第2話 扉から
店の扉から外を覗く。街は喧騒に溢れ一種のお祭り騒ぎと化していた。
慣習化しているとはいえ、街の人々の熱は高い。
綺麗に飾った馬車が通り抜け、子供達にお菓子をバラ撒いていく。美しい切り花が投げられれば、女性達が我先にとその美しい花を手にした。
老若男女問わずその瞬間を笑顔で待ち構え、街はその時間に向けて加熱していく。
店のカウンターで肘をつき、何度目かの大きい溜め息をついた。
この間パレードしたばかりなのに⋯⋯。
開け放つ店の扉から恰幅のいいおばちゃんが、ひょっこりと顔を覗かす。
「アーウィン! 早くしないと、いい場所埋まっちゃうよ! いいのかい!?」
この元気のいい声は、隣近所のニアンさん。
「ニアンさんこそいいのかい? 急がないと。そういえばパレードが立て続いているけど今回は何だったの?」
「詳しい事は知らないけど、西の端にある村がオークの群れに襲われたのを蹴散らしたらしいよ。何でも千はくだらない群れだって話だよ」
「千! それは凄いね。僕もすぐに行くから、ニアンさん、先に行っていてよ」
ニアンはその人懐っこい笑顔を残し、足早に群衆へと紛れて行った。
この間は、王都を目指す
モンスターが多いのかなぁ、最近。
遠くで起きた歓声が風に乗って届く。
ドクンと心臓がイヤな鳴り方をした。僕の憂鬱のレベルがひとつ上がる。歓声が近づけば近づくほど、気持ちは曇っていった。
そっと外に出て、一番後ろから眺める。住民達の熱気は加速度的に上がっていった。
先導する兵士の隊列の後ろから、派手な大型のキャリッジ型の馬車が連なる。体の線が露わな軽装に身を包む美しい女性達が、笑顔でお菓子や切り花を沿道に撒いていた。
遠目に赤をベースにした金銀派手に彩る王族を乗せる大型のコーチが見えると、僕の拍動は激しく打ち始める。空気を吸っているのか、吐いているのか分からない。悟られまいと必死に繕うが体に力が入らない。
大型のコーチの後ろには、二階建ての高さを誇る物見台を備えた大型の馬車が見えた。その姿に口から心臓が飛び出そうなほど、激しい拍動を見せる。
物見台の上に立つ勇者とそのパーティー。パーティーは優秀な多人種で組まれ、勇者を支える。パーティーは都合十名ほど。浮かれる様子もなく、淡々と物見台の上で静かに座っていた。
立ち上がり手を振る勇者の姿が見えて来た。ユウ・モトイ、金髪の筋肉質の体に光輝く鎧を纏う。風にたなびく金髪の巻き毛に、体つきに似つかわしくない甘い顔立ち。その端正な顔立ちの口元からこぼれる白い歯が、爽やかな笑顔を引き立たせている。八人いる勇者のリーダー的存在だ。
その隣には、赤毛のスレンダーな女性が両手で声掛けされる方へ大仰に手を振っている。リアーナ・フォス、クリっとした緑色の瞳に鼻の上にあるそばかすがチャーミングだ。純白の軽装備に細身の剣を携え勇者の中でもアイドル的な存在、男だけではなく子供からも大人気の魔法剣士。
座ったまま、微笑を浮かべゆっくりと手を振り続けている美女。マリアンヌ・バッラン、切れ長の目に艶やかな長い黒髪、純白の法衣を被り穏やかな表情で沿道を見下ろす。病院のない辺境の村を転々とし、医療の行き届かない所で治療を行う
夢に出て来る紫髪の男の姿と、怠そうに座る痩せこけた男の姿がだぶる。ただ確証もないし抗う力もない。今はただこの激しく脈打つ体が大人しくなって欲しいだけだ。
視界に入る物見台の勇者達、僕の体は限界が近い。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯ぐっ⋯⋯はぁ⋯⋯」
周りの人に悟られぬように、静かにもがく。爆発しそうな胸を押さえ、上手く呼吸しようと必死になっていた。
「遅くなった。辛いか。どれ、肩を貸そう」
衛兵のアークさんが僕の肩を抱いて、店まで運んでくれた。僕は大柄のアークさんにもたれるように足を運んでいく。
沿道を離れる間際、物見台へと顔上げると紫髪と目があった気がした。見下す粘着質な瞳が一瞬、僕にまとわりついた気がした。
歓喜と熱に浮かれる沿道から、アサト・スズモトの視線を追う者がいた。その紫髪の男が向けるねっとりとした視線の先に映る鍵屋へと消える青年。雑に伸びた髭を撫で、冒険者らしき男は口角を上げた。
動き出す予感。
「ハッハァー!」
熱狂に紛れ、彼は大声を上げる。鋭い視線の先に物見台の上でふんぞり返る紫髪の男がいた。
「アークさん、いつもすいません」
顔面蒼白のアーウィンの姿に、アークは首を軽く横に振り軽く肩に手を置いた。溜め息をつき、苦笑いをアーウィンに向ける。
「そんな顔していたら、誰でも心配するさ。そんなに無理しなくてもいいんじゃないのか? 役所に観覧不備の届け出をすれば無理しなくて済むじゃないか」
「さすがに毎回って訳にも行かないですし、頻繁にある訳ではないので⋯⋯サイモンさんとアークさんにはご迷惑掛けて申し訳ありません」
「ふぅ。まぁ、国を挙げてのイベントだからな。多少の無茶は強要されるが、加減ってのもある。もう休んでいろ、今日は大人しくしているんだぞ」
「はい。動きたくても動けません」
アークは片手を上げて仕事へと戻った。僕の憂鬱のループは終わりを迎える。
今回はこれで終わりだ。
カウンターにうつ伏せて、憂鬱の波が引くのを待つ。喧騒の波が引いていくと僕の憂鬱も引いていく。いつもの事だ。もう少しの我慢だ。
この時はそう思っていた。
いつもと同じ、そう思っていた。だけど、これは始まりだった。
この時はそんな事は夢にも思っていない。
僕は王都で売り出し中の若い鍵屋だ。今も、昔も、この先も。
◇◇◇◇
「アーウィン! ちょっとこれ見てくれないか?」
「いらっしゃい、デライエさん。どうされました?」
翌日からは通常運転、早速の来客を笑顔で迎える。デライエがカウンターに置くシリンダー型の南京錠。最新型だ。
アーウィンはそれを手に取りじっくりと眺める。差し込み口を撫でると少し気になる触り心地がした。ルーペを取り出しじっくりと調べる。
「デライエさん、これの鍵あります?」
「ああ、もちろん」
渡された鍵をゆっくりと差し込む、目を閉じ、微かに鍵を上下させながら差し込んで行った。アーウィンの手が七割ほど差した所で止まった。目を開けゆっくりと鍵を奥まで刺す。
「これ、やられ掛けていますね」
「やっぱりそうか。最近、倉庫荒しが頻発していて、ウチも狙われた痕跡があったから念の為にと思ったが⋯⋯」
「はい。最新型なのでそう簡単にピッキングされないですけどね。奥の手前の下ピンが何本か削られていますね。差し込み口にも鍵ではなさそうな傷ありますし」
「直るか?」
「もちろん。お時間頂ければ、代わりの鍵をお貸ししましょう」
「おお、宜しく頼むぞ」
「三日後にまた来て下さい。毎度どうも」
店をあとにするデライエの背中越しに声を掛けた。何日間か掛ける気だったのか、諦めたのか。ピッキングなんてスピード勝負だ、そう考えると諦めた可能性の方が高いかな。
さてと、とりあえずバラすか。
カウンター横の作業台に布で巻かれた工具を広げる。細かい作業が多い為、細くて先の小さい工具が並ぶ、小さなノミを当て慎重にバラしていった。
うん?
人の気配に顔を上げた。
「いらっしゃいま⋯⋯せ⋯⋯」
紫髪の痩せこけた男が、不敵な笑みを浮かべ店の真ん中に立っていた。異様な速さで心臓が脈打ち始め。悟られぬように引きつった笑みを浮かべる。
なぜこんな所に? 体が鳴らす警鐘と共に浮かんでくる疑問。勇者が鍵屋に何の用が?
「きょ、今日はどんな御用でしょう? ゆ、勇者様がいらっしゃる店ではないかと思われますが⋯⋯」
男は首を傾げる。
「別にどこに行こうが、構わない。違うか?」
「確かにそうですね。で、では、今日はいかがいたしましょう」
傾げた首を戻す。そしてまた傾げる。
「お前さぁ、いつもパレードの時、衛兵に運ばれているよな。あらぁ、なんでだ? いや何、罰しようとかそういんじゃないんだ。オレの好奇心ってヤツがうずいたんだ。この世界はどうしようもなく退屈だからな」
カウンターに腕を投げ出し、アーウィンの眼前でそのねっとりとした瞳を真っ直ぐ向ける。
呼吸も上手く出来ていない。吸っても、吸っても、息苦しい。
その様子をさも愉快そうにアサトは眺めていた。新しく手にしたおもちゃで、遊んでいるかのように口元は笑みを絶やさなかった。
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