第8話

 現代文の教科書に折り目をつけて、男性の腰の曲がった先生はゆっくりとした声で授業を始めた。

「えー、では読みます。小鳥のさえずりで今日の始まりに気づいた。私は体を起こして精一杯に背伸びをした。全身の血がフルパワーで動き出す。血はなんと出才(しゅっさい)なものか。えーこの出才はー、才能が優れているということですねえ。ですからー造語といいますー」

 大きく黄色で「造語」と書く。

 出才なんて言葉が出来ていたのか。言葉を造るなんて……。どこから。

「言葉を、造る……」

「どうしましたかー、春山さん」

「言葉を、造るんですね」

「ええー、まあーどこからおもいつくんでしょーなー」

「私にも、出来るんでしょうか」

「そりゃできますわなー」

「なるほど」

 教室のど真ん中から「お」という声が聞こえた。

「春山造っちゃう感じ?」

「いやそんなやる気はないけど……」

「いけるんじゃね?」

「そう……?」

「うん!」

 みんなが口々に「頑張れ!」と言う。そして今日二度目の拍手をもらった。


 学校が終わってから家に帰って辞書のページを一枚ずつ丁寧にめくった。それから何となく覚えている単語も書き出した。


 悪、嫌、無、苦、駄……。


 最も悪、最悪。嫌、嫌な奴。無、無い。……。兆しが見えた。これは元に戻るかもしれない。

 

 スマホにあの画面を映した。

 できる限り思いついた言葉を入力する。


 最悪、嫌い、無理、苦しい、無駄。


「完了しました。」

「よし……」

「世界改良には10年かかります。暫くお待ちください。」

「は?」


 そんな、10年も待てない……。消すことはあんなに簡単だったじゃないの。どうして……。

 スマホの着信音が鳴った。

「杉浦……」


 もう、どうなったっていいって思った、俺は。ごめんな。どっかでまた会おう。


 今は、心が足を動かしてる。

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