第5話 ブルマー

「貴女。ブルマー戦士でしょ」


 下校の途中、私は紺野こんのさんに詰め寄られ言われた一言にどうしてバレたのだろうと戸惑った。


 だけど確証がない限りは否定しようと口を開いた。


「違うよ…私が…ブルマー戦士なワケ……」


「うそっ!!」


 目を反らしながら尻すぼみな声に紺野さんはハッキリ言った。


「貴女。体育の授業中 居なかったじゃない。その間にまた人助けに行ってたんでしょう」


「違うよ…あの時はおトイレに…」


「見たけどトイレに居なかった」


「ちょうど私が行ったときは外のが使用中だったから校舎の方まで行ってたから…」


「出てきた時はグランドのトイレから出てきたわよね」


〈ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!確信してるよコレは!!〉


「クラスで無断でスマホいじってた子が言ってたわ。またブルマー戦士が現れたって今日の体育の時間中に」


 一気に冷や汗が出てきた。


 あんな恥ずかしい格好してヒーロー面して活躍してたなんて知られたら一気に笑い者だよ!!


 いや…それどころか調子乗りまくりってメチャ叩かれる!

 陰キャのくせに偉そうに説教垂れてたとか急に強くなってイキり始めたとか


 そうなったら明日から私 イキリ花子とか言われるんだ!


 うぁああああああああああ!!!調子乗ってました本当にごめんなさいぃぃ!!


 そんな事を思いながらも紺野さんは、さらに詰め寄って聞いてきた。


「それと、この前の姿は何?ニーソックス??なんであんなの履いて戦ってたの?」


 やめてぇえええ!!面と言われると恥ずかしい!!


「なんのこと?」


「まだ!しらばっくれる気!?顔は違くてもあんな背格好の子なんて、そうそう居ないわよ!貴女以外に誰が居るわけ!?」


〈どうしよぉ!!例えこの場をやり過ごせても!ここまで疑われちゃったら完全にバレるのも時間の問題だよぉ……〉


 頭の中はいっぱいいっぱいで私が目を回していると彼女は続けて言った。


「ねぇ。どうやったらブルマー戦士になれるの?」



…………………………………………………………ほわっつ???


 予想外なセリフが飛んできた。


「え…???……は????」


「え?いま、私なんか変だった?」


 意味が伝わらなかったことに紺野さんは困惑した表情をすると一旦。落ち着いてから再度質問してきた。


「私もブルマー戦士になりたいのだけれど、具体的に何をすれば良いの?」


 やべぇ私の耳がバクった。


「なんて?」

「ブルマー戦士になりたいの

私も貴女のようにブルマーを穿いて悪い奴らをやっつけるの。そのためにはどうすれば良いか教えて欲しいの」


 聞き間違いじゃなかった……いや!解らん!!


 なんで?!なんで!みんなブルマーに対して好意的なの??あんなん下着じゃん!下着穿いてまで戦いたいの!?

 百歩譲って悪い奴を倒したいってところは理解できるよ。でも、なんでわざわざブルマー着用!?いらないよね!ブルマーいらないよね!?


 だから私は思わず紺野さんに聞いてしまった「別にブルマーは穿かなくても良いんじゃないかな?」って。


「何を言ってるの!?貴女!?正気?!!」


 正気だよ。っと思わず心の中で突っ込んでしまったが口にせずにそのまま彼女の話を聞き続けた。


「あの姿こそ女性の強さの象徴!かつて女性が足を出すことさえ忌避していた不公平な社会に対し反旗をひるがえした英雄的よそおい!悪と戦う正義の味方の姿にコレほどまでに相応しい衣装はないわ!!」


 やべーーーガチな奴だコレー……


「にも関わらず…ニーソックスなんてモノを履くなんて……

あんな物は不要よ!!あんなもの足を出すことを恥ずかしがる人が履くものだわ!!ブルマーはアレだけで完成しているの!解る?」


 解んねぇよ……


「お兄ちゃんなら理解できるんじゃないかな」


 そう思わず私は口にすると紺野さんが食いついた。


「お兄ちゃん…?貴女のお兄さんのこと?」


「え?うん…そうだけど」


「そう良いお兄さんをもったのね」


 変態なんですけど。


「ところでブルマー戦士になる方法についてだけど」


 忘れてた……



 あの後、紺野さんに問い詰められ、他言無用を条件に秘密を明かすという決断を私は下した。


 話す気になった理由はいくつかある。

 まず1つ目に私が思うよりもブルマ姿に対して嫌悪感を抱かれていないことが上げられる。

 それならば話した所でバカにされる心配は無さそうだと思ったからだ。


 次にブルマー戦士が増えれば自分が戦わなくても済む可能性があるからだ。

 むしろコッチのが理由としては大きい。本人もやる気満々だし互いにウィンウィンな関係である。


 ついでに言うと しつこくて根負けしたのも理由だ。


 こうして私は休日に紺野さんに家へ来て貰うよう頼み、そうして今日となった。


「はじめまして。古間ふるま 好希こうきさん。ブルマー戦士の立役者にお会いできて光栄です」


「いえいえ、こちらこそ いつもキルカがお世話になって」


 二人は兄の部屋でテーブルを挟んで対面し挨拶を交わすと紺野さんがさっそく質問をしてきた。


「ところでキルカさんにニーソックスを履かせたのは、お兄さんだと聞きましたがナゼそんなことを?」


 その話題。もう良いんじゃないかな…


 紺野さんの隣で座りながら私は思ったが彼女にとっては重要な問題らしく真剣な眼差しであった。


「アレか。アレは俺の発明の1つでキック力が増幅するという優れものでな」


「それが理由…貴方はキック力の為だけに妹にニーソを履かせるの?アレではブルマーの素晴らしさが半減してしまうじゃない。いったい何の為のブルマーだと思ってるの?」


 その言葉にお兄ちゃんは「ふー、やれやれだぜ」と言わんばかりに手を広げ言った。


「ブルマの魅力が半減とは随分と暴論じゃないか。趣味嗜好は人それぞれだと言うのに」


「はぁ…こうして面と向かって話し合ってみると非常に残念だわ…ブルマー戦士の立役者がこれほどまでに理解の浅い人間だったなんて……」


 悲観に震えながら彼女は力強くブルマーについて語りだす。


「いい!ブルマーというのは女性解放運動家エリザベス・スミス・ミラーによって作られたものなの!当時、女性を締めつけるコルセットから解放されるために考案されたブルマーは同じ女性解放運動家アメリア・ジェンクス・ブルーマーに指示され徐々にそのその存在を世に認めさていったの」


「そして官費かんぴ留学生りゅうがくせいとしてアメリカに派遣されていた井口いのくち くり が日本に帰国後。ブルマーをこの国で広めた」


「!?」


 彼女の語りにお兄ちゃんが続き紺野さんを驚かせると更に解説が続いた。


「しかし、当時のブルマーは今とは全く異なりニッカーボッカー風で丈も長かった。それが何時しか丈が短くなっていき現代の姿へと変わっていくと瞬く間に駆逐されていき今では見るも珍しい装いとなった」


「そうよ……そこまで解っていながら何故ニーソックスなんて無粋なものを履かせたの?妹が足を出すのは恥ずかしいだろと思っての気づかいかしら?

もし、そう思っているならソレはブルマーに対する侮辱よ。堂々と足を出さなくてはブルマーは恥ずかしい物と認める行為でしかないわ」


「いいや!ブルマーはエロいね!!」


 お兄ちゃんはハッキリと言った。


 そんなもん妹に穿かせんなよ。


「ブルマーはエロい。だから消えていった。ソコに個人の趣味嗜好の介在をなぜ君は許さない!」


「いいえ。ブルマーは本来 神聖な物よ。エロいのは男の下卑げひた欲望に穢されたからに過ぎない。ならばソコに性的嗜好の介在の余地はない!!」


 お兄ちゃんのドン引きもんの答えについてきた質問に紺野さんは引かずに答えた。


「それは大正から昭和初期の頃までの話だ。現代のブルマーの持つ象徴は性の認識と目覚めに他ならない」


「信じらないわ!貴方は自分が いかがわしいと思ってる物を妹に穿かせていると言うの!?」


「そうだっ!!」


 紺野さんが言うとお兄ちゃんは即座に断言した。


 おい、マジでふざけんなよクソ兄貴。


 流石に紺野さんも今の一言には嫌悪の言葉を贈る。


「最っ低っ!」


「ああ!最低だ!だがエロいことを認められないのはもっと最低だ!

キルカを見てみろ!兄ですらムラムラしてしまうくらいエロい!最高の体つきだ!!胸も!脚も!腰まわりですら美しい!!

なのに本人は自分の魅力を何一つ認めようともせずに恥ずかしがってばかりだ!こんなんじゃ羨ましがる奴らの嫉妬を買うばかりで何一つ良いことなんてない!!

俺はキルカにブルマを通じて自分の魅力に気づいて欲しい。そう思っている!」


 堂々と言い放ち静まり返る。


 鏡を見なくても判る。いま自分の顔は赤い。


 なんて変態な兄なんだ。


……でも上手く言えないけど少し理解できてしまった自分が居るのが悔しい。

そう思っていると紺野さんは言った。


「そう………それが貴方の考えなのね…だけどっ…!!

ブルマーは神聖な物よ!ソコは譲らないわ!!」


 いや、どう考えてもエロい物だろ。


「貴方も私も同じブルマーに魅いられたのはブルマーの神聖さを垣間かいま見たからに他ならない。私は…そう、思っている……」


「君のそいうところ……俺は嫌いじゃないよ」


 高度に発達したエロはギャグと見分けがつかない…

 私は着いていけるのだろうか…この加速する変態たちに…


「ところでキルカから君はブルマー戦士に成りたいと聞いたけど本当に良いのかい?」


「どういう意味?」


 神妙な顔つきで二人は話始める。近くで聞いていた私は突っ込むのに疲れたから二人の会話はひたすら右から左に流すことに専念した。


「さっき話したようにブルマーはエロい。たとえエロくなくとも男はエロい目で見てくる。ブルマーを神聖な物として見る君に果たして耐えられるのかね?」


「……っ!?そ、それは!……いや、それでも…私はっ……!!

ブルマーを…………穿きたい!!!」


「良いのか……君の足も太ももに至るラインも全てが男のよこしまひとみさらされて穢されようとも構わないと!?君は本気でソレで良いというのだね!?」


「…ッ!!良くないわ!!でも!みんながみんな えっちな目で見ているワケではない!!かつて東京オリンピックでソ連のバレーボール選手のブルマーを見た人々がカッコイイと思ったように、私はもう一度ブルマーの素晴らしさに気づいてもらうために私は戦いたい!!」


「……その言葉が聞きたかった

ところで、できるだけ要望に答えたいのだが色は何色が良いかな?」


「……?!それって私もブルマー戦士に認めてくれたってこと!?」


「もちろんだ。ブルマーを愛する者に悪い人は居ない。君ほどブルマー戦士に相応しい人間は居ないだろう」


「あ、話 終わった?じゃあ私 引退しt「ダメ」


 話が一段落着いたようだったので私がスマホの操作を止めて引退を表明しようと思ったが断られた。


「それで話を戻すが何色が良いのかな?」


「〝紺〟よ。この一色以外ありえないわ。誠実・真面目・品格・自律・堅実・厳格・沈静の色言葉を持つこの色こそが最もブルマーの神聖さを伝える色よ」


「良かった。その色なら丁度あるよ」


 そう言いながらお兄ちゃんは紺色のハチマキをポケットから取り出すと紺野さんへ差し出した。


「このハチマキを身に着ければ君もブルマー戦士だ」


 紺野さんは緊張した面持ちでソレを受けとると頭に巻きつけ光に包まれた。

 そうして、二つ結いの銀髪に青い瞳の女性の姿が現れた。

 変身すると彼女は恥ずかしがる素振りなど一切見せずにスラリと伸びる足を激しく動かし言った。


「スゴい…これが……ブルマー……!!

内転筋ないてんきんの熱を放出し機動性を高めた運動性!!そして、この溢れ出るパワー!!コレが!?失われし20世紀のロストテクノロジー!?」


 いやテクノロジーと呼べるようなものでもないし、そもそもロストしてない。運動性だって言うほど高くない長時間 穿いてると股が擦れてきて痛いし…


 まぁそれでも本人が喜んでいなら良いのだけれども。


「こんな素晴らしい物をいただいて本当に良いんですか?」


「ああ、コレからキルカと一緒に宜しく頼む」


「キルカさん。コレから私と貴方の二人でブルマーの素晴らしさを広めていきましょう!」


 そう言うと紺野さんは死んだ魚の目をした私の手を握り瞳を輝かせる。



………府愛知ふえち市は今日も平和です。

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