俺専用 、妹

ちえ。

俺専用、妹

 昔から、妹が欲しかった。だけど俺の母は物心つく前に亡くなっていて、父はワーカーホリックで、めったに会わないその存在の記憶は、いくら思い出しても寝ている姿くらいしか浮かばない。まだものがよくわからない頃には、妹が欲しいと言って祖父母に微妙な苦笑いをされたものだが、その表情の意味がわかるにつれ、口には出せなくなってきた。だけど俺は、ずっと妹が欲しかった。


 みぃに出会ったのは、本当に偶然だった。小学校に慣れて我が物顔になった二年生。学校帰りの寄り道組が楽しそうで、走ってランドセルを置きに帰ってから、近くの公園に集まった。アスレチックみたいに色々な遊具が組合わさった、大きなドーム型の滑り台のある広い公園で、ケイドロが始まる。数人規模のケイドロは、気付いたら集まってきてた知らない子達も巻き込んで、けっこうな大集団になっていた。俺たちよりも年上も、もっと小さな子達も一緒になって遊んでいた。その中で、ちょっとどんくさい、だけど気が強い、転けたスカートを涙目で叩きながらも平気だと声高く主張する不器用な幼い女の子がいた。なんだか放っておけなくて、少しだけ面倒をみた。くだらない話しかしなかったと思うけど、一緒に逃げ惑う小一時間で、俺たちはすごく仲良くなった。

 彼女はみぃちゃん、と呼ばれていて、お兄ちゃんが欲しかったのだと言った。お兄ちゃんはできないって言われて、我慢してたのだと。俺はみぃのただ一人のお兄ちゃんになる約束をした。みぃは俺のただ一人の妹。テンションが上がっていた俺は、お互いの専属契約まで持ち出した。何でそんな話になったのか今考えるとわからないが、俺はみぃ専用の兄で、みぃは俺専用の妹となった。


 それから、みぃとは夕方まで公園で会う仲になった。みぃはちょっと生意気で、ませていて、だけど3つも年下だから、話の理屈はあいまいな、まるっきり小さな子だった。


 次の年、みぃは幼稚園を卒業して、隣の校区の小学校に通うようになった。おかげでちょっとだけ会える時間は少なくなったけど、みぃは兄に構われるのが好きだったし、俺は妹が生き生きとふんぞり返って話を聞かせてくるのが好きだった。


 俺たちは、それからずっと夕飯時までを一緒に公園で過ごした。俺が中学生になってもそれは変わらず、俺はみぃ専用のゆるい兄貴だったし、みぃは俺専用のツンデレな妹だった。本当に妹がいたならば、きっとこのくらいの年頃ならこんな風なのかと考えると、みぃは俺にとって本物の妹のように思えた。


 高校に通いだして少しの頃、みぃは中学生になっていた。もうお互いの生活圏も自由な時間帯も、噛み合わなくなっていたけれど、俺たちは兄妹でいられるこの時間をわずかにでもかき集めて、いつもの公園で会った。

 思春期を迎えたためなのか、今までの気安く、全てを晒して身を委ねたような癒着から、一歩踏み出して離れたようなよそよそしさを感じることもあったが、本物の兄妹もそんなものかもしれないと思っていた。


 そして、そんな日々を過ごしていた高二の夏、俺は父親の再婚話を聞いた。再婚相手には、年下の連れ子がいるらしい。俺は、みぃ専用の兄貴ではいられなくなる。二人だけの兄妹という約束だったのに。だからといって、戸籍上の兄弟か兄妹になる相手に、俺はお前の兄になれないなんて言えない。なんて泥沼の愛憎劇を感じさせる台詞だろう、絶対に気まずくなる。

 俺はみぃに、今まで続けていた契約を終了しなければならないと、伝えようと思った。けれど、みぃはちょっと空々しい距離なのに、生意気だったり偉そうだったりしながら、俺に甘えているのがわかる。みぃだけの兄貴だった俺は、俺だけの妹がどれだけ兄に信頼と安心を寄せているのかわかるのだ。伝えなければと思うほど、空ぶって妙な距離をつくる。おかげでなんだかギクシャクとしてしまった。


 みぃに何も言えないまま、夏の終わりに新しく母になる人と顔を合わせた。母の隣にいたのは、よく見知った俺だけの妹だった。

 お互いに目も口も見開いて、そっくりの間抜けな顔で指をさしあった。俺だけの妹は、本物の妹になるということらしい。ギクシャクしてたのは、お互いに言えなかったからなのか。長年兄妹でいた俺とみぃは、そっくりに育っていたようだ。

 もしこれから俺とみぃに弟か妹ができたとしたら、俺たちは唯一の兄妹ではなくなるし、俺はみぃだけの兄はなく、みぃは誰かの姉になってしまうかもしれない。だけどきっとその時は、二人で喜び合えると思うんだ。

 専属契約が終わっても、みぃはこれからも俺の妹だし、俺はこれからもみぃの兄貴なのだから。

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