talk4 まさかの戦闘

「では、行こうか」


喫茶店の真ん前。

店長の言葉を合図に、歩きだす。


「最初の物語の場所ってどこなんですか?」


店長に素朴な疑問を訪ねる。

本当にチュートリアルしかやってないので、物語の知識なんで微塵もない。


「チュートリアルの森だね、そこから物語が始まるんだよ」


チュートリアルの森に向かっているのか。

チュートリアル…の森?

あれ?そこって……もしかして……

少し引っかかってる気がしたから、メニューを開いて確認する。


「もしかしてその森、このヒシクルの森って所ですか?」


「そうそう!ここから結構掛かるから雑談でもし「そこ、お気に入りしてるんで飛べますよ?」


菊乃きくのさんの言葉を遮ってしまった。

遮ってしまったのが気に入らなかったのか、菊乃さんは、時間が止まったみたいに微動だにしなくなった。

店長は気にせずに、進める。


「それじゃ、ワープのアイテムあるから渡すね」


『フレンド:でびるまーるから"魂鳥の羽根"が送られてきました』

とメッセージが届いた。


「これ何て読むんですか?たましいちょう?」


「それは魂鳥こんちょう羽根はねって言うアイテムなんだよ」


そのやり取りを聞いていた榛也は、ため息をついて呆れてた。


「なんでそんな高価なもんあげるんですか?アホなんですか??」


そんな質問に律儀に返す。


「たまたま持ってたんだよ、良いでしょ」


「良くない!全く!!高価な物位取っときないよ!いっつもいっつも!」と、説教されてる。

もはや、どっちが年上か分からない程に。

榛也…本当に高2俺と同い年か?

そして店長……本当に31歳か?

不安過ぎて堪らないのだが。

菊乃さん、まだ固まってるし。

まぁ取り合えず、魂鳥こんちょう羽根はねを使ってワープする。



   →HEBMDSU→



いつぞやの大きめの樹に着いた。

ヒシクルの森は目の前に構えている。

ちゃんと、全員いるか確認する。

………。

未だ固まっている菊乃さん。

店長に説教してる榛也。

榛也に説教されてる店長。

……うん、全員いる。

確認を取り終えた瞬間、森から聞いただけでダメージを受けそうな程の咆哮が轟いた。

店長と榛也は、同時に咆哮のした方へ向く。

幸か不幸か、その咆哮を聞いて我を戻した榛也が、そっと零した。


「この声って……まさか何でここに…」


打合せでもしていたかのようにタイミング良く、続けて店長も言った。


「あぁ……まずいかも知れないね…結構」


言い終わると、こっちを向いて爆弾発言をしてくる。


結杜かたと君、もしかしたら、物語の初めての戦闘がボス級になるかもしれないから、気を付けて!」


それだけ言って2人共、走って行ってしまった。

やっと、カチコチから解かれた菊乃さんは待っていてくれてる。


「え?」


最初の戦闘がボス?は?

衝撃を受けすぎて、それしか言える言葉が見つからなかった。



   →HEBMDSU→



「ありがとうございます」


「良いよ、パーティーメンバーとして当然だからね」


今は菊乃さんと一緒に、突っ走って行った2人を追いかけている。

森の為、一々木を避けて通るのが面倒くさい。

すると菊乃さんが、ふと聞いて来た。


「この木、面倒くさくない?」


不意に聞かれた為、変な答え方になった。


「ふんぇ?まぁ、はい」


「だよねー、ちょっと待ってて」


と言って止まる。

それにつられて菊乃さんの少し後ろで俺も止まった。

菊乃さんは少し息を整え、背中の刀に手を掛ける。

すると一瞬だけ菊乃さんがブレたように見えた。

そして、小さく囁くように言葉を発する。


「"龍の斬息りゅうのざんそく"」


次の瞬間、見渡す限り殆どの木々が倒れて一気に通りやすくなる。

辛うじて残っている物は、とても切り株と言えるような分厚さはなく、ミリ程しか残っていなかった。

その攻撃を繰り出した刀は柄の部分を手に持っただけで、動いているようには見えなかった。

居合切りって事?それでこの威力?

あの喫茶店に居る人達は、全員化け物級なのか?


「ささ!早く追いかけるよ結杜君!」


「は、はい!」


先に走っていくうみゅうさん菊乃さんの後ろ姿を見て思った。

絶対強いでしょ、あの人。

追いかけてから少し経った頃、森の奥から金属と金属がぶつかり合う音が鳴り届いた。

音の方に目を向けると、集落らしい場所で狼に近しい黒色の何かが2人と戦っていた。


「ぬひゃあ!?」


狼(?)の尻尾攻撃を受けた榛也が飛んでくる。

飛んでくる速度が速い為、避ける事が出来ない。

俺は榛也に向かって進んでしまう。

そんな事をすれば、勿論、衝突する。


「ごはぁ!」


衝突した為、体力が3分の1程減ってしまった。

さらに、状態異常【痺れ】が付いて、榛也共々、動けない。


「あ…れ、何…で……す…か?」


痺れながらも聞いてみる。

いつの間にか隣に居た店長が答える。


「あれは幻狼げんろう、その名前とは裏腹に単なる物理だけで攻撃してくる、狼系モンスターで、上から数えた方が早い位強い」


「マジで…アイ…ツ…嫌い」


まだ【痺れ】が取れていない榛也は、愚痴を言っている。

えぇ…。

俺そんなのと戦うの?

勝てなくない?

まさか、勝てないよね?流石に…。


「いつまで寝てるんだー、ぅぉりゃ」


菊乃さんが思いっきりポーションを投げつけてきた。

けど、そのお陰もあって、俺も榛也も、【痺れ】が消えた。


「菊乃さん、ありがと」


立ち上がりお礼を言うと、榛也はふざけて


「うむ!いい仕事をしたな!」


なんて言いながら立ち上がり、腰の刀に手を置き、右足を半歩下げる。


「さて、リベンジ行きまっか?キギル結杜殿?」


「俺はリベンジじゃないし、ボス戦初めてだけど……」


本来なら、そこらの雑魚モンスターからなんじゃと、自分の不運と最初のボスにかなり戸惑いながらも、俺も剣を取る。


「行きまっか!!鬼梗榛也殿!」


俺のその返事を合図に、榛也と幻狼が同時に動く。

幻狼は、吠えながら一気に突進してくる。

それとは対照的に、榛也は緩やかに、確実に、前に歩み出る。

それぞれの間合いに入った瞬間に、幻狼は左前足から爪を、榛也は少し腰を落とし、右側の刀を高く掲げる。


「"空裂くうれつ"!!」


辺りを揺るがす咆哮に負けじと自身も吠え、榛也は刀を振り下ろした。

刀から出た真空波的な物は幻狼共々、虚空を切った。

しかし、流石はゲーム。簡単に真っ二つになることなく、ダメージだけ与える。

俺は、受けたダメージでもがいている幻狼に向かって、走り出した。


「今だ!」


榛也は同じ声量で、俺に簡潔に言った。


「ほいよ!」


榛也の数歩後ろで、思いっ切りジャンプする。

思ったよりも高く飛んだが、気にせずそのまま剣を重力に任せて、まだもがき苦しむ幻狼の背中に突き付ける。


「もいっちょ!"邪天じゃてん雷靂"らいれき!」


榛也はさっき振り下ろした刀を、今度は振り上げた。

俺がいるのに、ご丁寧に刀いっぱいに雷を纏わせて。


「おぉい!ちょっち待っち!」


俺が叫んでも、榛也は止めない。

地面から天に向かって雷が落ちる。

腹の真ん中から雷を喰らった幻狼は持ち上げられる。

その衝撃は"ついでにお前もだ"と言わんばかりに、俺を空に放り投げる。


「ぅわぁ!!」


「っぶないっ!」


そう言って、菊乃さんが空気の中に投げ出された俺を、即座にキャッチしてくれる。

流石、兎の獣禽族。飛躍力と速力が高い。

助けてくれた事自体は嬉しいしかったのだが、どうやらどこに着地するか考えていなかったらしい。

そんな訳で2人仲良く体力を消費して、集落の家に突っ込む。


「ぃってぇ……」


衝撃で木端微塵になった家の破片をどかしながら、瓦礫の山から出る。

ちょうど体が出きった所で、目の前に体の3倍位ある影が迫ってきた。


「うぉっと!」


危険を察知して、急遽、頭の上で腕を交差して防御する。

重さに耐え切れず、片膝を地に着ける。

反撃しようと自分の腰をチラ見するが、ある異変に気が付く。

剣が無い。


「まさか…!!」


幻狼の背中に刺さっているままかもしれない。

そう思い、目をやった直後、左からの轟音と同時に目の前から消える。

同時に体が軽くなる。


「結杜君、大丈夫?!」


幻狼が居た場所には、代わりに菊乃さんが立っていた。

幻狼が吹っ飛ばされたと思われる右の方から、バキバキと環境破壊の木が倒れる音がした。

この人、森に何か恨みでもあるんだろうかって位、この森を切り飛ばしては、へし折ってなんかの破壊活動をしてる気がする。


「はい、何とか」


木片を叩き落としながら答える。

榛也が幻狼を相手していたはずだから、こっちには来ないはずなんだけどと思い、周りを見渡してみる。


「もう……マジ…でアイ…ツ…嫌い」


刀を握りしめたまま、木の根元で逆さまになっている榛也と恐らくそれをどうにかしようとしている店長を見つけた。

緊急事態だと思い、俺は菊乃さんに目を向ける。

菊乃さんは俺の心意を読み取ってくれたのか、何も言わず頷き、一緒に駆け寄る。


「お前、何やってんの」


「痺れ…てん…の」


はいせんすな榛也の答えに、若干呆れを覚える。


「んなもん、見りゃわかる」


と返し他に攻撃手段が無いか、メニューを開き調べる。

あった事にはあったが、頼りない。

何せ、見つけた物が、チュートリアルの老人から貰った木の剣だけだったから。

仕方なく木の剣を手に持つ。

タイミング良く後ろから、再度挑戦を受けるかの如く、咆哮が轟く。


「いつまでそのつもりなんだい?」


店長は榛也の顔面に向かってポーションを投げつける。

恐らく、店長の狙い通り顔面に当たって砕ける。


「ぶはぁ!口に入ったぁ!あっまぁ!!」


だのなんだの言っている。ポーションって甘いのか……。初めて知った。

どうやらこの人達の中では、怪我人に向かってポーションを投げつけるのが流行っているらしい。

と言うか、よくよく考えたらこの状況でも、こんなにふざけ合っていれる事に驚くべきなんだろう。

俺もこの人達に感化され始めてるかも知れない。


「結杜、後ろ!」


榛也のその声で、危機に気付いた。

振り返った時にはもう遅いはずだ。

が、しかし、俺は幻狼の爪を木の剣で確実に防御していた。

自分でも、明らかに早すぎる行動に驚いた。


「え?」


さらに、驚きは続く。

幻狼の攻撃に合わせて、体は的確に正確に俊敏に、躱し防ぎ往なす。

自分の意志に反して。


「どゆこと?!」


思わず声に出すが、榛也と菊乃さんの2人は、それどころじゃないと言った顔だった。


「結杜君……すごい…全部防いでる」


「お前…このゲームやった事無いんじゃないのかよ」


口々に言う2人に引き換え、店長は考え事でもしているのか、黙り込んでいる。

よそ見と油断が重なり、一撃を喰らってしまった。


「うわ!」


かなりの速度で森に突っ込む。

木の一つに当たっても勢いは落ちず、木を折っても、なお、次の木に突っ込む。

それが続き、体力が残り10分の1程になってやっと勢いが止まった。


「やっば…」


木にぶつかり、【痺れ】の状態になったせいで、立つことも動くことも出来ない。

かなりまずい。

このまま動けなかったら、確実に文字通り潰される。

もう諦めて操作の手を止めた時、木の剣がひとりでに動く。

まるで意思が存在し、俺を護るように。

しかし、さっきの全防御で力を使い切ったのか、フラフラだった。

菊乃さんは慌てて、俺にポーションを持って丁寧に、俺の口に近づける。

榛也は、無防備になっている俺と菊乃さん、フラフラで戦えそうにない木の剣を守ろうと、前に出る。

俺にとどめを刺そうと動く幻狼に技を打つ。


無限への追放バニッシュ・トゥ・インフィニティ


幻狼の下から黒い霧みたいなのが沸き出て来る。

霧は幻狼の全てを包み込んで、緩やかに幻狼を粒子化して崩壊を始める。

幻狼が崩壊を止めようともがけばもがく程、崩壊の粒子が増える。

やがて幻狼だった物が完全に消え去った場所には魔石と俺の剣が刺さっていた。

技を放った張本人は、にこやかに俺に言った。


「お疲れ様、もう気を張らなくていいよ」


榛也は自分で倒したかったのか、刀に手を掛けたままプルプル震えている。


「ありがとうございます、店長」


ポーションの効果は既に【痺れ】と共に無くなっていた。

後は、榛也にちょっと……ね?


「店長…なんで横取りしたんですか!」


「鬼梗君は、結構ダメージ受けてたじゃないか」


「ちょっとしか減ってなかったでしょぉー!なんでぇ―!」


「ぅおらぁ!」


後ろから思いっきり拳で奇襲したつもりだったけど、綺麗に避けられた。


「っぶな!何すんだよ!」


「こっちのセリフだ!あの雷ィ!心臓に悪いわあんなの!死ぬかと思ったわ!」


「悪かった悪かった!あれしか思い浮かばなかったんだ!結果勝てたんだから良いだろ!」


「お前のお陰じゃないだろ!この木の剣のお陰だろ!」


そう言って、木の剣を空高く掲げる。

菊乃さんがオロオロしている中、考えが纏まったのか店長が口を開いた。


「その剣も心臓に悪いかい?」


指をさしていた訳ではないが、俺が持っている木の剣の事を言っている事は即座に分かった。

忘れない内に魔石と剣を回収しながら、答える。


「え?えぇ、正直心臓には悪いですが、かなり助かりましたし、このまま持っておくつもりです、あとこれ、どうしますか?」


魔石を持って見せる。

最初にこの森で倒した狼みたいなののより、5倍ほど大きい。

やっと片手で収まる程ある。


「結杜君が倒したんだし、君が貰っといてよ」


「え?俺は何も出来な……」


「初の討伐成功記念として貰っといてよ…ね?」


「2人もそれでいいよね?」と、榛也と菊乃さんに聞く。

2人共、頭を縦に振る。


「ありがとうございます」


「さぁ、1回帰ろうか、流石に疲れたでしょう、コーヒー淹れるよ」


「はい!」


そんな訳で、1回喫茶店に戻ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る