第7話 疑問と困惑
覆い被さり貪り食う、ゴブリンの姿。その姿に険しい表情を見せる。
「ゴブリンだけを叩け! アサトを吹き飛ばすなよ」
日が昇り始めた、うす暗い断崖にユウの叫ぶ声が木霊する。ユウとリアーナ、ふたりの勇者の視界に映ったのは食い荒らされたアサトの躯とそれを囲むゴブリンの群れだった。その姿に勇者のふたりとそのパーティーは盛大に顔をしかめた。吐き気を催すほどの凄惨な現場。食い散らかされた肉片が散らばり、抉れた顔面が苦悶の表情を浮かべているのが辛うじて分かった。マリアンヌから送られた【
「まとめて吹き飛ばせないのは、意外と面倒ね。《グラシェ》!」
リアーナのサーベルが氷のエンチャントを帯び、冷気の煙が立ち込める。振り下ろす氷の刃にゴブリンは次々に氷漬けになり砕け散った。
「ユウ、さすがに早いな」
「ジョン!」
朝日が照らし始めると、ジョン達も現場となった断崖へとたどり着く。ユウ達との挨拶もそこそこにゴブリンの群れへと飛び込んだ。両断され、眉間を貫かれ、ゴブリン達は沈黙する。
「やれやれですね」
キリエが眼鏡を直しながら、地面に転がるゴブリンを見渡した。誰もが感じる違和感。
なぜ?
ぐしゃぐしゃのアサトを、ジョンは顔をしかめながら覗きこんだ。違和感を打ち消す何かが転がっていないか、確認して行った。
「なかなかエグイね。ゴブに食べられたって事だよね」
コウタは少し遠巻きにアサトを見つめた。近くに行って見たらきっと吐くと考え、近づこうとはしなかった。ミヒャも少し離れた所で淡々と見つめている。ユウがジョンの隣で屈むと辛うじて残されている手や足の様子をつぶさに調べていく。
ユウの視線が足を凝視する、ありえない方向へ曲がった膝。それを見つめながら逡巡の素振りを見せる。
「どうした? 何か気になるのか? ゴブリンに食われて死んだのだろう?」
「ああ。それは間違いない。ジョン、ここを見て見ろ、膝が逆方向に曲がっている。ゴブリンの力で人の膝を逆に曲げられると思うか?」
その言葉に一同が固まる。それが意味するのは、単純にゴブリンに襲われたわけではないという事だ。何かがあってゴブリンに襲われた。
何があった?
天を仰ぎ見ていたリアーナが、煮え切らない表情で口を開く。
「何か事故みたいな事が起きて、膝を壊した。そこにゴブリンの群れが現れて⋯⋯ってとこかしら。腑には落ちないけど筋は通っているわよね」
「ただ、ゴブリンだぜ。詠唱一発で終わるぞ」
「ジョンの言う通りね。同じ
「じゃあさキリエ、ゴブリンの前に凄く強い厄介なモンスターが現れて、なんとか勝った。そこにゴブリンが現れて相手する力がもう残っていなかったとか?」
コウタの言葉は一番筋が通っているように感じるが、説得力に欠ける。その言葉を裏付けるものが何ひとつここにはなかった。一同はもう一度、断崖を見渡す。森を抜けた狭い断崖に転がるのはゴブリンとアサトの躯だけ、コウタの言う強敵の欠片すら見当たらない。ただ、全員がコウタの言う通りであって欲しいと願った。全員が納得したかった。この不可解な勇者の死に明確な筋書きを必要としている。
「ないな」
ジョンは大剣を使い、地面に転がるゴブリンをのけて強敵の痕跡を求める。
「ここから谷底に落ちたとかは、ないのかな?」
コウタは谷底を覗き込む。それらしい痕跡は見当たらない。一度視線を逸らし、改めて下を覗く。
「あれ、なんだ? なんか細い物がユラユラしていない?」
ミヒャがコウタを押しのけ、指す方向に目を凝らす。谷底で細い何かが木の枝に引っ掛かって揺らめいている。ミヒャは瞳に力を込め【鷹の
「⋯⋯ロープだな。それと強敵が現れたというのに魔法を放った痕跡がないのはどう説明する」
ミヒャの瞳が勇者達に向く。ミヒャの問いに誰も答えを持っていない。いくら首を捻ってみても答えは見つからない。ユウの逡巡する姿、瞳を閉じ、顎に手を置き再び思考を巡らす。浮かび上がる最悪の答え。ただ、それが今まで一番しっくりとした。目を開きアサトだった物を見つめる。
「誰かに縛られて、ここに捨てられゴブリンに食べられた。膝が逆に曲がっているのもそれだと説明つく」
誰か? 一般人が勇者を
「一般の人が勇者を狙う理由は?」
ジョンの問いかけに、ユウは黙って首を振る。
「ただ、アサトと考えると無くはない。あいつはやり過ぎたきらいはある」
ユウの言葉に、異論を唱える者はここにいない。アサトの悪行を行った事実は耳に入っていた。誰もが苦い顔を浮かべる事しか出来ない。
「という事はさ、勇者じゃなくてアサトを狙った犯行って事なのかな?」
「復讐かも知れないわね」
コウタの言葉に、鋭い視線を向けるリアーナ。仲間を殺された事への憤りを一番見せているのは彼女かも知れない。
「悪行って実際何をしたの?」
コウタが首を傾げて見せた。
「さあな。やり過ぎて王族から直々にお小言を頂戴したって事しか知らん。ただ、あれだけ勇者を重宝する王族がキレたんだ、相当だろ。ユウは知らないのか?」
ジョンの言葉にユウは少し間を開ける。苦い顔で手を口元に持って行った。あからさまに言いづらそうな素振りを見せるが、一斉に向けられた視線に諦めたようにユウは口を開いていく。
「アサトは、一般人を何人も巻き込んで死なせている。具体的な数は知らんが、王族が頭を抱え、止めるように直訴するほどの被害が出ていたって事だ」
「巻き込んで? てことは事故か?」
「少なくとも表面上は」
ジョンを筆頭に一同は押し黙る。ユウの言葉で、理由が出揃ったと感じた。
復讐。
表面上って事は、実際は事故ではない。アサトは被害が出ると分かったうえでその行動を取った。残念な事にアサトに同情する気が増々薄れていく。それはコウタやキリエも同じだった。勇者の仲間としてその死を悔やんでやりたいが、ユウの言葉がそれを阻んだ。
自業自得。
そんな言葉が頭を占める。
「国中、大騒ぎになるのかな?」
「多分、ならない。アサトの死は公言されないと思う」
コウタは、ユウ答えに驚いた顔を見せた。
「そんなに驚かなくとも」
「いや、だってさ、ちょっと仕事終わらせただけで大袈裟にパレードとかするのにさ。勇者が死んだなんて大事でしょう?」
「だからだよ。アサトが死んだって事は国の力が弱体化したと同義だ。そんな事をわざわざアピールしたら隣国に攻めて下さいって言っているようなものだ」
「なるほどね。なんて言うか、死んでも浮かばれないね」
コウタは溜め息まじりに言葉をこぼす。
ジョンはその様子を黙って見つめる。勇者ではなくアサトを狙ったものとして今回の件は片づけて行くのか。全容の解明、アサトの悪行も炙り出される訳だ。気乗りしない。それはキリエやミヒャもそうだった。後味の悪い感じが現場を包む。
「復讐だかなんだか知らないけど、仲間を殺されて黙ってはいられないわよ。絶対捕まえてやる」
リアーナはひとり気を吐く。その姿はパーティーも含めかなり浮いていた。誰もが自業自得と思うなか、彼女はひとり犯人捜しにやる気を見せる。
「で、どうする? 王族はもみ消しに躍起になるに違いない、こっちで犯人探すのか?」
「ジョンはあまり気乗りしないだろうけど、そうなるだろうね。下手したらこちらに丸投げしてくるかも知れないね」
「はぁ。ぶっちゃけ面倒だな。でも、放っておくわけにも行かないものな」
「そういう事だ。とりあえずアサトの足取りを辿ろう。何か見えて来るかも知れない」
ジョンは黙って頷いた。勇者殺し⋯⋯、どこまで迫れるのか。相手も相当な手練れと考えて行動しないと。
断崖を朝日が照らす。すっかり明るくなった空とは裏腹に勇者達の気持ちは暗く沈む。見えない迷路に迷い込んだかのように手探りで進み始めた。
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