落を見つめ、少し膨れて見せた。ジョンがその姿に苦笑いを見せる。


「コウタは初めてだったか。あそこの人達、ちょっと雰囲気が違うだろう。肌の色も浅黒いというか紫がかっているというか。あの人達が【魔族】と呼ばれている人達だ。実際は普通の人達だけどな」

「え? なんで普通の人なのにそんな物騒な呼ばれ方するの?」

「オレもさほど詳しくないが、一般の人は知らない怪しい術を操るとかなんとか。だからなのか、集落を与えて隔離している。まぁ、隔離と言ってもそれなりに自由のある暮らしをしているみたいだがな。国ってやつに縛られずに生きている人達だ」

「好き勝手に生きているって事?」

「なのかな。術ってのが強力らしくて、モンスターとか特段恐れていない。彼らからしたら守ってくれなんて言ってはいない、勝手な事をするなって感じなのだろう」

「ふーん」


 ジョンの説明を腕組みしながらコウタは聞いていた。聞き終えると首を傾げて見せる。また腑に落ちない事が頭にもたげて来た。


「でもさ、強いなら僕らが守る事ないんじゃない? それにこの国を乗っ取るとかも出来るんじゃないの?」


 コウタの問いかけに、ジョンは眉をしかめた。コウタの言っている事は正しいし、実際そうなのかもしれない。

 上手い答えが見つからず考え込むジョンに、キリエが助け舟を出す。


「私達が出るのは、彼らに恩を売りたいのよ。それが分かっているから彼らは私達に冷たいの。私達のバックにいる王族が嫌いなのでしょう。それと彼らが国を乗っ取る事はありえないわ。【魔族】なんて呼ばれているけど性根は優しい人達ですから、きっとそう呼ぶ事で国民にマイナスイメージを植え付けたいんじゃない」

「うーん⋯⋯、なんか可哀そうだね」

「そうね。でも、本人達は我関せずよ。世の中の事なんて気にもしてないわ」

「キリエは【魔族】に仲良しでもいるの?」

「いいえ。まだ駆け出しの時に一度、助けて貰った事があるの」

「そっか。悪い人達ではないんだ」

「そうよ」


 キリエはコウタに微笑みを向ける。燻っていた炎も鎮火し、森に夜の闇が覆う。残処理を請け負うパーティーの持つランプの灯りがチラチラと揺れている。その姿をしばらく眺めていたが、ミヒャが突然、北東を睨んだ。その表情はいつも冷静なミヒャとは思えないほどの驚きを見せる。


「何かいるのか!?」


 ジョンは大剣を抜き、北東へ向く。その姿に緊張が走る。構えを見せる勇者達にミヒャは武器を下ろすようにと手で合図を見せた。


「どうした?」


 ジョンの一言にミヒャはひとつ深呼吸をして見せた。ミヒャはみんなの方へと向き掠れた声を上げる。


「⋯⋯アサト・スズモトが死んだ。北東の端だ。なぜそんな所にいるのか、どうして死んだのかは分からない」


 ミヒャの能力のひとつでもある【生命感知ヴィーテセンソ】。勇者の居場所を感知する能力。アサトの気魂プシケが消えた。それが何を意味するのか、勇者達が絶句する。


「おいおいおいおい、嘘だろう。何にやられたって言うんだ!?」


 ジョンは大げさに両手を広げる、ミヒャの信じられない一言に誰もが言葉を失っていた。ありえない。勇者が死ぬ? モンスターにやられる? 単体で駆逐に出た? いや、あいつの性格からそれはありえない?


「ミヒャ、周りに勇者の反応は?」


 キリエも動揺を隠しきれなかった。想像もしていなかった事態。永遠に命がある訳ではないが、そう簡単に死ぬ事はない。未知のモンスターの遭遇? ならば周りに誰かしらいるはず。 


「⋯⋯ない」

「え! じゃあひとりでそんな所で何をしていたの? しかもこんな時間に。あんまし好きじゃなかったけど、死んじゃうとちょっとね」

「まぁ、そうだよな。死んだって事より、何で死んだかが引っかかるな」

 

 コウタもジョンも腕を組んで逡巡する。

 まぁ、事故って可能性もあるが⋯⋯どうにも腑に落ちない。コウタの言う通りいけ好かないやつではあるが、腐っても勇者だ。死んだとなると国も躍起になる。隣国とのパワーバランスも崩れる。死んだ事は隠す? ありえるな。王族が考えそうな事だ。

 ジョンは顎に手を置き逡巡する。かなりの大事だ、マリアンヌも気が付いているはず。ユウ達も動いているか⋯⋯。


「ミヒャ、現場はここから遠いか?」

「⋯⋯少しある。急げば日の出には着くだろう」

「よし、ここはパーティーにまかせて、オレ達は現場に行こう。どうせユウ達も向かっている。現場で合流だ」


 ジョンの号令で、足早に四人は北東を目指した。


◇◇◇◇


「ほら、着いたぞ」

「街の外だよ?」

「ここからはすぐだ、別々に街に戻る。お前は歩いて街に入れ、出来るだけ人目につくな」

「カルガは?」

「オレは普通に馬車で戻る。この大きさでコソコソしていたら逆に目立つからな。それと明日は何食わぬ顔で店を開けろ」

「明日、大騒ぎに⋯⋯」

「ならん。十中八九な。騒ぎになろうとなるまいとお前は知らんぷりしていろ、いいな」


 それだけ言い残し、カルガと馬車は暗闇へと消えて行く。馬車のランプが遠のいて行くと街道を照らすのは心許ない月明かりだけ。暗い街道と展望の見えない自分の未来が重なっていく。


「どうなるのかな⋯⋯」


 カルガに必死について行くだけだった。ひとりなるといろいろな思いがこみ上げてくる。良かったのか、悪かったのか。何も考えないようにしようとすればするほど、いらぬ思いが頭を過り憂鬱な気分になった。

 割り切りたい心持ちを抱え、トボトボと家路に着く。

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