第2話
ベッドから体を引き離してスマホの画面を点けた。
「メッセージありがとうございます。よい一日をお過ごしください。」
昨日のアカウントからの返信だ。紙を揃えたような丁寧さを感じさせる。
「ハツネ、また朝からスマホ? いい加減にしなさい」
「も……。あ……」
「何? どうかしたの?」
「……いや、……何でもない」
おかしい。心の中で何かを感じたはずなのに。何かしらの感情が荒波のように襲って来た。それは朝から母に注意されたことに対しての、思春期ならではの独特の感情である。そんなものさえも制御してしまったのだろうか。
閉じようとする瞼を懸命に持ち上げてテレビを観た。薄く化粧をした品のある女性アナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。
「今日も嬉しいニュースからです。先日私は近所の奥さんからキュウリの漬物を頂きました。最近はまともに手料理を食べていませんでしたから、本当に感謝しかありません」
勢い良く瞼が軽くなった。これは何のニュースなんだ。
謎の報告にネクタイを律儀に締めた男性がコメントをする。
「そうやって近所の輪が広がっていくんですね。僕も先日犬の散歩をしていると、近所に住んでいる女の子が公園で摘んだタンポポをくれたんです」
「まあ、かわいらしいですね」
なにが「まあかわいらしいですね」だ。こんなのただの報告会ではないのか。
母を見てもいつもと変わらない忙しい顔で朝の家事をこなしていた。
この世界が変わったことを知っているのは私だけなの?
「お母さん、ニュースってこんなのだったっけ」
「えー? ずっとこうでしょ?」
「物騒なニュースとかないの?」
「何よ物騒って」
母は眉をハの字にして答えた。そして、こんがりと焼けたトーストをテーブルの上に置いた。
「でも最近は自殺が多いわよね」
「自殺……?」
「もお、毎日ニュースぐらいは観てるのに何でそんなこと聞くの」
「あ……うん。いや、変わってるニュースだなって」
「そうかしら」
どこの情報番組を観ても報告会だった。
「おかしいな……」
朝から気持ちが悪い。
何かを吐き出そうと思っても吐き出せないもどかしさが、次第に私の心を覆っていく。それと同時に奇妙な足音が聞こえた気がした。
あのアカウントはこの世界をどこまでひっくり返してしまったのだろうか。。
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