第9話

 杉浦は、太陽のような人だった。

 男っぽい性格だった私は、小学生のころからよく彼と外で遊んでいた。杉浦は先生に呼び出されてはよく怒られる青年で、それでも光の強さは変えずに私たちの環境を照らし続けてくれてた。

「お前最近変わったよな」

 中学生になって急に杉浦から言われた言葉だ。久々に同じクラスになって、偶然隣の席になった。その久々と偶然とが重なったから、そのようなことを言いたくなったのか。その声は少しだけ寂しそうに聞こえた。

「何が」

「何て言うか、雰囲気っていうか……」

「誰だって変わるわよ」

 私は軽く答える。

「でもあんたも人の事言えないと思うよ」

「そうか?」

 杉浦は目を逸らした。自分から持ち掛けた話題なのに、彼は逃げてるようで悔しくなる。

「噂すごいよ」

「なんの噂だよ」

「あんたの愚痴すごいって前に友達が嘆いてた、病んでるの?」

「病んでねえよ。そんなのすぐ信じるから。お前は騙されやすいんだよ」

 解かないくせに問題集を開く杉浦。自分の感情を隠そうとするが、彼の感情は純粋な程に透明なのだ。そんなこと前から知っている。

「あんまりそういうことは言い過ぎたらダメよ」

「分かってるよ」

 何であの時そう言ってしまったのだろう。私は彼の感情が透明というとこまでしか気づいていなかったのだ。本当は脆くてヒビが入っていて誰も触ることの出来ないような感情だということに――。

 今更という言葉がよく似合う。

 もっと言いなよって言ってあげればよかった。よかったら私が聞くよって、言ってあげれば――。


 今、少しは変わってくれていたかな……。もっとやり甲斐を感じながらサッカーで活躍していたかな。


 どうしようもない後悔と不安が私の感情を飲み込もうとしていた。

 誰かに自分の気持ちを吐露することが彼の生き方だったのだ。彼のやり方を私は壊したと言っても過言ではない。


 杉浦は歩道橋から時間のように走っていく車を見ていた。

 もうあの頃の彼ではない。

「杉浦……!」

 息を切らしながら出た微かな声は何とか彼に届いた。

 

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