第4話
薬品の匂いが鼻をつつく。私は丸椅子に浅く腰掛けた。これは先生の目を盗んで逃げだすためでもある。
先生は私の向かい側に腰掛けた。これまた化粧の匂いが鼻をつつくのだ。
「春山さん、悩み事があるならどうぞ?それとも春山さんが言い出してくれるまで待とうかしら」
あ、そういう感じですか。先生に諦めようという精神は、無いと。
本当に脳内には何も言葉がない。でもここで何か言わなければならない。そうでないと私は本当に鳥かごの中の飛べない鳥となってしまう。
その瞬間、頭上の電球が光を放った。あの願い方一つでこの世界になったのだから、もう一度同じように頼めばいい。
「あの、あまり詰め寄られると緊張が極限状態になるので、少し一人になりたいです」
「そうですか」
「ご心配をおかけします」
「分かりました。ではまた昼休憩にここに来ますね」
「あ、はい」
緊張が極限状態になるってなんだ。自分で言っときながらハテナで殴る。
先生は少しヒールの高い靴をリズムよく鳴らしながら出ていった。
そして今になって今日一番の強運が訪れた。
保健室の先生不在
完全なる勝者。今のうちに……。
ポケットに手を滑らせてスマホを抜いた。
「何やってるんだよ」
「は……⁉」
心臓を握り潰されたかと思った。
なんだ杉浦……。でも、頬がこけている。あのお饅頭みたいな頬にスコップで抉ったという感じだ。
「な、いたんだ」
「校内ではスマホ禁止だろ、何やってんだよ。先生追い出してまで」
「これは、……こうしないとダメなんだってば……!」
「何がダメなんだよ。嫌なことがあるならそのお前のパワフルボイスで吹き飛ばせばいいだろ」
「そんなことできないからこうしてるんだってば……!なにそのポジティブ……」
もっと槍のような言葉を口から発射するような人間だったのに。
でも何でここにいるのだろうか。保健室登校はおかしい気がした。普段は和気藹々と仲間たちと騒ぎまくってるのに、こいつがいじめられることなんてないはずだ。
「春山は何でここにいるんだ。悩みがないなら抜け出してしまえばいいのに」
「あるわけない、ただ……」
言葉を消したなんて、誰が信じてくれるんだろうか。
悩みなんてない、そう言っても誰も信じてくれなかったのだから。みんな私の言葉を紙に書いて水に流していくだけで。その先にダムなんてものはない。
「言いたいことあるなら言えよ」
「別に言っても何もならないからいい」
「なんだそれ」
そう言って杉浦は課題を始めた。
「あんたこそなんで」
杉浦はシャーペンの動きを止めた。そして溜息をついた。その瞳は光を受け付けていないような雰囲気を放っていた。
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