talk3 過去の事

現在時刻、夜10時27分

榛也が店長を迎えに行ってから、大体30分位経った。

時計はアナログでは無くデジタルである為、この環境に音は無い。


「………遅いですね」


「………そうだね」


夜遅くも相まって店の外は騒がしく賑やかになっていく。

対して、音も無い気まずく静かな空間になりつつある、とある喫茶店のカウンター


「…………」


「…………」


あんなことを目の前で、しかも、あの菊乃さんが言っていたのだ。

榛也は、店長なる人を迎えに行ったきり帰ってこない。

マジで早く帰ってきて。

気まずいとか、恥ずか死ぬとかってレベルじゃないから。

どこ行ったんだ榛也。

気まず過ぎて爆発しそうだ。

頼む、早く帰って来てくれ!!


「………」


「………」


まずい。

本当に気まずい。

もう何もかもが気まずい。

ヤバい。本当にヤバいから、一旦HEBMDSUから抜けて、また明日にでも謝りに行こう。

そうしないと、俺が泣きそう。

マジで。


ドアの鈴が音を立てる。

泣きそうになりながらもドアの方を向くと、榛也と、もう1人知らない人が立っていた。こっちも鬼梗と同じく、角が生えている。

恐らく店長のアバターだろう。

違う所は、鬼梗が額に一本に対し、こっちの人(たぶん店長)には、頭の両方に羊みたいなクルクルの二本角が生えている。


「ぅおぉ!何泣きそーになってだ?」


今にも、泣き出しそうな俺を見てギョッとしている榛也。


「榛也ぁ~、助けてぇ~」


すぐさま榛也の元に駆け寄る。

俺の意図に気付いたのか、小声で話す。


「どうしたんだよ?そんな気まずかった?」


「かったよ!死ぬかと思ったじゃんか!」


「悪かった悪かった、本当に店長探すのに時間かかって……」


そんな事を話していると、後ろで紙袋を抱えている店長(?)が助けを求める。


「兄弟みたいに仲が良いのは分かったから、荷物の仕分け位手伝ってくれると嬉しいな?鬼梗君?」


いつものお店で見ているほんわかしている店長(!)とは違い、顔は笑っているものの、威圧がすごい。

この場が一瞬にして、ピリピリする。

流石は、"店長"。伊達じゃない。


「はーい」


しかし、榛也は慣れているのか、全く動揺していなかった。

店長から荷物を受け取って、カウンターの奥に行った。


「君は………」


荷物を預けた店長は、物珍しそうに、まじまじと俺を見る。

そして気づいたのか、ピコン!っと頭の上に、電球のアイコンを出した。


「あぁ、結杜君か!鬼梗君があそこまで仲良くしてたから、もしやとは思ったけど……」


「えーっと、店長ですよね?」


一応確認をしておく。


「如何にも!"店長"だよ」


羊の角の男は、そうにこやかに答えた。

放たれるオーラが、ほんわかしている。

良かった。いつもの店長だ。


「名前か何か、個人情報を言った方が良かった?」


「いや、それは……」


どうなのだろう?

名前は知ってるし特に問題ないのか?

いやでも、MMOだしなぁ。

などと考えていると、店長からフレンド申請が届いた。

申請を承諾してみると、今度はメールが届いた。

開いてみると、


「こんにちわ、結杜君。真田さなだ しょう(31)です。」


とだけ、送られて来ていた。

完璧に店長だと分かった物の、個人情報大丈夫なんだろうか……

……え?ちょっと待って?!店長って31歳なの!?

…いやいや、おかしい。どう記憶をたどっても、あの外見は20代前半の物でしょ。

……この人もしかして、化け物?!


「そう言えば結杜君、聞きたい事があるんだっけ?僕も未知族だけど……」


あぁ!そうだった!

ここに来た理由忘れてた。


「俺も未知族なんですけど、色々教えて貰っていいですか?」


店長は、「う~ん」と唸ってから答えた。


「僕が分かる範囲でいいのならって感じかな」


「僕も完全に分かってる訳じゃないから」と続ける。

そんなにややこしいのか。この種族。


「ここに座ると良い」


そう言ってカウンターの椅子を引く。

店長はキッチンに入って、コーヒーを淹れてくれた。

その一連の動作は格好も相まって、まるで3つ星レストランのウェイターのようだった。


「じゃぁ、始めたいんだけど……」


いつの間にかギャラリーとして、榛也と菊乃さんも増えてる。


「菊乃君はともかく、榛也君は知ってるだろ?」


「店長がどこまで未知族を把握してるか気になるんで~」


悪戯に店長をからかう。

コイツ榛也、「よく知らねぇ」とか言ってなかったけ?

そんなギャラリーは、無視して始める。


「じゃぁ話すよ」


「はい、お願いします!」


「はいはい、お願いされます♪」


かなりルンルンで話始める。

この人、教えるの好きなのかな?


「未知族はゲームの中では、100年前になってようやく発見された新しい種族って言う設定なんだ。発見されなかった理由は、外見では他の6種族と区別がつかない為、そもそも種族として認識されていなかった歴史がある。ゲームのシステム的には、"レベル"と言う概念が通用しない唯一の種族で、その為、最初から結構強めに設定してある事が特徴だね」


「そうですね、しかも、歴史があるんですか……中々、壮大な気が……」


「そうなんだよ、結構壮大なんだ、伊達にMMO"RPG"と銘打ってる訳じゃない。でも、結杜君が知りたいのはここじゃないでしょ?」


分かっていたのか、本題を話し始める。


「結杜君が知りたいのは、恐らくここからかな?」


一息置いて、話を再開する。


「未知族って言うのは、ぶっちゃけ言うと……」


意味深な沈黙に、のどを鳴らし、息を呑む。


「………別に"強くなれない訳ではない"」


「…え?」


予想外過ぎる発言で、聞き間違えたかもしれない。


「レベルが"制限される"じゃなくて、そもそもの"概念がない"だけなんだ、まぁ、それでも強さに制限はかかるけどね」


さっきのは聞き間違いじゃなかった。

俺の耳はちゃんと機能している。

なんせ、ちゃんと聞き取れているんだから。

ある程度の冷静は保ちながら、質問する。


「強さに制限?何でですか?」


「特異属性があるからだよ」


「特異属性……ですか」


「そう、未知族の特徴でも唯一の強みでもあるけど、"世界で一つだけの属性"なんて、そんなの大体強いじゃないか」


「…なるほど」


何故か説得力がある。


「だから、結杜君も、"レベル"は上がらないけど、強くなれるよ」


「なるほど……」


ここで1つ、心当たりが出てくる。

『キギルのLevelがUNKNOWNアンノウンになりました。5BonusPointを贈呈します』

あの時のあの動作BPの贈呈は、通常の動作をしていただけ。

そう言う事か、納得した。


「自分の特異属性が知りたいんだったら、物語を進めると良い。ちょっと進んだら、属性を鑑定してくれるNPCの宿につくから、そこで頼むんだ」


「う~ん、未知族って、結構面倒くさいですねぇ~」


いつの間にか真面目に聞いていた菊乃さんが、カウンターに突っ伏す。

流石はRPG。設定が細かい。

が、しかし、確かにメンドイ。

つまりは、強くはなれるが、制限付き。

属性は強いが、調べるまで自分の属性が分からない。

中々、自分の運が試される種族だ。


「他に聞きたい事はない?」


「あっ、ギルドの事を聞きたいです!!」


即座に手を挙げて主張する。

その雰囲気はまるで、学校のそれだった。


「おぉ!その事を僕に聞くとは、結杜君、お目が高いね?」


さっきより確実に生き生きしている。

そんなに、教えることが好きなのか。


「そ、そうですか?」


「と言っても、ギルドメンバーが最低でも50人位いないと、やる事無いから」


「やる事がない?」


一応"職業"だと聞いて、それなりにハードな物を想像してたのだが、どうやら思っていた忙しくてかっこいいのとは違うらしい。


「やる事が無いっての比喩で、それ位、仕事が少ない。」


「少ない……」


「そう、少ない、ギルドに所属している人の管理や、自分のギルドの売り物の管理、あとはギルド会議とかかな?」


「ギルド会議?」


「あぁ、ギルドを設立するとギルド会議ってのに出れるようになるんだ、まぁ行く機会自体は少ないから、気にすることはないと思うよ」


「そのギルド会議って言うのは、どう言うギルドが参加してるんですか?」


「主にこのゲーム内HEBMDSUで権力が強いギルド……かな」


そう簡単に答えた店長の顔は無理に笑ってる気がした。

昔、何かあったのかな?


「ギルド作っても、やる事ってあんまりないんですね」


「そうだねぇ~、人が集まるまでね、まぁ、人数少なくても名が知れてるギルドもあるから、一概に無いとは言えないけどね」


「そんな感じかな?後の事は実際に作った時に、手取り足取り教えるような事だから、その時はまた言ってね」


そう優しく言って、店長はカウンターから出て来て、コーヒーを淹れ直してくれた。


「その時はまたお願いします」


「はいはい、了解ですよ」


話が終わるまで待つのに飽きたのか、榛也と菊乃さんはカウンターの角砂糖をめっちゃ高く積み上げて遊んでいた。


「何やってんの?店の商品で遊ばないでくれる?」


店長は、榛也にチョップする。


「ぶっふ!店長、パワハラですよこれ」


「じゃぁ、君は犯罪者だ、このやろー」


そんな冗談を言いながら、店長と榛也はさっさと片付け始める。

店長はカウンターを拭きながら聞いてくる。


「もし良かったら、物語進めるの手伝うけど、どうかな?」


菊乃さんと榛也も、異議なしと言わんばかりに首を縦に振る。


「それじゃ、お願いします」


店長は嬉しそうに笑って答える。


「はい、お願いされました」


ちょうど終わったのか、布巾を持ってキッチンに入る。

布巾を洗ってるのか、キッチンの奥から水の音がする。

音が止み、店長が戻ってきた。


「さぁ、行きますか」


エプロンの裾で手を拭きながら出てきた。

その姿が余りにも様に待っていた。

一瞬、角の生えた店長のアバターと現実の店長が重なって見えた位だ。

……この人、なんで現実でゲーム店の店長してんだろって思うほど。


「あぁ、物語に行く前に、皆ちょっと準備して来ようか」


そう促す。

流石、店長。

人の扱い方に慣れてる。

ただ、これまでの店長の行動を見てると、"店長"って言うより、若干"先生"って感じがするのは気のせいだろうか。



   →HEBMDSU→



俺は何も用意する事が無いから、皆の準備を待っていた。

なんたって、初期装備しかないからな!


「ただいま」


一番最初に更衣室から帰って来たのは、店長だった。

しかし、その姿は全く変わっていなかった。


「え?」


しっかり準備した人の言い方だったからか、俺じゃなく、後ろにいた榛也が驚いた。


「店長何にも変わってないじゃないですか!」


対する榛也は服装は変わってない物の、腰の両側には結構な長さの日本刀を1本ずつ携えていた。


「えぇ~?よく見てよ、ここのアクセが変わってるでしょ?」


と言って、胸元をちょいちょいと指さす。

それを見ている榛也は、呆れているのかため息をつく。


「店長……それは準備って言うんですか?」


「アクセを変えるのも立派な準備だよ」


また下らない事を言い合っている。

そんな二人の言い合いを眺めていると、菊乃さんが出てきた。


「お待たせしましたぁ~」


恐る恐る出て来る。

……一言だけ言おう。

見違えた。

身長が高くなってるし、着けていたガントレットも、金ぴかで高価そうで強そうなのに変わっている。

背中には機械的な構造をした刀を、腰の後ろには似たようなデザインのコンバットナイフを着けていた。

その姿を見た榛也が横目に店長を見ながら言った。


「準備ってこう言う事ですよ、店長」


「そうなのか?」


この人、天然なのか?

今日だけで、店長の色んな面を見れて、頭がパンクしそう。


これから、この人達と冒険するのか。

大丈夫かな?

心配で胸がいっぱいになった。



   →KIKYOU→



取り合えず物語がひと段落したから、結杜と菊乃さんは、もうログアウトしている。

現在、夜中の3時過ぎ。

ギルド・遊報吟格會ゆうほうぎんかくかいの本地、喫茶店・せんとりある。


「店長なんだかんだ言って、結構分かってたじゃないですか、未知族の事」


「あぁ、今日の事?」


「まぁ、もう昨日ですけどね」


「まぁね、伊達に5ヶ月間も未知族やってないよ」


店長は自慢げに、フフンと鼻を鳴らす。


「えぇえぇ、勿論存じておりますよ、それでもまだ分かってない事もあるんですがね」


「っぐ、痛いところを……」


痛い所を突かれた仕返しか、店長は反撃してきた。


「じゃ、榛也君は知ってなくてもいいの?」


「俺は未知族じゃないからいいんですよ~」


「このっ、言い訳だよそれ~」


いつものように冗談交じりに話していると、何かを思い出したのか、店長は「あぁそういえば」と言って、何もない空間を突いてメニューを開く。

メニューをさらに数回突いて、何かを見せる。


「ほらこれこれ、いつものアレ来てたよ、どうする?」


とメニューを見せてくる。

店長のメニューには、1通のメールが開かれていた。


『久しぶり鬼梗君、でびるまーる君、集会は3日後に開く予定だ。鬼梗君は前回来てなかったから、もしよかったら来てくれると嬉しい。


Ortunas リーダーMumuto』


と、短く書かれていた。

俺は少し考える。

今は結杜の物語進行の手伝いをしている。

行きたくはあるが、どっちの要件も外し難い。


「どうしようか?」


店長が、カウンターに座って言った。


「今は結杜の方を優先させますよ、あの剣の事も気になるし」


つられて、隣に座りながら言う。


「確かに、あの木の剣は気になるね……じゃぁ、僕も結杜君の方を優先しようかな」


店長は俺に笑いかけながら言った。

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