七月三日



 曇り。日記であるというのに、天気の様子を一切記していなかった。意図して書かなかったわけではない。単に忘れていたのだ。ぼくの仕事現場は、ほとんど室内で活動をしている為、天気のことなどあまり気にとめていない。ときおり、「きのうは、ひどい雨でしたね」などと隣人に話しかけられることがあるのだが、正直分からないので、いつも生返事をしてやり過ごしている。しいというなら、一服する際に五分程度、塀のあるの喫煙所で、数メートル先の入口から差し込む僅かな光で日光を浴びる程度だ。今日は、なんとなくどんよりとしていて、晴れとは言えなかった。だから、曇り。曇りだ。まあ、それほど重要ではないが、気が向いたら書き記そう。

 さて、昨日の話の続きをしよう。自作の物語まで書いていたぼくが、ある日をさかいに、書くことが嫌いになってしまった事件のことだ。確か、あれは小学四年生くらいだった。学校の休み時間に、ひとりノートを開いて物語を書いていると、教室の中に、女の子が数人、入ってきたのだ。ぼく以外のほかのみんなは、外に出てサッカーをしたり、鬼ごっこをしたり、女の子も活発な子が多かったので、ほとんどの児童たちは外で遊んでいた。その女の子数人は、たぶん、忘れ物をしたのであろう。教室に入ると、真っ先に机に向かい、横に引っ掛けてあった縄跳びを手に取った。それから、教室を出ようとした、つぎ瞬間、そのうちのひとり(ここではAちゃんとする)がぼくに気づき、「黒崎は、そとにいかないの?」と言った。ぼくは咄嗟に、「いかない。まんが書いてるほうが、たのしいから」と言った。それを聞いたAちゃんは、「え、まんが? 黒崎ってまんが書いてるの? みせてよ」と言い出した。嫌な予感がして直ぐに隠そうとしたが、時すでに遅し、Aちゃんは無理やりぼくの手からノートを取り上げて、露骨に読み出したのだ。あぁ、最悪だ。と思い、血の気が引いたのを今でも思い出す。ずっと、人目に触れず書き溜めていたものを、風船を割るかのように、一瞬で、公の場で晒されてしまった。しかも、数人居る女子たちの前でだ。そして、この話にはまだ続きがあるのだ。仮に、百歩譲って、勝手に読み上げた行為は良しとしよう。しかしだ。そのあとに、Aちゃんはノートを片手にこう言い放ったのだ。「へぇ……なんか、よくわからないけれど、こんなのずっと書いてたら、あたまおかしくなりそう」と。ぼくは腹が立って、何かを言い返したかったけれど、結局何も言えなくて、消しゴムのカスが散らばった机の上を見つめながら、ただ黙り込むしかなかった。黙っていると、女の子たちは縄跳びを振り回しながら、駄弁をして教室から出ていったのだ。なんとも、完全に打ちのめされてしまった。大げさかもしれないが、自我を否定をされたような気がした。そのうえに、否定をされて、何も反論出来なかった自分に対しても、苛立ちを覚え始めたのだ。好きであるのなら、子どもらしく主張をすればよかったものを……。と、まあ、今さら後悔をしても仕方ない。それからだ。ぼくは、二度とペンなんか握らないぞ、と。多少の意地も加わりつつ、何かを書くという行為をやめた。頭が、おかしくなってしまうのだから。それで、気づけば文章すらも嫌いになってしまったというわけだ。もっとも、ぼくが愚直な性格であれば、ここまで大事にならなかったであろう。臆病が故に、だ。当時のことを思い出すと、なんだか意気消沈してきた。今日はもう寝る。また明日。再び日記を始めた理由を書く。







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