talk5 繋がりの端くれ

喫茶店でコーヒーを啜る。

菊乃さんは、帰ってきて早々に更衣室に行った。


「もうそろそろいい時間ですので、今日はもうログアウトします」


店長はコーヒーを淹れ直しながら、答える。


「はいはい、お疲れ様、今日は本当に頑張ったね」


「お疲れ様です、あぁ、今日の幻狼みたいな事って結構ある事なんですか?」


さっきから今日の幻狼の事が気になってた。

物語中のイベントでラスボス級のモンスターが乱入するなんて話、聞いてない。

HEBMDSUヘブンデスの公式PVでも、そんな事を示唆するようなシーンも記事も注釈もなかった。


「あぁ、あれは本当に稀にしか起こらない事らしいよ、僕達もあの状況に遭遇したのは初めてだからね」


この喫茶店のメンバー程やっていても、初めてとは一体どれほどなんだろう。

顔に出ていたのか、今度はその問いを榛也が端的に答える。


「確か……5年に一回位だったかな?」


「え?」


反射的に聞き返してしまうほど、その確率に耳を疑った。

だってこのゲーム、発売したの3か月前だよ?

それなのに5年に一回て……、

どうなってんの?このゲーム。

もしかしてなんだけど、俺が初めて?

自分で考えてて、余りにも信じきれなくなり、もう一回聞き直す。


「え?」


やっぱり、信じられない。

どんな計算をすればそんな事になるのか。


「設定の中、HEBMDSUの今までの歴史でもそれ位の頻度で起きてるらしいし、実際に計算してもそうなるらしいよ」


店長が補足をしながら、一緒にクッキーも出してくれる。

すっごいおいしそう。

多分、店長の作った物だろろ。

ホントに何なんだこの人は。

なんであんな寂れたゲーム屋の店長なんてやってんだ。

現実の方も喫茶店に変えりゃぁいいのに。


「だから、結杜君はかなりの強運の持ち主なんだよ、一回目にしてあんな状況に直面する事なんて、現実で宝くじ当たる位すごい事じゃないかな」


その言葉を聞いて、何故か漠然と恐ろしくなる。


「俺、このゲームで一生分の運使ったかも…………」


気付けば、そんなことを零していた。


「ナッハッハ、んなわけないだろ」


榛也は、クッキーを咥えて笑いながら答える。

コイツはほっといて、他の事も気になってきた。


「どうして、そんなことが起きるんですか?」


「それが良く分かってないんだよ、ゲーム内での言及もないし、恐らく生態系の作用じゃないかって言われてるよ」


店長はいつものように優しく答える。

そして、いつものように榛也は後ろで「んめぇー、このクッキー」とか言ってる。

自由過ぎんか?コイツ。


「生態系?どういう事ですか?」


そこまで意識してゲームをしたことが無かったからか、ゲームの中で生態系と言われてもいまいちピンとこなかった、


「そう"言われてる"ってだけで僕も、詳しくは分かってないんだ、ごめんね」


「そうなんですか」


店長のコーヒーを啜る。


「まぁ、僕が知ってる範囲で言うと、このゲームの生態系は不思議って事だね」


「不思議?どこら辺がですか?」


「一見すると全然不思議じゃないんだ、だが、よくよく考えるととても不思議なんだよ、」


ギルドの事を教えてくれた時みたいに、先生モードに変わる。


「どんな名前かは忘れたが、現実の生態系にはズレが生じた時に元に戻ろうとする力が働くんだ、」


「はいはーい、どうしてズレが生じた時に戻そうとするんでーすか?」


榛也が茶化しながら質問する。

聞かれた店長は得意気に答える。


「住む場所が急に変わると環境に適応するまでに、かなりの時間を要するんだ」


「ほぉー、勉強になりまーす」


茶化すのが目的なのか榛也は、手をひらひらして答える。

が、しかし店長、構わず進める。


「しかし、この世界にはそれが無いんだ」


「無い?絶滅しないって事ですか?」


「ゲームだからそれもあるが、この世界のモンスターは適応能力が高い、ゲーム的にそうしているのかは分からないが、同じ種類のモンスターがどこにでもいるんだ」


ぶっちゃけ言って、ゲームだからそうなってないと成り立たないと思う。

それで幻狼の件と繋がってくるのか分からない。

あんな種族が他の場所にもいるのか。

大丈夫か?ほかの場所。


「つまり、"どこにでもいる同じようなモンスターが居る"、"それを食べるモンスターはどこに行っても食料に困らない"、食料が無くなれば別の所に行けばいいんだしね」


店長は自分で淹れたコーヒーを啜る。

少しだけ啜ったカップを丁寧に置いて、また話し出す。


「結果として"上位種になればなる程自由にできる"」


「それで幻狼が選んだのが、たまたま、あの村だったと……」


「そもそも雑魚モンスターが居なくなるなんてゲーム的にそうそう起らない、だから、"5年に一回"しか起きないんでしょ」


俺の隣でコーヒーを飲み干した榛也が、補足してくれた。

なるほど、それが"実際に計算してもそうなる"って事か。


「それが不思議って事?」


榛也は店長にコーヒーのないカップを押し付けながら、答える、


「そう言う事だ、基本、現実の動物は特定の地域にしかいないってのが多い、ホッキョクグマとか」


「ホッキョクグマってそうなの?」


「知らん、名前がそうだしそうなんじゃねーの?」


コーヒーのおかわりを待ちながら、答える。


「うわ、てっきとー」


笑いながら俺も、コーヒーを啜るついでに、ちょっとだけ、クッキーも貰う。

確かに、美味しい。


「まぁ、榛也君が言った通り、現実世界ではないようなことが不思議なんだよ」


「ゲームなんだし、そんなに気にする事でもないんじゃないですかね?そういうもんでしょ?ゲームって」


榛也はごもっともな意見を言う。

それは暗黙の了解的な物だと思っていたのだが、確かにそれは俺も思っていた、

無粋かもしれないが、ゲームである以上、そう言う現実とは違う所があっても、良いんじゃないかと思う。

そう言われるのが分かっていたのかのように、榛也のコーヒーを淹れる。


「このゲームは物凄く細かいんだよ」


榛也にコーヒーを渡す。


「その構想をどっから持ってきたのか知らないが、それぞれ種族の身体の構造も、この世界の地理も、かなり現実のものに近いんだ、他のゲームでも恐らく大体はそうではあるだろうがね」


クッキーを食べながら、続きを話す。


「しかしね、このゲームの強みである"ゲームの世界に入れる"事で臨場感を増す」


そう言って、わざと自分の肩程からカップを放す。

勿論の如く重力に従って下に落ち、床との衝撃でカップは割れる。

店長は割れたカップの破片に左手をかざす。

瞬間、カップの破片は余すことなく全て、砂状になる。


「例えば、"砂"」


自分で変えた砂を左手で掬い取り、また地面に戻す。

砂は自分達の居場所に戻ろうとするが、微かな風でも受けているのか少しだけ散ける。


「良く見ればわかるんだが、微かに風の影響を受けてるんだ」


室内で風の影響。

その言葉に、違和感を持つ。


「窓……開いてないですよね?」


周りを見渡すが、どの窓も開いてない。

すると店長が、フフッと笑う。


「実はさっき、裏の窓を開けたんだよ」


手を叩き、全ての砂粒を床に落とす。

小さな砂の山を、今度は右手でゆっくりと掬い上げる。

その手の動きと連動して、砂が徐々にカップを形作る。

右手が完全に横になると同時に、カップも完全に元に戻っていた。


「僕も、もう一息つこうかな」


そう言って、戻ったカップにコーヒーを淹れ、啜る。


「戻るのも、ましてや落ちるのも、かなり細かく精密な、そして僕達には到底理解できないような物理演算が施されている」


近くにあったテーブルにカップを置いて、数センチ程だけ、窓を開ける。

現実では、もう直ぐ1時夜23にもなるのに、こっちHEBMDSUヘブンデス》ではかなり賑わっている声と音がする。


「マップの移動が無いのも、このゲームが現実に近い理由だね」


そう言って窓を閉める。


「各街やら集落やらの拠点では、暗黙の了解で皆、他プレイヤーに攻撃しないけど、仮に外で何か争いが起きて建物に当たると、実際に壊れたりするんだ」


「幻狼の時の集落みたいにね」と続ける。

確かにあの集落で、幻狼の攻撃を受けて吹っ飛んだ時に家がつぶれた気がする。

あれも、現実をリスペクトした物理演算だったのか。


「まぁ、僕のこの知識は受け売りだから、この程度の事しか言えないんだ」


「程度でも全然すごいですよ」


本当に、"程度"で収まる物ではない。

それがたとえ、受け売りだとしても。

しかし、ゲームにそこまで本気になって研究している人が居ることに驚いた。

世界には本当に色んな人が居るらしい。

これが所謂ガチ勢と言うやつなのだろうか。


「話し込んじゃったね、結杜君はコーヒーのおかわりはもう良いのかい?」


「はい、ありがとうございます」


カップを渡す。

これを飲んだら、もうログアウトしよう。

そんな事を考えていたら、足音が聞こえてきた。


「店長ぉー、買い出し終わりましたぁー」


いつの間にか買い出しに行っていたらしく、玄関から帰ってきた菊乃さんを見てびっくりした。


「おかえ?」


驚き過ぎて、カップを落とす。

奇跡的に、落とした先がカップの受け皿であった為、カップが割れる事も、こぼれる事もはなかった。

何がそんなに驚くことなのか。

それは、買い出しに行ってた事じゃない。菊乃さんがちっちゃくなっていた事だ。

ちっちゃなうさ耳獣禽族ビースターで、130~135位の身長、クリーム色の髪の菊乃さんうみゅうに戻っている事だ!

驚くだろ!?気付けばおっきくなって、また気付いたらちっちゃくなって、トリックアートのつもりなのか?

何なんだ、本当に、この人達は。

それでも、店長も榛也も特に驚くといった事はない。

慣れとは、はた恐ろしいものだ。


「どしたの?結杜君」


菊乃さんが聞いてきたけど、はっきり言ってもいいものなのか?

女性の容姿に関してとやかく言うのはマズいのでは?


「あぁ!このキャラうみゅうの事でしょ!」


図星を突かれて、もっと言い出しにくくなる。


「良いんだよ、結構慣れてても驚かれるから、驚かれる事に慣れちゃった」


ニへへッと笑う菊乃さん。

今のちっちゃい容姿と相まって、可愛らしい。

多分ロリコンが見ると、一撃でノックアウトするレベルで。

ふと思う。


「そ、それはそれでどうなんですか?」


ちょこんと、カウンターに座り、両手でコーヒーを飲む菊乃さん。


「わかんない!」


意気揚々と元気に答える。

ホントに慣れって怖い…………。


「そ、そうですか…………」


それを聞いた菊乃さんは再びコーヒーを飲みだす。


「ごめんね、長くなって」


店長はもう既に用意をしていたのか、手にアイテムを出す。


「いえいえ!聞き出したのはこっちですし…………、今日はありがとうございました!」


そう言ってメニューを開きログアウトしようとした時、手を掴まれる。

ビックリして顔を上げると、店長がなんかのアイテムを押し付けてきた。

今度は見るからに高価そうな金ぴかのピッカピカのやつだった。

完全に榛也からも、見えてるはずなのに止めようとしない。

ピカピカの時点でかなり不審なのだが、榛也が止めないあたり、不審感が増し聞いてみる。


「あの?これは?」


「通信機だよ、まぁ、いつでもどこでも通信出来るわけじゃなくて、ピンチな時に危険信号を発するだけなんだけどね」


榛也が黙ってた意味が分かった。

何も言わず、榛也の方を向く。

俺の意図が通じたのか頷く。


「分かりました、貰っておきます、ありがとうございます」


手を掴んだ時とは違い、優しくしっかりと落ちないように渡してくれる。


「あぁ、それと」


何かを思い出したのか、電球のアイコンをピコンッ!とさせる。


「この間、HEBMDSUと一緒に渡そうと思ったやつがあるんだ」


「渡そうと思ってたやつ?」


その反応を待っていたと言わんばかりに、店長は悪戯っぽく笑う。


「まぁ、それは来てからのお楽しみだ、きっとビックリするよ」


「それは楽しみです」


「私も今日はもう落ちます」


コーヒーを飲み終えた菊乃さんは唐突にそう言い、カウンターに座ったままメニューを開いて、ログアウトを選ぶ。


「お疲れ様です」


その言葉を合図に俺と菊乃さんは、青い粒子に包まれて消える。



   →REAL→



一人ベットに横たわりながら考える。


「明日、学校か…………」


口から発されたその言葉と、頭で考えていることは違っていた。

店長は未知族なのに強かった。幻狼を一発で大人しくさせる程に。

俺もやり込めばあそこまで強くなれるのかな?

それに、俺に"渡しそびれた物"って何だろう。


「明日、学校か…………」


また、思っても無い言葉が口から出る。

のどが渇いたから、リビングに水を取りに行く。


「まだ寝てなかったのか?」


ちょうど冷蔵庫を開けた時、後ろから声がした。


「親父こそ、起きた?」


「いんや、父さんもちょうど寝ようと思ってた所だ」


2人して、水を飲む。

親父が隣でため息をつく。

微かに「どうしようか」と聞こえた気がした。


「仕事でなんかあった?」


「いや、ちょっとな…………あっ、仕事の事じゃないぞー、父さん優秀だからな!ハッハッハ!」


「あっそ」


「結杜~、つめたいぞ~」


いつものように親父はふざけてる。

この分だと、俺までもが、特に気にする事でもないだろう。

ぶっちゃけ言って、自分の親の仕事の事はどうでもいい。

と言うか、気にした事も無かった。

水を飲み終える。


「お休み、親父」


そう言うと、笑顔で返してきた。


「おやすめ!」


部屋に戻って、またベットに横たわる。

どんどん瞼が重たくなり睡魔に負ける。

ゆっくりと目を閉じる。



   →???←



水を飲み終わり、コップを置く。

最近、結杜がやっているゲームが"HEBMDSU"ってことぐらいは、見当がつく。

たまに部屋から、「未知族が……」とか「獣禽族が……」とかが聞こえてくるから。

しかし、そうなると、やっぱりを言う必要が出てくるかもしれない。

もう一度、ため息をつく。


「どうしよ……」


その言葉は、只々口から消えていっただけだった。

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