第3話

 私は乾いた通学路を踏みしめながら、脳内を手探りで触りながら考えていた。

 思春期の感情を忘れようとしていること、母に言い返せなかったこと、物騒なニュースが消えたこと、情報番組が報告会になっていたこと。今日と出会ったばかりなのに、こんなにも奇妙なことと遭遇してしまった。

「ハツネおはよぉ~」

「あ、おはよ、メイ」

 メイは真っ白な細い腕を突き上げて背伸びをした。

「ハツネさ、昨日『あん運』(番組『あんたって運動大好き!』の略)観た?」

「あ、ちょっとなら」

「柔軟さんがさぁ、新人芸人に『ゼリーみたいな動きだな』って言ったじゃん?あの褒め方ナイスだわあ」

「は?」

「ん?」

 柔軟さんとは……。昨日テレビで観た番組名は間違えない。あの毒舌芸人は確か痛棒って名前だったはず。

「どうしたのハツネ?」

「あのさ、『ゼリーみたいな動き』じゃなくて『ナメクジみたいだな』って言ってたよね?」

 メイは怪訝な顔をした。

「何それ」

「え?」

「柔軟さんはそんな褒め方しないよ」

「え、でもあの人毒舌じゃんか」

「毒舌って、今日どうしたの?」

「いや……」

 メイは私の肩を二回叩いた。大丈夫か?という時メイのやることだが、私は至って完全女子高校生である。

 

「みなさんおはようございます‼」

「おはようございます‼先生‼」

 やたら化粧の濃いそこそこ歳を重ねた担任の先生が、これでもかというぐらいに大仰な笑顔を作って挨拶をした。それを真似する生徒たち。

 高校生がこんなことをするのか。いつもなら焼き魚みたいな顔をして「挨拶とかダリィよ」とか思いながら挨拶してるくせに、この光景は何だ。

 いらないことを考えていると先生は知らぬ間に私の目の前に立っていた。

「あら、春山さん元気ないですね。何か困りごとでもあったのですか?良かったら先生に話してみてください」

 やばい、完全にロックオンされた。

「いえ、別に何も……」

 頼むからほっといて……。

「ハツネ、何も隠すことなんてないのよ」

「だって俺らの仲間じゃんね」

「苦しい時は一緒にって頑張ってきたじゃない!」

 なんだこの綺麗ごと合戦は……!完全に挟み撃ちされた!

「あの、本当に大丈夫ですから……」

「ハツネ、挨拶するときちゃんと笑えた?」

「春山さんの笑顔はありませんでした」

「春山、お前挨拶の時笑えてなかったらそりゃ悩み事ほぼ確定じゃねえか」

 え、待って待って。なにその暗黙のルール。え、知らない知らない。え⁉もう完全にアウトじゃん!てかこれいつまで続けるの!

「先生」

「平野君、どうしましたか?」

「みんなの前で言えない事情なのかもしれません。保健室で話すべきなのではありませんか?」

「そうですね。平野くんの言う通りかもしれません。春山さん、保健室に行きましょう」

「は、はあ……」

 何とか平野のお陰で集中攻撃からは逃れることができた。……何と言ってこの空気をかわそうか。

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